さあ、ここからは前代未聞、映画美学校の講師陣が、アイドル論を熱く熱く語ります。(小川志津子)

<参加者>
・高橋洋:映画監督・脚本家(『リング』シリーズ脚本、『恐怖』『旧支配者のキャロル』監督)
・大工原正樹:映画監督(『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』『坂本君は見た目だけが真面目』)
・古澤健:映画監督(『今日、恋をはじめます』『ルームメイト』『クローバー』)
・松井周:演出家・劇作家(劇団サンプル主宰)(『自慢の息子』『ファーム』作・演出、『蒲団と達磨』演出)

どこで輝くアイドルなのか

 

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松井 この映画にはライバルも出てこないし、最後に主人公が宣言する内容も、飛び抜けて確固とした意見を持っているわけではないですよね。どこか宙ぶらりんの人が、宙ぶらりんのまま演劇をやる、っていう感じが全編に流れていたと思うんです。勝負の勝ち負けや、決定的なアクシデントがあるようなドラマツルギーとは、違うものとして僕は観ていました。

 

大工原 そうですね。何かを強調したりデフォルメしたりという描き方ではない。「等身大」をすごく意識してると思うんだけど、でも、等身大なのに、リアルじゃないんですよ。

 

高橋 僕がもう一つ思い出したのは大林宣彦監督の『時をかける少女』。15歳の原田知世に恋してしまった大林監督による、まさにドキュメンタリーなんですね。あの時の原田知世と大林宣彦にしか撮れないものが撮れている。でも、『幕が上がる』は、そうでもないでしょ。

 

古澤 撮る側が、今の彼女たちを撮ることに、いっぱいいっぱいになっていない感じがするんです。今自分が持っているあらゆるテクニックを駆使して、大切なものを撮ろうとしているというのはわかるんですね。え、ここで?って思うようなところで、回転レールを多用していたり(笑)。でも、目の前に、ものすごく好き過ぎる女の子がいて、「俺ちょっとどう撮ったらいいのかわかんないよー!」っていう戸惑いや切迫感みたいなものが感じられない。大林さんは、そういうところがあるじゃないですか。突然変異性というか。僕がイメージする「アイドル映画」って、そっちなんですよ。……って、自分の言っていることが全部自分に跳ね返ってくるんですけど(笑)。

 

大工原 古澤くんは、武井咲さんを撮る時、どんなことを考えているの?(編注:古澤健と武井咲は『クローバー』『今日恋をはじめます』の2作品でタッグを組んだ)

 
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古澤 僕が、咲ちゃんになる。っていうことですね。大林監督が原田知世に恋をするのとは違って、僕が、武井咲になるんですよ。なんか。芝居上で、彼女が相手役につらいことを言われると悲しくなるし、うれしいことがあると僕もうれしくてカットをかけるのを忘れちゃったりとか(笑)。だから、彼女のことを女性としては見られなくなっちゃうんですよね。共演してる男の子の方が可愛く思えたりする(笑)。

 

松井 古澤さんは、俳優気質なんじゃないですか。僕もそういうところがあるんです。俳優と同じ格好をして、稽古を見ていたりする。俳優が足をどこかにぶつけた瞬間に「痛っ!」って言ったことがあります。

 

大工原 へえ……すごいなその話。高橋さん、わかりますかその感じ。

 

高橋 わからないです(笑)。でも僕は「ユッコ」を演じた玉井詩織さんに反応しましたね。百田さんは、芝居の幅を出しようがない世界に置かれてしまった感じがした。

 

古澤 というか、百田さんに監督が負けている気がします。彼女は彼女で、オリザさんのレッスンを受けたりして、変わった部分があると思うんです。でも実は彼女の方が化け物的に、その変化を「百田夏菜子」の中に取り込んでいって、隙を見せずに新しい自分として提示できていた。そしたら次の撮影の時には、本広さんがそれを崩して、もっと当惑させないといけないと思うんですけど。

 

高橋 僕はどちらかというと、彼女たちに関しては本編よりも、『幕が上がる、その前に』の平田オリザさんのワークショップを受けているところをもっと観たかったな。

 

