いやはやどえらいヒット作になったものである。『シン・ゴジラ』。SNSなんかをのぞいていると、そのタイトルを見ない日はない。しかも絶賛の嵐。何ごとなのか、これは。ちょっと誰かに解説してもらおうと思って、企画した座談会のうち、まずは1本めをお届けする。現在20〜30代の、映画美学校OBの皆さん。そしたらちょっと、予想とは違う展開となった。(小川志津子) 

大畑創 フィクション・コース第9期修了生。『大拳銃』『へんげ』『Trick or Treat』『ABC・オブ・デス2』『劇場版稲川怪談かたりべ』『EVIL IDOL SONG』などを監督。

冨永圭祐 フィクション・コース第11期修了生。修了制作として『乱心』を監督。『ライチ☆光クラブ』の脚本を執筆。 

鈴木知史 フィクション・コース第15期修了生。映画B学校編集局員。現在、新作『エクリプス(仮題)』 のポスプロ中。

松本大志 フィクション・コース第15期修了生。第11回CO2助成作品『誰もわかってくれない』を監督。 

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大畑 僕、『シン・ゴジラ』に全然盛り上がれてないんですよ。 

冨永 そもそも、期待はしてました? 

大畑 めっちゃしてた。ゴジラ自体にはそこまで思い入れはないんだけど、ツイッターとかでいろんな人の感想を目にするじゃないですか。うわーすごいモンが観られるのかなあと思ってたら、「……ああ。」っていう(笑)。 

冨永 「こんなもんか」っていう感じですか。 

大畑 いや、すごいと思うよ。今の日本であれだけの熱量と人材力を投入して、あれだけのことができるって、今他にできる人はいないだろうなあって思った。けど、面白くはないよな、って。面白かった? 

冨永 僕は結構ハマっちゃったんですよ。2回観に行きました。とにかく僕は、ゴジラがかっこいいとテンションが上がっちゃうんです。 

大畑 ゴジラのかっこよさ。俺もそれはすげえなと思った。ゴジラが最初に熱線を出すじゃない。ぼわっ!ぼわっ!っていう炎が、直線のビームを結ぶ瞬間は「ああ、ゴジラ、がんばった!」って思った。 

一同 (笑) 

冨永 ゴジラをねぎらってる(笑)。 

鈴木 俺は面白かったですよ。楽しめました。 

松本 もともと、ゴジラとか特撮とかが好きなんだよね。 

鈴木 そうですね。好きです。 

松本 最初に観たゴジラって、何だった? 

鈴木 『ゴジラvsモスラ』(92年)。 

松本 僕も、それな気がする。 

鈴木 冨永さんから下の世代は「平成ゴジラ」を食らった世代なんですよね。大畑さんは若干、違うんじゃないですか。 

大畑 そう。ぎりぎり『ゴジラvsビオランテ』(89年)を子どもの時に観た記憶はあるけど。   

冨永 ゴジラがヒーローだった!っていう感じではない。   

大畑 うん。それに日本映画があんまり好きじゃなくて、洋画しか観てなかったから。   

冨永 『シン・ゴジラ』は、大人のマニアが撮ったゴジラだな!っていう感じがしますよ。   

鈴木 そうですね。「大人」になったマニアが撮ったゴジラですよね。   

冨永 そうね。決してはしゃいではいない。   

大畑 すっごい高価なおもちゃ箱をひっくり返したみたいな感じ。   

一同 (笑)   

松本 昔、ゴジラを観てた時って、ウルトラマンとか仮面ライダーとか、そういうノリだったじゃないですか。僕の近所の友だちで、特撮ものが好きな子がいたので、一緒に戦隊ごっことかをしている延長で観ていた気がします。   

冨永 話自体は、あんまりわかってなかったでしょ。意外と話が難しい。 

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  松本 子供の頃はゴジラが味方だと思って観てたんです、ちょっとセンチメンタルだったし。でも今回のは、最初、ドンと出てきた瞬間に「……誰?」と思って(笑)。「よくわからない何かが来た!」っていう感じ。そしたらだんだん立ち上がって、僕らが知ってるゴジラになっていく。ちょっと安心しかけたところで、炎を吐く時に、顎がありえない方向に割れるじゃないですか。感情移入の対象にはまったく見えなかったし、見せないんだっていうのが、今回はすごく徹底していた気がします。あと、飛んでるものを自動的に撃ち落とすみたいな機能。   

冨永 あれはもはや生物じゃないよね(笑)。   

松本 本当に異物ですよね。「うわ、気持ち悪っ!」っていう。   

鈴木 俺も最初、違う形で出てきたところで戸惑ったわけです。違う怪獣だ、と俺も思った。あれを倒して、そしたらゴジラがやってくるみたいなことかなあと思っていたら、あれがそのままゴジラになった。正直、俺の中ではゴジラって「突然、最初からすでに黒くてデカい何かが海からやってくる」っていうイメージなので、進化とかされちゃうと、生き物感が増しちゃうんですよね。   

