ここで、仕事終わりの中川ゆかりが到着。アクターズ・コース高等科第1期修了作品『ジョギング渡り鳥』(鈴木卓爾監督)でひたむきに走っていたヒロイン像が記憶に新しい。ほぼ入れ替わりで京都へ向かう予定だった兵藤が、彼女の顔を見たとたん、「やっぱりゆかりさんと話したいことがある!」とスマホ片手に乗り換え検索に勤しむ。「うん。あと30分ぐらい大丈夫!」。頼もしいひと声と共に、後半戦のスタートだ。

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兵藤 今、和美さんとはる子さんのやりとりについて今話してたんだけど。智香子と私は同じ組織の中にいるから、「そこまでのマウンティングはあんまり見ないよね」っていう話になったのね。自分の存在が危うくなる不安感とかはわからなくはないんだけど、それを相手にぶつけずにいられないという衝動については、あんまり心当たりがない。でもゆかりさんは会社勤めをしているから、こういうことの心当たりが……

中川 (即答)めっちゃくちゃありますよ。過去に在籍した女性の方が多い会社で、誰かを「ターゲット」にするみたいな、特定の人に対して、例えば情報の制限をしたりダメな人扱いしたりすることはありました。

兵藤 「いじられてる」とは違うの?

中川 違うんですよ、「この人はちょっとダメだから」っていうのを、周りに対して周到に知らしめるみたいな感じで。今思うと集団の中に、そういう人を置かずにはおれなかったのかもしれない。階層を作るっていうか。

兵藤 マウンティングとハラスメントって、とても近いけど、でも何だろうね、「マウンティング」の方が明るい感じがするのは。

一同 (笑)

兵藤 『At the terrace〜』もさ、「腕が白い」っていうちっちゃーーいことで優劣争ってるでしょう。「白いわよ!」「綺麗だわよ!」って。

中川 可愛いですよね。

兵藤 そうなってきたら、もう楽しいわ。

鈴木 楽しい!

兵藤 「殺される!」感がないじゃない。

中川 ないですね。悲壮感がない。

兵藤 でも気をつけなくちゃいけないなと思うのは、人って年齢を重ねるとどうしても、経験則とか価値観が出来あがっていくじゃない。それを、相手に押し付けてしまうっていうことは、ある気がする。演劇の作り方にしても、自分がやってきた作り方とは違う若い人に出会った時に、「それは違う!」「演劇の作り方って、もっとこうでしょ!」って言いたくなったり、しなくもないもん。だから、ちょっとドキっとした。フラットさを保つのって、年々、難しくなっていくでしょう。そんなこと、ない?

鈴木 ある、ある。いつでもそうなれちゃう可能性が、多かれ少なかれ、あると思う。

兵藤 私は学生と関わったりもしているから、常に意識的に、自覚的にフラットでいないといけないなあって今思った。若い時って、なんにもできない分、すべてを「そっかあ!」って受け止めるじゃない。ダメ出しされても、いちいち自己否定に陥らずに「なるほどー!」みたいな。でもある程度自分の演劇観が出来ちゃってる人は、それができないって聞いたことがあって。

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中川 私は舞台経験がほとんどなくて。小劇場にめっちゃ出たことのある子とワークショップに行った時に、すごく明るいしいい子なんですけど、とてもさりげないながらも「あたし舞台にいっぱい出てるから」ってやたら言うな、と。

一同 (爆笑)

中川 メンバーの中で映画畑は私ひとりで、他の子はみんな演劇畑だったのもあって、私がその台詞をキャッチしたってことかもしれないんですけど(笑)。

兵藤 でもそれも、ちっちゃーーいことだよね(笑)。自慢って、嫌だけど、めでたいなって思う。自慢と愚痴を聞くのなら、自慢を聞く方がいいような気がする。「そっかあ、それが言いたいんだねー」「やっすいなあー」って、心の中で馬鹿にしてるけど。(笑)。

中川 10代とか20代くらいの頃の方が、マウンティングがひどかった気が私はしますね。自分で制御ができないから、ああいう衝突があった気がする。

兵藤 思春期ねえー。たしかに、もじゃもじゃしてたわ。子どもだからこその残酷さね。

中川 グループとか。スクールカーストまでは行かなくても、特定の相手に対するちょっとした優越感みたいなものが、あったなあと。

兵藤 そう考えると和美さんは、まだ子どものままなのかもね。

中川 例えば女子校育ちで、学校を出てからも外で働いたことがなくて、社会へ出たことがないまま結婚していれば、学校のルールとかヒエラルキーを引きずってしまうかもしれないですよね……って、そろそろ公美さんの時間が気になるんですけど。

