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映画美学校の講師陣がめったに語らなさげな映画を大いに語る「あれ観た?」コーナー。第二弾はももクロと平田オリザという異色の組み合わせで話題となった『幕が上がる』を徹底的に語りたおします。2時間に渡った座談会を、今回は4回に分けてお届け。まずは、実はちょっとだけ出てる松井周さんに、口火を切っていただきました。(小川志津子)

 <参加者>
・高橋洋:映画監督・脚本家(『リング』シリーズ脚本、『恐怖』『旧支配者のキャロル』監督)
・大工原正樹:映画監督(『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』『坂本君は見た目だけが真面目』)
・古澤健:映画監督(『今日、恋をはじめます』『ルームメイト』『クローバー』)
・松井周:演出家・劇作家(劇団サンプル主宰)(『自慢の息子』『ファーム』作・演出、『蒲団と達磨』演出)

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松井 僕は、面白く観たんです。僕も高校時代から演劇をやっていたんですけど、自分は演劇部員だということをあまり口に出せなかったというか。高校演劇部ってほんと、地味~に生息してるんですよ。クラスの中で言うと、いるのかいないのかよくわからないまま、じっと黙ってる感じ(笑)。ついにそこに光が当たって、そういう人たちの居場所、学校でも自宅でもない、いわばサードプレイスが広く示されたというのが、まず、面白かったですね。

 

大工原 松井さんが現在、職業としてやっている演劇と高校演劇との大きな違いは何なのでしょう。

 

松井 高校演劇コンクールというのは、僕らがやっている演劇のスキルとは違って、先輩から教わった所作やしきたり、ルールが継承されているんですね。顧問の先生が年配の方で、作品自体が多少古くても、高校演劇コンクールでは価値があるとされてきた。でも最近のコンクールはちょっと違ってきていて、「観たことのないもの」が突然変異みたいに出てくることがあるんです。

 

大工原 僕は平田オリザさんのお芝居を拝見したことがないんですが、映画の中で彼女たちがしていた演技の中に、平田さんの演劇らしさというのはあったんですか。

 

古澤 パンフレットの中でオリザさんが、百田夏菜子さんが演出を付けている様は自分にそっくりだと言われてますね。僕も一度だけオリザさんの稽古を拝見したんですが、劇中で伸び悩んじゃう子にさおりが稽古をつけるシーンは、オリザさんっぽいなあって思いました。せりふのスピード感に対する敏感さというか。「きっとこの子は本番になると走っちゃうんだろうな」みたいなことを考えている「演出家」に見えました。

 

松井 それはありますね。チューニングしている感じがよく出てた。

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高橋 『幕が上がる、その前に』というメイキングが同時公開されてたんで、そっちも観たんですけど。みんな、平田さんのワークショップを受けてるんですよね。で、百田さんだけはオリザさんから「演出家役の芝居」を指導されていて。演出席で、顔を動かさずに、瞳だけを動かしてみんなの芝居を見る方がそれっぽいよ、とか(笑)。それで思ったんだけど、演劇の世界を描いたバックステージもので、演出家を主人公にした映画って、すごく珍しいんですよ。ボブ・フォッシーの『オール・ザット・ジャズ』ぐらいじゃないかな。大概は俳優が主人公で。映画業界を描く方だと、監督とか脚本家が主人公って普通にあるんだけど。

 

古澤 劇作家っていうことで言えば、『バートン・フィンク』もありますね。

 

高橋 今回、演劇を描いた映画として久々にいいなと思ったのは、緞帳の扱い方ですね。まだ芝居をやっている最中に、演出家がカウントダウンするじゃないですか。あれ、めっちゃかっこよくないですか(笑)。

 

古澤 複数の人物たちののアクションのきっかけとして、さおりがインカムをつけて指示を飛ばすじゃないですか。あれこそが、カット割りの醍醐味だと思うんですよ。別々の場所にいる人物たちが、カットによってつながって、ひとつのことを成すっていう。かっこいいですよね。映画として。

 

高橋 演劇においては、あれは普通のことなんですか。まだ芝居が終わってないのに、5秒後のことを考えてカウントダウンを開始する。

 

松井 そうですね、照明や音響のタイミングを計って、先回りすることはあります。作品によっていろいろですけど。

 

高橋 あと、試行錯誤してるさおりたちに、吉岡先生(黒木華)が言うんだよね。「計算されつくしたものが最後に勝つ」って。そこにも、平田さんのイデオロギーを感じました(笑)。

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古澤 そういうところがあるからこそ、まるっきり別の方法論を持っているライバルの演出家が、登場人物として欲しかったなとも思いました。映画を観ていくうちに、どうやら強豪校があるぞっていうのがわかってくるから、例えば相手校はまったく違うメソッドで演劇に臨んでいて、すごい伝統があって、でもこっちは手探りで演劇をしていて。遂に美術室でキーパーソンたる吉岡先生が現れた時に、この人と相手校の先生による演出対決が展開したら面白いなと思ったんです。そういう、わかりやすい展開が、この映画にはなかったなと思って。

 