松本 最初、見えるのはしっぽだけじゃないですか。あんまり手が動かなくて、しっぽばっかり動いてるから、そこも「気持ち悪っ」って思いました。一応二足歩行だから、親近感が湧くかしらと思ってたら、全然湧かないという。   

冨永 うん。親近感湧かなかったね。そしてとにかく情報量が多い。別に理解しなくてもついていける映画なんだけど、ひたすらに難しい言葉を使った情報が延々流れまくるというのは「エヴァ」と一緒ですよね。これはいちいち理解しなくてもいいのだ、ってことがエヴァを見てた僕らは経験上わかってるんですけど、それをもうちょっと詳しく受けとりたくて、僕は2回観たんです。あと、もう1回観たいなと思うシーンがあったのも理由のひとつ。さっき大畑さんが言った、ゴジラが熱線を吐くところとか、あと「無人在来線爆弾」とか。やっぱり庵野さんはディテールがうまいから、「カッコいいな!」と思ってもう1回観たくなるというのが大きいと思うんですけど。   

大畑 そうなのか。   

冨永 ほんと、庵野秀明にはいつもやられるんですよ。どうしても逃れられない感じがある。「エヴァ」が人気絶頂の頃に僕は14歳だったから、オタクだけじゃなくて、どんなにばりばりに体育会系の奴でもみんなハマってたんですね。   

大畑 俺、「エヴァ」も観てないんだよね……観ないとなあ、ってずっと思ってるんだけど。   

冨永 大畑さんは絶対好きじゃないと思うんですけど(笑)。周りの人は観てました? 

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  大畑 めっちゃ観てた。「エヴァ」を通ってきた人たちからすると『シン・ゴジラ』は「ああ、庵野監督ならこう撮るよなあ!」って納得がいく感じなの? なんか、僕にはいろんなところがダサく見えちゃったんですよ。例えば3人の学者が来て、カットバックで大杉漣の指がぽんぽんって映るところとか。   

一同 (笑)   

大畑 あと、ゴジラが最初に来て、海に戻って行って、一夜明けて朝になった時にかかる、ジャズっぽい劇伴とか。あのダサさ、すごくないですか。   

松本 音楽の載せ方とかは、アニメだったなと思います。実写でアニメをやっているっていう。   

大畑 画角もアニメだったね。   

松本 ですよね。ものすごい引きのショットがあって、ドン寄りがあって、また引いて、っていうような。この映画の口コミで「邦画の底力を観た!」みたいなコメントをよく見ますけど、そういうイメージではない気がします。   

冨永 なるほど。   

松本 うちの父親は、アニメのキャラクターに感情移入ができないらしいんですよ。人間じゃないから。その親父が『シン・ゴジラ』を観たんです。そしたら「人が面白かった」みたいなことを言っていて。ああ、こういうやり方ならできるんだ、って思ったんですね。やってる方法論としてはほぼアニメなんだけど、映ってるのは実在の人間っていう。実写版のパトレイバー(『THE NEXT GENERATION—パトレイバー―』14年)がやろうとしてできなかったことが、『シン・ゴジラ』では達成できているという気がしましたね。   

大畑 でも……演技もさ。「(声色低めに)君が落ち着けっ!」とかさ。   

一同 (笑)   

大畑 今ああいう芝居をするのって難しいと思うんだよ。この映画を語る上では岡本喜八の『日本で一番長い日』(67年)がよく挙げられるけど、ああいう芝居は今、できないじゃないですか。それをやろうとしちゃったのが『シン・ゴジラ』であるように思ったんだけど。変だとは思わなかった?   

冨永 それは大志が言う、「映画というよりはアニメだ」っていうところで乗り越えられてた気がします。「君が落ち着けっ!」はさすがにちょっと笑いましたけど。 

松本 「第四形態だっ!」とか。   

冨永 「まさに神の化身かっ!」とか。   

大畑 ただ、余貴美子さんだけは、すごくうまく行ってるように思った。総理に向かって何度も振り向くじゃない。「やりますよ!」「いいですね!」って。言葉の力といい、顔面力といい、「防衛大臣」という役柄といい、とても合ってたと思うんですよね。   

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鈴木 俺は、芝居的にどうこうみたいなことは、途中から考えなくなりました。こういうノリの映画なんだな、って思って。でも考えてみると、そうか、「アニメっぽい」っていうことだったのかな。さっき大畑さんが言ってた大杉漣の指とか、突然真上から撮ったラーメンのショットとか、実写の人はやらないですよね。変な映画ですね。   

冨永 でも僕は、ダサくてもいいって思っちゃうんですよ、ゴジラは。   

大畑 今までのゴジラもやっぱりダサいの?   