兵藤 うん。そろそろ、出ないと。……あー。楽しかったなあー! またやりましょうね。ありがとうございました!(退場)

——では改めて、中川さんの感想を聞きたいんですが。

中川 面白かったですよ。「フィクションですよ!」「お芝居やってます!」っていうのを隠さずに、時間とか状況を作っていくのが、単純にすごいなあと思いました。俳優の力量を観たぜ!と。で、この映画を観たって言う俳優が周りにすごく多いので、一般のお客さんがこの映画をどう捉えるのかなというのはとても気になります。映画的リアリズムとは違う種類のお芝居を、どんな層の人たちが、どんなふうに捉えて面白がっているのかがとても気になります。

鈴木 私、この映画にはあんまり乗れなかったんですね。でも交わされている会話はとても秀逸で、戯曲がとても優れているのがよくわかる。でも……何だろうなあ、やっぱり演劇で観た方が面白かったんじゃないか、という思いが拭いきれなくて。

中川 あの映画の、俳優たちが「フィクションを作りにいってる感じ」にどう乗ったらいいのか、私も序盤は少し迷いました。でもすべてが緻密に積み重ねられていくのを観て、純粋に「すごいな!」って思いましたね。話がどう転がるかは、途中からわりとどうでもよくなってしまって、「なるほど、こうやって笑いに持っていけるんだな!」みたいなことを思いながら。「名人芸」を観るみたいな安心感でしたね。落語を聴く面白さに近かった。戯曲も出ハケも俳優陣も、技術を観てきた!っていう満足度がとても高かったです。書いてあることを自然に見えるようにやるのではない、ということが明確にわかる。「狙ってやってます!」感というか。芝居って、リアリズム的な表現であろうがなかろうが、観てる人が信じられればいいじゃないですか。中途半端なことをするより振り切った方が遥かに面白い。だから、やっぱこの人たちすげーな!って、俳優としての向学心を刺激される感じでした。「映画を観る」のとは違う種類の満足感でしたね。

鈴木 うん、うん。

中川 私は今まで、目の前の人のことだけに集中するというよりは、自分の視点をガーンって引いて全体像を見渡した中で、誰かが出ていったり入ってきたりっていう、人も物も「もの」として「等価であること」をより面白がってきたんですね。でもこの映画に関しては完全に、まぎれもなく俳優たちが人間同士でアンサンブルを起こしていて、これってどうやったんだろう、やっぱりすごく稽古したんだろうな、演劇すげー……!っていう感じでした。明らかに、私がなかなかやれたことがない何かを観ているという感じ。

——やれるようになりたいですか?

中川 今「俳優レッスン」(※アクターズ・コース修了生による自主ゼミ)をやっているので、次回の目標はああいう「意図的にやる」ことにトライしてみようかと。相手役と一緒に、ちゃんと狙って状況を作っていくっていう——いや、すごく普通なことだと思うんですけど。いやむしろ俳優なら「できなきゃ」ってことだと思うんですけど、でも美学校にいた頃の自分には、それは「その場に面白いことが起きる/を起こすための準備」とイコールではなかったので、そこに強いモチベーションを感じてなかったんです。それが、今回はっきり実物を見せられたので、「ああ、こういうことか!」ってしみじみ思っているところです。

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鈴木 私、この映画のお芝居が、ずっと気恥ずかしい感じがしていて。この映画で山内さんは何をやりたいんだろう?っていうことをずっと考えながら観てたから、大きい芝居が出て来るたびに、どこか空々しいというか、ざわっ、としてしまって。あの芝居が映像になっていることが、ずっと不思議だった。

中川 たしかに。不思議ですよね。映画にする必然性は、たぶん、ないですよね。

鈴木 そう。それでも、やってみた。っていうことなのかな。あの映画は『トロワグロ』の公演が終わってすぐ、あまり間を開けずに短期間で撮ったそうなんですね。純粋に楽しかったんだろうなあと思うんです。黙っててもせりふが出てくる感じとか、お客さんの前でやりきった高揚感とか、芝居が身体に馴染んでいる状態のままで、映画を作るっていうのはどんな感じだったのだろう。

