「解説」はできません。

「評論」もできません。

でもその日、私が見た風景を、なかったことにすることもできません。

塚本晋也監督の最新作『野火』。

勇気をふるって観てきたので、その感想文をここに残します。(局長オガワ)

 

自分ひとりだったら、おそらく観ない映画でした。

あの主人公のように、部屋でおとなしく、

ものを書いたり、読んだり、することが好きです。

そんな私がこれを観ようと思ったのは、信頼できる人たちの感想を聞いたことと、

作られた経緯や監督の熱意と危機感を知ったこと、

そして他の何ものでもなく、「映画B学校」のためでした。


エレベーターを降りたら、驚きの声があがりました。

「しーちゃん、やっと来てくれたあ!」

私の友人がユーロスペースで働いているのです。

その場でチケットを買って、仕事終わりの彼女と、

久しぶりのおしゃべりをしました。


映画と、それに関わる人たちが大好きな彼女は、

それらについてとてもきらきらと語ります。 

『野火』、どう? そう尋ねると彼女は、

「あの映画に対するよくない意見のすべてに私は反論がしたい!」、

そう言いました。これはただごとではない。

帰宅する彼女と別れ、緊張しながら席につきます。


冒頭から、緊迫。

明らかにおかしな理屈で、明らかに年下の男に、

主人公が怒鳴りつけられています。

理論や正論なんかじゃ懐柔できない、

「人間」のむき身まるごとが、これから展開されるのだと観客は悟ります。


そう、「正しさ」なんか、何の役にも立たない。

……なんてことを考えるすき間すらない。

主人公はどこにも順応できず、ただただ憔悴し、歩き続けます。

それは「生きることへの希望」とか、そういうことではないのです。

 

もういいや、って思った瞬間が、たぶん彼は何度もあります。

でも、食べるものを血眼で探す。飛んできた弾はとっさによける。

落とし穴は常にどこにでもばっくりと口を開けていて、

彼はいつもすれすれのところで、そこに落ちずに凝視するのです。

死を。それをめぐる人々の有り様を。


どんな目に遭っても、それでもなお、死ぬのは怖いのです。


……いや、「怖い」のとも違うな。あれは何だろう。

主人公の心情を、ずばりと言い当てる言葉はたぶんないのでしょう。

心など、大きな空洞。選択肢はただ歩くのみ。

主人公は、家に帰って安寧を得てもなお、死とのすれすれを行くのです。


長い長い90分が終わります。

これは……まっすぐ帰れない。そう思いました。

「寂しいから誰かと騒ぎたい」ではありません。

「怖いからひとりで眠りたくない」でもありません。

一刻も早く言葉にしたい、でも家に帰ったら弱い私はたぶんテレビをつけてしまう。

時間に押し流されて、なかったことになってしまう。それが嫌でした。


同じビルの地下で、別の友人が働いていることを思い出しました。

ビガッコー生なら毎度おなじみ、我らが「い」のつく事務局員さんです。

事情を話すと空いているパソコンを貸してくれ、

自分は床にすっ転がって、軽くうとうとし始めました。


聞くところによると、この日は、

「キャクホンコース」の「サツエージッシュー」とやらがあったとのことでした。

炎天下の野外活動は中年の身体にこたえます。無理もない。

かまわず私は買ってきた『野火』の完成台本を読み始めます。


そういえば主人公は何度となく、眠りかけてはハッと目覚めるのでした。

夢の中で妻の幻影を見て、あるいは武器を持った仲間の傍らで、

気を許すことなどまるでできずに、彼はいつも一瞬の眠りから引き戻されます。


目の前では床にすっ転がった「い」事務局員が、

くーすか寝息を立てています。


……実感の大波が、ここで来ました。

そうか、戦争って、目の前のこの人や、この人の子どもたちや、

さっききらきらしてたゆうちゃんやその彼氏や、

そういう具体的な人たちが、ああいう目に遭う、っていうことなんだと。


絶っっっ対反対。そう思いました。

いやもともと戦争反対だったけど、何というか、

そのとき押し寄せてきたのは、たぶん初めての感情でした。


「戦争」と「自分」をつなぐものが、私の中に実感としてなかったのだ、

ということ自体に、ここでようやく気づいたわけです。


何にも知らなかった。

いや、今だって。何にも知らない。


今、いろんなところでいろんな意見が交わされています。

右なのか左なのか。白なのか黒なのか。賛成なのか反対なのか。

そのどちらかでないと、何かを発言する資格など無いみたいに。


でも、どうだろう。ただ「怖い」って言っちゃだめなのかな。

「正しさ」など微塵も価値が無くなる日がくることを、

ただただ、「怖いです」って、言っちゃだめなのかな。


2015年8月11日現在、私は『野火』を、

「あれ観た?」コーナーで採り上げたいと思っています。

でも、実現しないかもしれません。誰も彼もが忙しくて。


だけどね、少なくとも私は、この映画から何かを受け取りましたということだけは、

残しておきたくて、これを書きました。



実現の運びになったら、お知らせしますね。




……ていうか、同じ日にこの2本をハシゴしたこと、

我ながらすごいなって思うの。↓

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世界って混沌。だから素敵。