『ワイルド・スピード』の作品群は、「勢い」と「練り」の相反する2つを併せ持つ幸福なシリーズであることはよくわかった。回を重ねるごとにハナシがデカくなっていく、というのもあちこちで見聞きする「ヒットしちゃったシリーズものあるある」だ。そこで大コケした例も聞くけれど、でもこのシリーズは、どうもそうじゃないらしい。「ワイ談」(千浦僚命名)第3回、公開です。

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市沢 みんなに聞きたいんですけど、このシリーズは、他のアメリカ映画とは違うなという感じはするんですか。

千浦 「似た空気」はたぶんあるような気がする。たまたま同時期に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー2』を観たんですよ。やっぱり疑似家族の話で。そしてこれもまた、本当の血縁関係ではなく、築いてきた仲間関係を選ぶっていう話なんですよね。

小出 作られた組織の形によって、映画って分類できるんだなと思いました。ヤクザ映画では「親分」「子分」の縦の軸で物語を作る場合もあるけど、「兄弟分」という横軸を重視した作品もありますね。あるいは、『ゴッド・ファーザー』なんかは、ファミリーの縦の軸で形としては前者の「親分」「子分」の組織形態に見えるけど、ヤクザ映画のように仁義ではなく、血の濃さが組織の結束の強さになったりしてまた違いますよね。あるいは、『リオ・ブラボー』なら、ジョン・ウェインはチームの家父長的な役割をやっているようで、実はお母さんみたいな存在でもありますよね。そういった観点から『ワイルド・スピード』は、それまでのアメリカにあったかもしれないけど意外と形作られていなかった集団を打ち出したからこそ、受けているのかなあと思ったりもしました。

中瀬 疑似家族っていうことを通してアメリカが抱えてる問題みたいなものが見えるなと思うのは、人種についてです。白人だけでファミリーを作るわけじゃない。黒人がいて白人がいて、アジア系がいてラテン系がいて、それらが混ざった状態で、疑似家族を作っている。ポリティカル・コレクトネスなのか、コンプライアンスなのかわからないですけど、アメリカ映画ってやっぱりそのへんを配慮しないといけないのかなと。ただ、「配慮しないといけない」と言いつつ、混ざってるとわかりやすいですよね。人種とか性別とかそういうものよりも、一緒に過ごしてきた時間が大事だみたいな。「友情、努力、勝利」(笑)。少年ジャンプの方程式に結びついているんだなと思います。(補註:白人と黒人のハーフで生まれて、父と会うことなく演劇関係者の義父のもと育ったというヴィン・ディーゼルの経歴もこの辺に影響しているのではないかと思います)

千浦 『スター・トレック』の世界観もそうだよね。アメリカの象徴みたいな混成チームで、でもそれこそがいいのだ、という。でも『ワイルド・スピード』はもうちょっと攻めてて、とにかく非・白人の世界の躍動を強く押し出してるじゃないですか。

中瀬 そうですね。今までは一番強いのは白人だったけど、……

千浦 もう、そうでもなくなってきてる。今回面白かったのは冒頭、ドウェイン・ジョンソンが随分コワモテに檄を飛ばしてて、何かの作戦が始まるのかなと思いきや、実は娘のサッカーチームのコーチだっていうくだり。あれって、ドウェイン・ジョンソンと娘のチームはいろんな人種の子がいるのに、相手方の女の子たちはみんな白人なんですよね。

中瀬 マオリ族の「ハカ」を見せられて「はぁ?」ってなってるっていうところですよね(笑)。非・白人推し。しかも、そんなドウェイン・ジョンソンがモテてる!っていうシーンですもんね。子どものお母さんたちが、みんな色目を使っているという。

千浦 「おいおい、熟女のギャラリーが子どもの数より多いじゃねーか!」っていう(笑)。タランティーノの「デスプルーフ」でもヒロインたちがロック様談義でキャーキャー言うところがあるけど、ドウェイン・ジョンソンってモテるところには猛烈にモテてる感じ。しかし、僕が言うのも何ですが、「ワイスピ」は、全世界の、頭髪方面が希薄になりつつある男性にとって、本当に勇気づけられるシリーズですね。ツルってる男がはじめはヴィン・ディーゼルだけだったのに、シリーズが続いてドウェイン・ジョンソンにジェイソン・ステイサムまで……。ハゲ増し=ハゲを励ます、これが裏テーマになってるような気がする。

市沢 なんか、どこかで聞いた気がする。「このシリーズでは、髪が長ければ長いほど悪い奴だ」って。

一同 (笑)

市沢 髪の短い奴は仲間だけど、長い奴は敵だって。

千浦 確かに、フサってる人は、まー消えていきますよね。

中瀬 最終的に、ハゲのみが生き残る世界。

千浦 高校野球か。…しかし、ポール・ウォーカーも毛がなければ怪我なかったのか……

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中瀬 なんか、「アメ車対日本車」みたいな価値観の戦いがあるじゃないですか。ドムはアメ車で、ブライアンはスカイラインとかGTRとかで。あのへんの感覚って、車好きの中では「あるある」なんですか。

千浦 日本の車好きは、日本車の中で競い合っているから、「アメ車対日本車」っていう概念はなかったと思う。『頭文字D』にもアメ車って、ほぼ出てきてないですよね。だからこの映画の中で日本車の戦闘力が通じているのは、うれしいんじゃないですか?