冨永 ダサいです(即答)。(映画的に)キレッキレにカッコいい!みたいな感情とは別のところで観てますね。   

大畑 そういう「ゴジラリテラシー」が僕の中にはないから、みんなとは見え方が違ったのかもしれない。俺の中ではゴジラって言ったら、1作目の『ゴジラ』(54年、本多猪四郎監督)なんです。大人になってから観たんだけど。   

冨永 それには、感動したんですか。   

大畑 もう、すごい!としか言いようがない。   

冨永 僕は、子どもの時に観たんですけど、詳しく覚えてはいなくて。   

大畑 でも、「怖い!」とは思ったでしょ。   

冨永 思いました。母親は子供の頃に映画館で観たらしくて、トラウマになっちゃって山に行けなくなったって言ってましたね。   

鈴木 山からゴジラがヌッと顔を出すシーンですね。   

冨永 その母親に見せられましたけど、やっぱり無茶苦茶怖かったですよ。   

大畑 それらを全部リセットして、「今までゴジラが現れたことのない世界」を今回やろうとしたわけでしょう。   

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冨永 海外のリメイク版でもやろうとしたけど、できなかったことなんですよね。物語の中で、人類はゴジラという存在を知らないという設定。でも観てる観客として「初めて見たもの」という恐怖感は今まであまりなかったですよね。でも今回はそれがあったなと思って。   

松本 確実に、狙ってますよね。最初はしっぽが現れるから、みんなが知ってるゴジラが現れるんだと思ってると、知らない形の生き物が現れる。つまり、「ある程度ゴジラを知ってる人たち」に向けての仕掛けですよね。「エヴァ」の「破」の時に、参号機に誰が乗るかっていうのは、旧作を観ていないとありえないミスディレクションだったでしょう。あれに近い感じがします。映画の外のリテラシーみたいなものを持ち込んでくる。   

鈴木 ゴジラをやるんだったら、それを意識せざるを得ないですよね。物語的に「いない」設定にしたところで、僕らはゴジラを知っているから、そういう仕掛けを抜きにはできない。それを使って観客を引っかけるみたいな感じが今回ありましたよね。   

冨永 そこに俺はみるみる引っかかったわけだ。「こんなゴジラは初めて見た!」と思って怖かったし、何考えてるのかわからない感じが今までで一番した。だから、1回背中から熱線を出したら、動きが止まっちゃうじゃないですか。あそこで急に、メカメカしくなったなと思って。それじゃあ「使徒」(※「エヴァ」に出てくる人類の敵。謎の生命体)じゃないか、と思ったんですね。生物なのか機械なのかわからない存在。たしかにあそこで止まってくれないと、その後人類は絶対勝てないんですけど。   

松本 たしかに、後半に向けてメカっぽくなっていきましたよね。   

冨永 あのゴジラは結局何しに来たんだろう、っていうのを考えると、岡本喜八がやってた博士、あいつがゴジラなんじゃないの?っていう説もあるみたいです。つまり、博士の復讐だと。   

大畑 ふうん。   

冨永 庵野さんのずるいところは、そう考えさせるように作っているところ。「観客はこういう想像をするだろう」っていうのを3パターンくらい入れ込んでくるんですよ。そこに僕らはみるみるハマってしまう(笑)。   

鈴木 ゴジラにおいてそういう読み解きをするのって、俺は何か虚しくなるんですよね。54年版『ゴジラ』に関する深読みっていっぱいあるじゃないですか。それは、まぁOKなんです。でも「エヴァ」は、『ゴジラ』とかでそういう深読みを誘発された人たちが、自分たちがされたように他の人にも深読みを誘発させるのだという明らかな目的意識を持って作られている。最初の『ゴジラ』を作った人たちは、たぶん人の深読みを誘発させようとしてるわけではないと思うんですよ。だから、今回の『シン・ゴジラ』の深読み合戦に乗るのがなんか、悔しい。 虚しい……。  

松本 そうだね。『シン・ゴジラ』は、そこがかなり意図的でしたよね。   

冨永 ラストカットを観ても明らかだし。   

松本 でもああいう映画を久しぶりに観たなという感じでしたけどね。最近はきちんとお話の中で説明して、伏線も全部回収して、みたいな映画が多いじゃないですか。伏線回収がすごく重要視されている気がするんですよ。『シン・ゴジラ』はもう、ばらまくだけばらまいてた。回収することが目的の映画ではないからだと思うんですけど。それが面白いなと僕は思うんです。議論になってること自体については、わりとどうでもいいんですけど、観た後にいろいろ考えることができるというのは、僕は単純に楽しかった。   

