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「この世界を覗く」

ーークリント・イーストウッド監督『アメリカン・スナイパー』ーー

(鈴木知史)

 電車に乗っているときやカフェでコーヒーを飲んでいるとき、なんとなく別の席にいる客が気になり、じっと見てみる。視線を向けられている気配に気づいたのか、その客がふとこちらを見つめ返す。そんなとき我々はそっと目をそらせば済むのだが、戦場ではそうもいかない。


『アメリカン・スナイパー』の主人公、クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、アメリカ海軍特殊部隊 Navy SEALs 所属のスナイパーである。彼は敵に見つめ返される心配のない、遠く隔てられた場所から、ライフルのスコープ越しにこの世界を覗き、存在を気付かれる前に標的を正確無比な射撃でしとめる。仲間から「伝説」と呼ばれるスナイパーとしての彼は、見つめ返される前に、その相手を殺してしまうのだ。


 その分、相手に一度その姿を見られてしまったら、スナイパーは無防備である。凄腕の敵スナイパーに待ち伏せされ、狙う側から狙われる側になったカイルは壁に身を隠すことが精一杯で、撃ち返すこともままならなくなる。がれきの中に落ちていた車のサイドミラーで敵スナイパーの位置を確認しようとしたりもするが、すぐに狙撃されミラーは割られてしまう。カイルはスコープ越しに戦場を見ているあいだに、鏡やレンズを通してしか相手と向き合うことができなくなる。


 やがて、レンズ越しに見つめていた敵スナイパーは、カイルと同じように妻と子を守る一人の父親であることがあきらかになる。


 最初に書いたように、電車やカフェでじっと見つめていた別の客がふと顔を上げたとき、その相手が自分と同じ顔をしていたらどうだろう。誰でもぞっとすると思うが、カイルはまさにそんな瞬間に立ち会っているのではないだろうか。


 もちろんカイルは、敵スナイパーが自分の鏡写しのような存在であることにはっきり気付くわけではないのだが、安全なはずの米国に戻ってから、彼はサイドミラー越しに接近する車や、テレビモニターのなかの反射像にとらわれることになる。そのとき彼は「伝説」のスナイパーとしてのもう一人のクリス・カイルに見つめられているのだ。それは彼にとって恐ろしいことでもあるのだが、米国内の平穏な日常に戦場が出現する瞬間でもあり、フィルムは一気に活気付く。


 一方、平時を生きる足を失った退役軍人や精神科医と向き合うとき、カイルは彼らのまっすぐ相手を見つめる視線に耐えられず目をそらしがちになる。戦友の納棺が行われる墓地でも、見られることを恐れるようにサングラスをかけている。


『アメリカン・スナイパー』は、カイルの背中に視線を向ける妻タヤ(シエナ・ミラー)の寡黙な表情で幕を閉じる。直後、字幕によって、その日カイルがPTSDに悩む退役軍人に射殺された事実が告げられるのだが、今まで視線を向けることによって他者を殺してきた男が、最愛の人物に視線を向けられてから命を落とすとは、いったいどういうことだったのだろうか。そんな謎を残したタヤの顔は、最後の戦闘で戦場すべてを覆い隠してしまった砂嵐のようにひどくゆっくりとしたフェード・アウトによって覆われ、我々の視界は奪われる。


『アメリカン・スナイパー』は夫を亡くした妻の悲しみを描くことなく幕を閉じるが、イーストウッドはあえてそれを覆い隠し、謎を残すことによって、「隠され見えなくなったものをこそ見ろ」と言っているのかもしれない。