古澤 そうですね。ドキュメンタリーが観たくなるタイプのアイドルだと思います。

 

大工原 僕は最近、たまたま見たモーニング娘。のライブ映像に衝撃を受けて、ハロプロだけは少し追っているんですけど(笑)、彼女たちのようにステージでのみ輝くタイプのアイドルの魅力を、劇映画で伝えるのは難しいだろうなと、でも、何か手はないかなと、考えたりしています。

 

古澤 最近のアイドルは、映画人にとってはハードルが高いですよね。ステージングの面白さが、すごい威力を放つじゃないですか。汗をまき散らして全力をかけている姿には、演劇とは違う「生」の魅力があって、これを映画にすることは難しいなと思います。

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高橋 アイドルを描くっていう意味では、『幕が上がる』は綺麗にラッピングされている感じがして、欲求不満だったので、BiSの『アイドル・イズ・デッド』と続編の『ノンちゃんのプロパガンダ大戦争』を借りて観ました。フィクションなんだけど、アイドルという存在が孕むヤバさ感がちゃんと映っていて。BiSは人殺しっていう設定なんですよ(笑)。で、パトカーのサイレンが迫る中でコンサートをするのがクライマックス。続編は女囚物です(笑)。

 

大工原 ステージで輝く人たちって、テレビに出ても映画に出てもなかなか魅力が伝わってこないんですよね。彼女たちも、それなんじゃないかなあって思ってしまう。ももクロを劇映画の中で最高に魅力的な輪郭に収めるなら、あえて彼女たちらしい、もっとキッチュな企画の方が良かったんじゃないかな。

 

高橋 へえ、ももクロはキッチュなんですか。

 
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大工原 キッチュですね。そこは意識的に狙っていると思います。僕も最初、ももクロというのが流行っていると聞いて、ネットでライブ動画なんかを見ていたんですが、惹かれたのはそのキッチュさだったんですね。歌も踊りも自棄っぱちな感じで奇妙なんだけれど、祭りの熱気のような楽しさが随所にある。曲も彼女たちのがんばりを活かす工夫がされていて、「こういうの、絶対日本人にはウケるよな」と思いながら自分も楽しんでいました。で、ある時、その関連動画にモーニング娘。を見つけて「へー、まだやっているんだ」と冷やかし半分に見始めたら、その凄さに心底驚いてしまった(笑)。ハロプロというのは、つんく♂という才能あるミュージシャンの音楽を実現する人たちなんですね。おそらく、最初に音楽ありきなんです。それを実現できる能力を持った人たちだけをオーディションで選んで訓練し、徹底してプロのステージにこだわる。その意味では、時代錯誤なほどストイックに「音楽」をやっているんです。僕が他のアイドルといわれる人たちに興味を見いだせないのはそこなんですね。楽曲の良さとパフォーマンスが高いレベルで合致しないと、いくら頑張っていたり、時に優れたパフォーマンスだけを見せられても面白くない。最近はあまり見れていないんですけど、ももクロはそれとはまた別の次元で、彼女たちのキャラクターと演出と楽曲のバランスが、絶妙に取れている魅力的なグループだと思います。

 

古澤 あと、彼女たちのステージって、もはや映画よりも巨大なスペクタクルじゃないですか。映画も、かつてはそうだったと思うんですよ。等身大以上の人間の顔が、でっかいスクリーンに映っていて、それを大人数で観るというスペクタクル。それでありながら、映写機さえあればどこへでも持っていける。巨大なのに手軽なスペクタクルというのが映画の強みだったと思うんですけど、でも今は映画がすごく小さくなってる感じがします。巨大な会場でスペクタクルを繰り広げている彼女たちを、映画に連れ込んでも、叶わないんじゃないかという気がするんですよね。

 

松井 僕はアイドルについてあまり詳しくないんですが、ももクロの人たちは、歌や踊りがズバ抜けて上手いわけではないけど愛嬌がある、みたいなところに合わせて曲が作られているし、いろんなプロジェクトが組まれているように思うんです。だから僕は逆に、彼女たちは映画にもどこにでも行けそうだなって思います。そういう幅を感じますね。

(つづく)