冨永 うん。そうだね。   

松本 それで考えたんですけど、建物がゴジラに倒れかかってきて、動きを止めるじゃないですか。その時、なぜかた倒れてる建物の内側の風景が映るでしょう。あれは、建物の内面なんだなと思ったんです、心情というか。今までゴジラに破壊され続けてきた建物たちが、ついに意志を持ってゴジラに立ち向かったんだなと(笑)。作り手の狙いとは関わらず、そういうことを考えさせられちゃう映画って、単純に面白いなと思ったんですよね。   

大畑 そうか。だからあんな奇跡的に、ちょうどいい角度で倒れてきたんだ(笑)。 

鈴木 タイミングも完璧でしたね。   

冨永 人が死ぬところが、描かれない映画でしたよね。首相たちが死んだというニュースは流れるけど。   

大畑 そう、あそこも、ビームがこっちに当たってくるショットをヘリの中から撮らないと!って思うんだけど、たぶんわざと撮ってないんだろうね。   

鈴木 細かいツッコミどころは、ありすぎるほどありますよね。小型無人機で偵察しに行くと、ゴジラに攻撃されてシャットダウンして「動くものは全て撃ち落とすフェーズド・アレイ・レーダーのような機能がついている!」って言うけど、車で近づいて行くのはなぜか大丈夫とか。   

冨永 そうそう。「無人在来線爆弾」なんて、その「なんとかレーダー」があったら一発やのに。   

松本 ほんと、何かしら言えちゃう映画ですよね『シン・ゴジラ』は。


——皆さんの周りでは、『シン・ゴジラ』は盛り上がっていますか。   

冨永 微妙かもしれない。めっちゃハマってる人もいるけど、案外みんな冷静ですね。   

大畑 でも、40代とか50代とかの大人は盛り上がってますよね。いろんなツッコミどころは全部わかった上で、「でもイイんだよ!」「だからイイんだよ!」的な盛り上がりを見せてる。長年ゴジラを観てきた人たちは。   

冨永 僕の目の前に座ってた4〜50代ぐらいのおじさん集団が、一番盛り上がってました。始まる前から楽しみで仕方ない感じと、終わった後のしゃべりたくて仕方ない感じを見て、こんな映画は久しぶりかもしれないと思いました。   

大畑 でも、もっと盛り上がるようにもできたのになって思う。普通に考えたらあの最後の「ヤシオリ作戦」って「ちょっと待てみんな」って言い出す人がいるはずなんだよね。「電車を爆弾にする!?」「ちゃんと当たるのかそれ!」っていうキャラクターを、普通の脚本家さんなら出すと思うんですよ。それで一度失敗して、あのメンバーが何か工夫を加えて、成功してめでたしめでたしっていう。   

鈴木 でも2時間に収めるっていうのが最優先事項だったんじゃないですか。   

大畑 いや、全然収められると思う。あと、例えば「ヤシオリ作戦」で殉職する人を撮った方が燃える。「人を死なせてまで成功した!」っていう高揚感が絶対あるはずなのに、やらないっていう。それを、思いつかなかったからやってないんじゃなくて、「やらない」ということをはっきりと選択している感じが気味が悪いというか。庵野秀明ってそういう人なの?   

冨永 うーん。少なくとも「エヴァ」以降の庵野さんは、そういうことは避けてる気がします。「避けてる」っていう言い方が正しいのかわからないけど。   

大畑 監督陣に樋口真嗣さんが入ってるわけだから、そういうことを言ったと思うんですよ。でも、それをはねつけている。これが気味が悪い。   

冨永 何かで読んだんですけど、前半部分は、ああいう化物が出てきたら政府はどう動くかというのを徹底的に調査して、その通りにやったと。もちろんああいうことは起き得ないけど、でも一番近い状況だったらこういうふうに動きますっていうのを参考にしたらしいんです。   

大畑 信じられない!   

冨永 でも「ヤシオリ作戦」に関しては本当に突拍子もないことをやりきった、というのがどこかで語られていましたね。   

松本 言い方が悪いですけど「時間が来たから終わった」感はありましたよね。さっきの「ゴジラが機械っぽくなった」のと同じ感じで、最終的に、すべてが自動的に終わっていった感じがしました。   

——今の日本の状況を想起させる設定だったことについては?   