大工原 そう。先生に「演出に専念しなさい」というミッションを与えられたあと、段々演出家らしく振る舞えるようにはなってくるんだけど、後半は、作劇上都合のよいアジテーターで終わってしまっている気がした。彼女自身に立ちはだかるものとそれを乗り越える冒険が見えてこないので、どうも主人公のドラマが希薄に感じてしまうんですね。

 

高橋 僕も、観てる間ずっと感じていたのは、ひとつひとつの要素に幅がないということ。観る前からだいたいわかっている幅の中で、すべての物事が動いていて、それを超えるものが見いだせなかったというのがありますね。リアリズムで考えれば、高校生が向き合う現実なんてその程度の幅しかないかも知れない。でも演劇には物を考えるツールとして凄い可能性があるわけで、吉岡先生はそこで火がついちゃって「責任は取れないけど全国を目指そう!」って言う、あのシーンはとてもヤバい状況に踏み込もうとする瞬間であるはずなんですよ。あそこの吉岡先生はあれこれエクスキューズしつつ、自分の欲望に巻き込もうとしている点で、ある種、邪悪ですらある(笑)。

 

古澤 あそこで先生が「みんなの人生を狂わせるかもしれない」って言うじゃないですか。あれが一番、温度が上がる瞬間ですよね。「自分もこんな先生に出会いたかった!」って。だけどもったいないのは、周りの大人たちの理解がありすぎること。全体的に優しいんですよね。もちろん、これを観る高校演劇部員たちに向けての「大丈夫、あなた方が信じようとしていることは、十分に信じるに足るものだから頑張れ」っていうメッセージとしては充分伝わってくる。でもああいう先生に出会えなかった僕からすると、ここでもっとえげつない大人が出てきて、そいつをやっつけた方が盛り上がるのになあ……!って思ってしまう(笑)。

 

高橋 平田さんの原作小説を読むと、吉岡先生から「責任は取れないけど、行こうよ全国」って言われた時に、さおりが「責任なんて取ってくれなくていいです」って啖呵を切るんですね。もちろん彼女たちはその時点ではヤバイってどういうことか、本当のところは見えていない。でも映画だと、この台詞はもっと後半に出てきますよね。

 

古澤 合宿が終わって、帰る寸前ですね。

 

高橋 変なタイミングだなと思ったんですよ。今ごろか!と(笑)。危険な世界に、大人が足を踏み込ませているということに対して、映画の作り手側の腰が引けているのかなと思いました。そこに触れるとヤバいことになるから、触れないようにしている感じがあって。

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大工原 そうか、原作ではすぐに「責任なんて取らなくていい」と返すんですね。前半で映画のテーマが主人公の動機とクロスして熱を帯び始めるはずの場面なのに「え、保留なんだ」と不思議に思って見ていました。

 

古澤 そこで「やっぱり吉岡先生はさすがだな!」っていうところに着地するじゃないですか。師弟の関係がずっと動かないままなんですよ。彼女たちにとって吉岡先生は「師」であり続けるんですよね。でも、ある時点で「いや、先生は間違ってる。私はこっちへ行く!」っていう葛藤があってもよかったと思って。僕らは吉岡先生よりも年上だし、講師の仕事もしているから、先生側の立場も考えちゃうんですよね。彼女もひとりの悩める若者なんだと思うんです。僕なんて40歳過ぎても悩んでますし。そうすると生徒たちには「俺のことなんてどうでもいいから独り立ちしろよ」とか「俺とは違う価値観を持てよ」っていうメッセージを送りたくなる。

 

高橋 原作では、そういう決断をした、自分たちを見捨てた吉岡先生のことを、彼女たちは許さないんですよ。手紙なんかも書かない。

 

古澤 オリザさんは演劇のそういう生々しい厳しさを、身近で見ているからじゃないですか。

 

高橋 だから、映画の方では、描かれる現実の幅が狭いなと思ったんですよ。口当たりが良すぎて盛り上がらないなあって。

 

大工原 高橋さんは、脚本家としてはどう見ましたか。

 

高橋 僕はどうしても『旧支配者のキャロル』みたいな先生と生徒が戦う展開を考えてしまうけど(笑)。

 

大工原 あ……、それはヤバいですね。

 

高橋 吉岡先生に見捨てられたところで、それまで演劇のヤバさなんてよく判らないままついてきた子たちが初めて自覚的にヤバイ領域に足を踏み込む、とか。その方が、脚本としては面白いと思います。……ただ、果たしてそれが、ウケるのか、と。

 

大工原 そこなんですよ。ここに来る電車の中で、ネットの感想を少し読んだけど、かなり好評なんですね。それは、演劇という面白そうなネタで、どれだけ知らない世界の独自の感情を見せてくれたかどうかより、青春映画としての爽やかさみたいなものを評価していたんですね。でも、青春映画としてもどうなんでしょう。今はみんなが、この薄味を好むんだ!というショックがありました。

 


古澤 でもだいぶ前ですけど『半沢直樹』が流行ったじゃないですか。ものすごく前時代的な、大映ドラマのような展開でしたよね。あれが流行語大賞になるくらいヒットしたということは、そっちの方が好きな人は多いんじゃないかなと思うんですけどね。だから……どうなんでしょうね。普段は薄口を食ってて、たまに濃い口を食うのがいいっていうことなのかな(笑)。

(つづく)