中川 映画のアフタートークでマルチカメラを使ったと言っていたので、今回の俳優たちはきっとカメラの存在を気にせずに演じていたのではないかと。カメラへの意識がないのか、あるいは、だいぶ外に置いている感じがした。観客に「見せる」意識の持ち方・アウトプットの違いっていうか、そのちぐはぐはありますよね。映画の見せ方をしていないから。

——面白い。俳優が観ると、そういうふうに見えるんですね。

中川 あんまり、物語的な展開という意味での内容についてどうこうっていうのは思わなかったです。

鈴木 そうですね、そうです。

中川 マウンティングとかも、もちろん面白かったけど……ああいうマウンティングだったら、後腐れなくてよさそうですよね。ガツン!とぶつかって、「じゃ!」って帰る(笑)。普通はあんな盛り上がり方、ないですよね。みんな終息する方を選ぶでしょう、普通は。

鈴木 揚げ足を、あげて下げてまたあげて、っていうね(笑)。

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中川 智香子さんは、ああいうことが起こった時、どういう立場に立ちます?

鈴木 私は、争いごとが大嫌いなので。

中川 あ、わかる(笑)。

鈴木 これはふっかけられてるな、と思っても、ふっかけられていないように振る舞います。自分がすごく怒っているのがわかっても、それを表に見せないことに全力を尽くす。

中川 我慢できない!っていう時は?

鈴木 1年に1回あるかどうかくらいで、キレることはあります。すごい低いトーンで、じとーーーっと。淡々とキレます。

中川 私も、本当に争いごとはただひたすら避けたいんですけど。でも我慢がわりときかない方なので、相手によっては、出す時は出します。でもこの映画の女性陣って、かしこいじゃないですか。相手が嫌であろうことを、あえて戦略的に言っていくみたいな。ああいう器用な応酬はできないので、「今のはないでしょ!」ってストレートにぶちキレて、手がつけられない人になります(笑)。

鈴木 ほんと、根気強いと思いますよ、あの人たちは。あと、集中力。そこに費やす労力は、ちょっともう……ねえ。

中川 よっぽどですよね。

鈴木 そう、よっぽど楽しんでるようにしか見えないですよね。

中川 でもずっと昔にさかのぼると、私はよく爆発をしていたんですよね。大学の時とかも……なんかどんどん思い出してきちゃったけど(笑)、今もすっごく謝りたい同級生がいるんですよ。最初、なぜか私を気に入ってくれて仲良くなったんですけど、その子の「いつも一緒にいよう」っていうある種の「女子っぽさ」に耐えられなくなってしまって、その子のことを下に見るようになったんです。相当ひどいことをしました。当時の私はぐちゃぐちゃしていて、最ーー悪でしたね。なるべく穏やかにかわす、みたいなことができるようになったのは、ごく最近のことです。

鈴木 ……言われてみればたしかに、大学の時の方が、あったかも。知識と知識で戦おうぜ!みたいなノリが私の周辺にはあって、「そんなことも知らないのか」「お前は何をやってるんだ」みたいな格付けに、巻き込まれてたな。思い出したな。

中川 イタいですよね。大学時代って。

鈴木 イタいですね。今が一番いい。周りの人たちとの関係っていうことで言うと。

中川 ほんとそう。年々、楽になる。

鈴木 私は、20代後半もキツかったな。一緒に芝居してた人たちが、どんどん売れていくのを見ると、すごく心がざわついてた。でも、それを表に出すのはカッコ悪いよなっていうプライドもあったし。

中川 私は、今は全然感じないんですけど、アクターズ・コースにいた頃、それがありましたね。同期の活躍に対して。初等科の修了公演に平田オリザさんの『カガクするココロ』をやったんですけど、同期の(永山)由里恵ちゃんと(古内)啓子ちゃんの出演時間が長くて、私の出番は後半ちょっとだけだったんですよ。単純に、その分量の差にすごいショックを受けて。1年間やってきてこれか!っていう。で、次に撮った『イヌミチ』(2014年、万田邦敏監督)で、私にアテ書きされていた役を由里恵ちゃんが演じたんです。またか!と思って、実際泣きました(笑)。