冨永 ゴジラ自体が完全に原発のメタファーですしね。   

松本 津波が来て、原子力があって、最後冷却して、最終的に共存していかなきゃいけないっていう。露骨すぎる気がしたんですよね。   

大畑 日本はまだ、3.11ショックから抜け切れていないと思ってるんだろうね。もちろん実際そうだし、だからみんな反応してるっていうのもあると思うけど、3.11がトラウマになってる人を喜ばせるには、ああいう解決の仕方が一番ウケると思ってる、っていうことなのかな。   

松本 震災を離れたところで経験した人たち感、はありましたよね。次の日、よくわかんないけど学校には行く、みたいな。   

冨永 政府は遠くにいて、ゴジラは近づいてくるっていう距離感。すぐ目の前で起きた出来事というよりは、ちょっと遠いところから見ている感じが常にあったかもしれない。   

鈴木 人の死を直接的に描かないのも、そういうことかなあという気がしましたね。   

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大畑 中盤で長谷川博己とゴジラがワンカットで収まるところで、何かやればいいのにね。「ゴジラぁぁぁ!!」って叫んでぶち切れるとかさ。   

一同 (笑)   

大畑 それか、にらまれて吠えられて、頭を抱えて「もうダメだあ……」ってなるとか。   

冨永 近くまで来た時「あれがゴジラか……」って言うだけでしたもんね。   

松本 やっぱり距離があるんですよね。目の前にしてもなお。   

冨永 他人事感があったね。外側から見てる感じ。   

大畑 そうか、そこが燃えなかったのかな僕は。   

鈴木 俺は、あれでいいと思ったんです。長谷川博己が「あれがゴジラか……」って見つめているんだけど、ゴジラ自身はあらぬ方向を見て進んでいく。目が合っちゃったら、ゴジラじゃない気がします。モンスターって、例えば大魔神とかだと、目が合って「やばい、殺される」みたいな恐怖があるんですけど、ゴジラはそうじゃない。自然災害。台風ですよね。   

大畑 最初の『宇宙戦争』(53年)のトライポッドってめちゃ怖いじゃない。ただのおもちゃみたいなやつが進んでるだけで、すごく怖い。ああいう怖さっていうことだよね。   

鈴木 そうですね。スピルバーグ版の『宇宙戦争』みたいに民家の納屋に触手がウィーンって入ってきちゃうと、目が合ってる感がしてしまう。   

大畑 「人間一人ひとりを律儀に相手にしてくれてる感」ね(笑)。 

鈴木 初代ゴジラもシン・ゴジラも「相手にしてくれない感」があるんですよね。そこがいいなと思ったんですけど。   

松本 なんか……俺、観終わった時は「めちゃくちゃ面白い!」って思ったんですよ。でもなんで俺はそう思ったのかな、っていうのが、話しながらわからなくなってきました。   

冨永 俺も。   

大畑 いやいや、俺を説得してよ!   

松本 間違いなく、面白かったんですよ。   

冨永 テンションは確実に上がったよね。   

松本 こんなにお金かかってて、みんなが観に来てる映画で、久しぶりにここまで面白かったのは……あ、『貞子vs伽椰子』も面白かったですけど。   

——観ててテンションが上がったのはどこですか。   

松本 市川実日子が可愛かった。   

一同 (笑)   

松本 それだけじゃないですけど、それもありましたね。   

冨永 あれも確かにアニメ的なキャラクターかも。   

松本 さっき大畑さんがおっしゃったようなことって、今思えばたしかにその方が盛り上がるなあって思うんですけど、でも観てる時点ではそういうふうには観てなかったんです。ただただ、なんか楽しかったですよね。   

冨永 楽しかったよ! やっぱ、熱線にはテンションが上がった。 

松本 俺は、ゴジラの、さっきも言ったあごの開き方。縦に開いた後、下顎が割れて横にも開くところで、突き放されると同時に高揚感がありましたね。   

大畑 あれならもっと、こうーいうふうに(四方八方に)開けばよかったのになと思うんだけど。   

松本 いや、ぎりぎりまで普通に開いていた口が、ここまで開いた!っていう高揚感なんですよ。   

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冨永 ゲロ吐くみたいな感じだったじゃないですか。ゲロ吐く時って、口が死ぬほど開くでしょう。なんかもう、普通に開いたくらいじゃ足りないくらいのゲロがせり上がってきて、もはやこう開くしかない!!っていう開き方だった気がした。   

大畑 ああ。ゲロだろうね、たぶん。   

冨永 ゴジラ自身もひょっとしたら、あんなに吐けるなんてわかってなかったかもしれない。   

松本 どう考えても、あれ、初体験ですよね。   

冨永 「こんなんできた、俺!」「うわ、背中からも出た!」っていう感じ。   

大畑 勢い余って。   

鈴木 漏れた! 漏らした!っていう感じ(笑)。   

冨永 ゲロ吐くと、すごい疲れるじゃないですか。それが全身から出たら、たぶんもう動けなくなると思うんですよ。   

一同 (笑)   

冨永 全部出しきって、精も根も尽き果てて、……   

鈴木 「賢者モード」みたいなことですね。   

一同 (爆笑)   

大畑 なんか今、納得した(笑)。   

冨永 だから観てる方も、爽快感があったんだと思います。あのシーンは、絶望感と共に、爽快感があったなあと思って。最初の夜が明けると、思ったほど被害が及んでなかったりとか。   

松本 もしかしたら、常にどこかに安心感がある映画だったかもしれないですね。   

大畑 最後までそうだったと思うよ。   

冨永 それこそ、関西の人間には関係ない話だしね。   

鈴木 冨永さん、関西人ですからね。   

冨永 そう。たぶん俺やったら、真っ先に関西に逃げ帰ると思う。「世界中が終わる」感じはなかったなあと。   

大畑 最後の「ヤシオリ作戦」が失敗してしまって、みんなが絶望に暮れる中、平泉成が「やっぱりアメリカに、落としてもらうか…」ってなって、核を落としてもらうっていう展開ならどうなったかなあってツイッターにつぶやいたんですよ。そしたら、すかさず篠崎誠さんから「高橋洋さんの「映画の魔」にある『ゴジラの最期』をもう一回読んでください」っていう怖い返信が来た(笑)。高橋さんが「ゴジラを倒すには原爆を落とすべき」ってすでに書いてるんだよね。それも日本が作った原爆を…(笑)。でもほんとに、最後に核を落としちゃえばいいのにって思うくらい、安全な映画だったよね。   

松本 なんだかんだで、実はハラハラドキドキはしてなかったかもしれない。どっちかというと「楽しいなあ!」で観ていた気がします。   

冨永 うん。作戦が実行されていく過程を楽しく観てた感じ。   

鈴木 いろいろ爆発して、ノリがよくて、「宇宙大戦争マーチ」が流れて楽しいなあ!っていう。   

冨永 こうなって、こうなって、こうなる。っていうね。   

松本 豪華なピタゴラスイッチみたいな。   

一同 (笑)   

大畑 異物感があまりないんだよね。ゴジラでさえ、異物ではない。   

松本 対立がないっちゃないですからね。立ちはだかるものはあるけれど、障害物でしかなくて。   

大畑 『オデッセイ』(15年)はうまく行ってたと思うんですよ。NASAの中に悪だくみをする人はいなくて、ただただマット・デイモンをみんなで救い出すだけの映画。『シン・ゴジラ』も、日本の高官たちが一致団結して頑張る話じゃないですか。でも、どうもうまく行ってないように思えた。安全な感じがしちゃったなあ。 

松本 そう考えると……僕も後半、ややテンションは落ちたかもしれないと思えてきました。1回目を観た時、前半の時点で「このまま2回目を観よう!」と思ったんですよ。でも、観終わったら「帰ろう」って思ったんです。最後がピークではなかったですよね。ゆるやかに収束していく感じ。   

大畑 長谷川博己の演説で盛り上がれるような映画だったら、すごかったのかもしれないけど。   

松本 『インディペンデンス・デイ』を……   

大畑 ちょっと思っちゃうね、それは。もちろん念頭にあっただろうけど。あそこで何のてらいもなく堂々と大演説をやれちゃうようなテンションにまで到達できていて、さらに最後に核を落とさせるという展開を見せていたら、とんでもない映画になってたんじゃないかなと思うけど。   

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冨永 「核を落とす」っていう結末は、絶対撮れないんですかね。 

大畑 今回は「製作委員会」じゃなくて東宝だけが金を出してるから、庵野秀明がわがままを言えば、……   

鈴木 核は落ちたかもしれない?   

大畑 うん。   

松本 かえすがえすも、僕はなんで面白いと思ったのかなあ……ただ、『シン・ゴジラ』を観るまでは、それよりも早く「エヴァ」の完結編を作ってほしいという思いがあったんです。でも『シン・ゴジラ』を観て、「エヴァ」は10年後でもいいやと思いました。   

冨永 なんか今回、いきなり出てくるじゃん。始まってすぐに。余計な前フリもなく。すでに何かが起きているっていう。そこがよかった。   

松本 ああ、あれはよかったですね。   

鈴木 気づいたらもう大変なことになってる。   

冨永 一方で政府の対応がどんどん遅れてくるっていうのは、すごくしっくり来ます。ひとつの物事を進めるのにも、ちゃんと文書にして許可を取らないと会議すらできないというのは、今僕がそういう職場にいるからとてもよくわかります(笑)。だから僕は、遅々として進まない会議のシーンなんかはすごく面白かったんです。   

鈴木 日々、高良健吾の気持ちになるわけですね。「こんなことやってる場合かよ!」と。   

大畑 それも含め、自衛隊が攻撃できない感じとか、もういいんじゃないかと思うんですよ。今までさんざんやってるじゃない。『パトレイバー』にしろ『踊る大捜査線』にしろ。まだやるの、それもゴジラで??って思った。「攻撃を開始しろ!」「総理、まだ住民がいます!」「んーーーー…、撃てぇ!!」って言ってくれたら「マジかよ!」っていう驚きがあった。そこで撃たないっていうのは、あまりにも当たり前なことに見えちゃって。もういいんじゃないかな、と思うけど。   