鈴木 うん。わかるよーー。

中川 その後も由里恵ちゃんはいろんな作品にめっちゃ呼ばれて活躍していて、今は「よかったよかった!」ってすごく思うんですけど、当時は得も言われぬ感情が。まあ、嫉妬なんですけど(笑)。自分は、ああはなれないのだと。

鈴木 わかります。わかりますわかります。

——どうやって、その気持ちから抜け出せたんですか。

中川 自分の得意分野とか、居心地のいい立ち位置とか、気に入られるポイントとか、仲良くなれる人とかに、ある種の傾向があることが納得できてきたんですよ。だから今は「人それぞれ居心地がいい場所は違う」って当たり前のことを受け入れられるようになった。

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鈴木 ほんと、後から思い返すと、若かったなあ、って思いますよね。

中川 近いところしか見えないですからね。まだ視野が狭いから。

鈴木 劇団内オーディションとかで、やりたかった役がやれないと決まったら、昔は「もう、手伝いすらしたくない!」って思ってたんですよ(笑)。

中川 ある(笑)。

鈴木 今も悔しいことは悔しいんだけど、「なんでだろう?」「こういうことかな?」って、納得できる道筋ができてきたので……いや、でも、……でもつい最近……わあーーー!(何かを思い出している)

——どうされましたか。

鈴木 ある演出家がずっと私に、次回作の構想を話していて。「出演メンバーの1人として考えておいてもらっていいかな」って言われて「もちろん、いいよ!」って答えてたんですけど、後日、別の俳優さんから「あれ、スズキさん出ないんですか?」「共演するの楽しみにしてたのに!」って言われて。私は何にも聞かされていなかったから、その瞬間にものすごい速度で状況を察して「……あ、うん。出ないや」って平然と言ってる自分がすごくおかしくて(笑)。それが、まだ、1〜2年ぐらい前の話です。演出家は、くれぐれも言葉に気をつけてねと言いたいです。

中川 ありますね。演出家や監督の何気ない言葉に一喜一憂してしまうことが。

——面白いな。俳優さんの生態。

中川 でも私たちは比較的、落ち着いたタイプじゃないかと思います(笑)。少なくとも、私がやりたいこととかいたい場所って、同期のそれとは違うらしいんですよ。だから嫉妬されることとかも、あんまりない気がする。

鈴木 なるほどー。

中川 智香子さんは、何かありますか。やりたいこととか、いたい場所が。

鈴木 そこが今、一番問題なんですよ。身体を使う、ということに興味が行っているけど、じゃあいきなりダンスを習うっていうのも違う気がするし。あと、今年私は40歳になるんですけど、平田さんの戯曲に40代の女性ってあんまり出てこないんですね。さらに、同世代の作り手がちょっとずつ、創作の道からリタイヤしていくのを見ていると、じゃあ私はどこへ行けばいいのか、自分で「場」を作るしかないのではないか、みたいなところに踏み込み始めてます。そのためのノウハウは、青年団で身につけてはいるけれど、それとはまた違った次元で「外」に出ないとな、と思い始めていますね。と言いながらもすごく人見知りなので、がんがんオーディション受けるぞ!っていう感じにはならないんですけど。

中川 同じです。

鈴木 でも待ってるだけじゃ何も来ないのよ、っていうのも知っているんですよね。その匙加減で、自分をどういう場所に連れていくのか、真剣に考えないとな、逃げちゃだめだ!みたいな感じです。かっこよく言えば。

中川 いつまでも同じ場所にはいられないですもんね。内側からも、外側からも、変化は訪れますから。昔は能動的に「こうしてやろう!」って思わなくちゃいけないんだと自分を責めていたんですけど、だんだん力が抜けてきたというか、来た流れに流されてみよう、みたいな感覚が生まれてきたんです。訪れる変化を、あまり大仰にとらえずに、身を任せるというか。そうすると自然と、居心地のいい方向へ身体が向かっていく。

鈴木 やりたいことを、やりたいときに、やりたい人とやるのって、実はなかなか難しいじゃないですか。それだけやってたらただの趣味になっちゃうし、かといって、できないことをやろうとして無理をするのも違うし。じゃあ何をどうするの?っていうのを、今はずっと考えているところですね。(2017/02/24)