松本 その視点で言うと、この映画は別に「新しい映画」ではなかった気がします。「観たことないものを観た!」じゃなくて、今まで観てきたものの中の、面白いやつ。っていう認識。   

冨永 「ゴジラ映画」というジャンルの中で新しいもの、っていう感じがした。ゴジラ映画の中では今までにない、へんてこなものができたなという感じ。へんてこなんだけど、実を言うと、ゴジラ映画の王道に近い。   

松本 僕が最初に観たのは公開してすぐぐらいの頃でしたけど、こんなにすごくヒットするとは思わなかったですよ。   

冨永 俺も、公開翌日にみんなで観に行ったんだけど、「自分は面白いと思ったけどヒットはしないんじゃないか」と思った。誰もが「面白い!」って思う映画ではない気がしたんだけど。   

大畑 それは、あれなんですかね。3.11のトラウマから始まって、めでたしめでたしで終わってくれたところで「やっと安心できる」って思うんですかね。   

冨永 なんか、「面白くなかった」っていう人の意見に、ほんとに出会わないですよね。   

松本 もはや、そういう意見が消されてるんじゃないかとさえ感じますよね。   

冨永 「面白くなかった」って言ってる人も、間違いなく多数いると思うんだけど。   

大畑 この座談会も消されちゃうんじゃないですか(笑)。   

鈴木 「すげーよあの映画、やばいよー!」ぐらいのことを言わないと。   

冨永 今のところ、面白がってるのかそうでないのかすらはっきりしない座談会ですもんね(笑)。   

大畑 ……面白がろうか。もうちょっと。   

松本 いや、でも、こういう感じの映画だっていう気はするんですけどね。多少もやもやが残る感じの。   

冨永 『バトルシップ』(12年)を観た後の気持ちよさとは違うよね。   

大畑 事実、それを目指してはいないんだろうなとは思う。「実際にゴジラが来たらこうなる」っていうことのシミュレーションというか。その流れの中でも、娯楽映画的な段取りを採り入れることは全然できたと思うんだけど、それをあえてやらなかったっていうことなんだろうね。   

松本 かなりシリアスに捉えてるんでしょうね。ゴジラを。   

冨永 ただ、どの政治家のことも悪く描いてはいなかったですね。みんな自分の仕事を全うしようとする、真面目な政治家たち。悪意がなかった。そして長谷川博己たちは、新世代の理想とする政治家たちっていう位置づけ。   

鈴木 みんな真面目にやってるけど、総合的には愚か。っていうところですよね。   

冨永 一番愚かなのはシステムだ。っていうことではあったかもしれないね。   

松本 「日本対ゴジラ」ですもんね。建物やら、電車やら。   

大畑 時間の感覚も、あんまり迫ってこないんだよね。最終決戦まで1年ぐらいあったら、もっと盛り上がったかもしれない。日々、ゴジラと対峙しないといけないみたいな。みんなふらっふらになってさ。   

冨永 その間、ゴジラは動いてるんですか。   

大畑 動いてる動いてる。   

一同 (笑)   

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鈴木 最後の「ヤシオリ作戦」も、ちゃんと口が開いた状態のところにいろいろ注ぎ入れるじゃないですか。   

大畑 そうなんだよ。そこで「口が開かないじゃん、どうする!」っていう展開がないんだよなあ。   

冨永 開かせるために、何かしなきゃいけないっていう展開。   

大畑 「俺が行きます!」。   

冨永 「うおーーー!!(両手でこじあける)」(笑)。   

鈴木 結局原爆落としたけど効かない、とかね。   

大畑 火の海の中、ゴジラがひとりで歩いてる。っていうくらいまで行ってほしかったねえ……   

冨永 ああ、その終わり方を観たかったっていう人の意見を、どこかで読みました。僕らが観たいのは「圧倒的なゴジラ」であって、「人間には太刀打ちなんかできない存在なのだ」っていうことを思い知らされたいと。   

松本 そういう存在に対して、やっぱり憧れる気持ちがあるじゃないですか。人間にはどうにもできないものたちは、どうしたってヒーローじみちゃう。それを極力避けて通ってる映画だったような気がします。どちらかというと、今回のゴジラは気持ち悪かったじゃないですか。徹底的に気味が悪い。「嫌なもの」だった気がします。   

冨永 そこまでやりきっちゃった映画って、他にありますか。   

大畑 そこまで行けるのが、ゴジラっていうシリーズな気がする。最初のゴジラには、それが特にあった気がするよね。「うっわ、やべえ!」って。当時観た人は、なおさら。   

冨永 ゴジラって、勝手にそこまで大きくなってる感じがするんですよ。1954年にゴジラが誕生して、今までに見たことのないモンスターが出来上がって、世界中でも「キング・オブ・モンスター」って言われるようになっていくうちに、実際にあったゴジラ以上に、周りが形成するゴジラの存在感の方がめっちゃデカくなってて。そうなるとやっぱり「圧倒的なゴジラが観たい」ってことになってく気がするんです。本当のゴジラは、そこまでの存在ではないのかもしれないという気が、ちょっとするんですよね。   

松本 あと、建物が壊れたり燃えたりみたいなところを、快楽的には見せたくないっていう意志があったんじゃないかと思うんですけどね。街が壊れていく気持ちよさは、なかったじゃないですか。   

大畑 俺は結構気持ちよかったけど(笑)。   

冨永 ゴジラを攻撃するシーンでも、事前取材をすごくしたんですって。自衛隊は、昔のゴジラシリーズみたいに、至近距離から撃つことは絶対にないと。実際ならこれくらいの距離からこう撃つ、っていうのを調べたらしいです。   

大畑 昔のゴジラシリーズを作った人たちは、そんなこと知ってたんじゃないかな。こんな距離はありえないけど、でも映画として面白いから、戦車をここに置くっていう選択肢。   

松本 いろんな取材を踏まえているかもしれないけど、でもそこが面白かったわけでは全然ないですよね。ただ、やりたいだけでしょ?って思っちゃう(笑)。   

——じゃあ、何だったですか『シン・ゴジラ』は。   

一同 うーーん……   

松本 めちゃくちゃ人が出てきて、わちゃわちゃ話しててっていうことへの楽しさが、まずありました。一つのことをしようとしているのに、右往左往してやっと動き出すみたいな。   

大畑 そうだよね、大の大人がスーツ姿で雁首揃えて。   

松本 ……でもその質問にはあんまりバチッと答えられてない気がします(笑)。   

冨永 何だろう、俺も大志くんと一緒で、観た時は結構盛り上がってたんですけど、それについて話そうとするとトーンが下がるんです。   

鈴木 好きだからこそ、深く考えすぎて、こんな感じになったんだっていう弁解をしておきましょうか。俺は『ゴジラ』が本当に好きなんですよ。今回うれしかったこともいっぱいある。言おうと思えばいろいろ言えて、例えば今回「宇宙大戦争マーチ」が流れますけど、これって伊福部昭が1943年に海軍のために作った「古典風軍楽 吉志舞」って曲が元で、それをゴジラシリーズで何回も編曲して使ってるんですよね。 「怪獣大戦争マーチ」がいちばん有名ですが。そういうのは嬉しいのですが、そういうゴジラ豆知識を披露するのもなんだか虚しくなるというか……。  

松本 そう、そういう楽しさはいっぱいあったんですよ。ついこの間も友だちと、そういう話をぎゃあぎゃあしてたんですけど、「何が面白かったのか」を考えだすと、「何が面白かったんだろう……」ってなりますね。   

冨永 観るのが楽な映画ではあると思う。観ても全然傷つかない。   

松本 観てて苦しいことが、何ひとつなかったですよね。閉じた映画なのかもしれない。   

大畑 だからヒットしてるのかな。『シン・ゴジラ』が『炎628』(日本公開87年)みたいな絶望的なノリだったら…(笑)。   

冨永 それができたら本当にすごいと思いますよ。歴史に名を残すゴジラ映画になったと思う。でもそしたら東宝惨敗でしょう(笑)。   

鈴木 1973年版の『日本沈没』って、結構阿鼻叫喚で、絶望的じゃないですか。『炎628』ほどではないけど、ああいう絶望感が昔のディザスタームービーにはあったはずなんだけど、今回それを一切やってないですよね。   

大畑 『世界大戦争』(61年)とかね。   

鈴木 「人間って嫌だ!」っていうところまでは、行かなかったじゃないですか。   

冨永 なかったね、それ。「がんばろう日本」感はすごくあったけど。   

松本 最終的にそこに落ち着いた、っていう感じがしました。それを戦略的に目指したというよりは。   

冨永 ゴジラ自体に関しては、絶望的な生物を作ろうとは思ってたと思うんですよ。「ちょっとコイツには勝てんかも」くらいの存在を目指していたんだと思う。でも物語を締めくくるに当たって、「がんばろう日本」方向に持っていくっていうのが、妥当な選択だったのかもしれない。   

大畑 俺は、ゴジラが、原発のメタファーで本当にいいのかなって思うけど。   

松本 原発のメタファーでありつつ、「ゴジラ」という生き物そのものにみんな何かしら、ロマンを持っているんですよね。そこのちぐはぐが、ちょっとあるのかなと思います。   

冨永 ……もう1回観に行こうかな。2回観たんですけど。  (2016/08/22)