市沢 ああ、うれしかったですけどね。なんか。

小出 でも今回はブライアンがいなかったから、日本車は出てきてなかったということ?

市沢 1ヶ所だけ出てきましたね。でもほとんどわからないと思う。

千浦 アジア、および日本テイストはちょっと後退してますよね。

——そういう変遷があるにしろ、長らくシリーズ化されるにあたっての、ポイントとか共通項ってありますか。

千浦 キャラクターでしょうね。マーベル・コミックもの映画なんかを筆頭に、「キャラクター重視の方が、展開できるな」っていうことに、映画界が舵を切っている気がするんだけど。

市沢 そうか。でも「キャラクター重視」って今までさんざん言われてる気がするんだけど、『ワイルド・スピード』は何が違ったんだろう。

千浦 適当な例えじゃないかもしれないけど、キャラクターじゃなくてずっとお話重視でやってきてて孤立してる、孤独に頑張ってるなと感じてたのは、M・ナイト・シャマランでした。でもシャマランはいま公開してる『スプリット』と次の作品で、キャラを横断させて旧作とつながる世界をやっていくみたいで、ああこの人もキャラクター重視方向に舵を切ったのかと思ったんですけど。

市沢 小川さんは、どうだったんですか今回。キャラクターとか車の概念がわかる人間からすると「こんなすげーことやってんだ!」っていう映画ですけど、それがない人には、このシリーズはどう見えるんですかね。

——まずテレビで『EURO MISSION』を観たら、2台の車が緊迫感たっぷりに正面衝突ギリギリで止まって、降りてきて睨み合った2人とも薄毛マッチョだったんです。

中瀬 (笑)

千浦 はい出た、その意見!(笑)

——で、基本的に、車も見分けがつかないんです。なので私には、見分けのつかない人たちが、見分けのつかない何かに乗って、戦っている映画でした。

千浦 あー。素晴らしい意見ですね(笑)

小出 欧米人が「アジア人の顔がみんな同じに見える」っていうのと同じことになっちゃいますよねぇ……。

中瀬 まあ、途中で裏切ったりもしますからね。キャラクターが多いから、初見で把握するのは難しいかもしれない。

小出 長く続いていて、キャラクターが功を奏している映画って他にありますか。例えば『スター・ウォーズ』ってどうでしょう?

千浦 でも『スター・ウォーズ』はシリーズとしての緊密さがそんなにないじゃん。出てくる人たちが、代替わりしてるから。同じメンバーで8作続いたシリーズって、最近だと何だろう。『X-MEN』ものとかを集めればそうなるのかな。

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中瀬 僕は『007』シリーズが一番近いのかなって気がしてるんですけどね。ただ、チームでやるってことになると、『ミッション・インポッシブル』とか。ちょっとアウトローで生きてる人たちが集まってひと仕事する、みたいなことのひな型ってすでにあるでしょう。

小出 『オーシャンズ11』ってのも続きましたよね。

中瀬 古くは『七人の侍』もそうですよね。西部劇とかも。つまり『ワイルド・スピード』シリーズは、賢い作り手たちが、今まで受け取ってきた物語のひな型を研究して、「これは当たる!」っていう確信のもとに、ちゃんと作った映画だと思うんですよ。すごく研究して、すごくうまくいっている一例なのかなと。

小出 「ファミリー」っていうものが大きな要素だと思いますよ。日本でも、この映画はマイルドヤンキーの人たちに受けがいいみたいです。

中瀬 僕はTOHOシネマズ新宿で観ましたけど、それこそマイルドヤンキーが集まってて。前に座ってたお兄ちゃんが、映画始まる前に「たーのしみー、フォーー♪」って言ってて、うわ、すーーごいマイルドヤンキー見た! ドンキホーテみたいだここ!って思いました(笑)。そうか、こいつらはきっと、邦画だと『HiGH&LOW THE MOVIE』を観て、洋画だと『ワイルド・スピード』を観るんだ、なるほど!って思いましたね。

千浦 僕は『ICE BREAK』公開二日目にバルト9で深夜に観たんですけど、お客さんにキティちゃんのアップリケがついたスウェット上下のカップルとかがいました。

中瀬 そういう人たちが、シリーズ全作を通して観てるとは思えないんですけど。でも、ふらっと来ても観られる訴求力があるんでしょうね。

千浦 帰りにエレベーターで一緒になったスウェット&サンダルカップルの女の子がもう、すーごい面白かったみたいで、連れに「私もあんなファミリー欲しい!」って熱をこめて言ってた。

中瀬 いい話ですね。

千浦 真芯を食って主題が伝わってるなあ!と思って。ごちゃごちゃなにか言ってる僕らのほうが製作者にとって、間違った、望ましくない観客なんじゃないかとも。

市沢 「ファミリー」を推したい何かがあるんですかね、時代的に。今って何かにつけて、ことさら「ファミリー」を強調しませんか。今回、シャーリーズ・セロンがドムをちょっとそそのかしてたでしょ。「あなたはファミリーじゃなくてスピードを欲しているのよ」的な。『羊たちの沈黙』のレクター博士みたいに。

小出 それが何かの伏線かと思いきや、まったくブレることなく「ファミリー」だったね(笑)。

中瀬 あれはでも、いいせりふだなと思いましたね。その前も、ドムに対する禅問答みたいなのが、ちょいちょい出てくるじゃないですか。すべては選択の積み重ねなのだ、みたいな。あそこ、めちゃめちゃ気合い入れて撮ってると思うんですよ。たぶんセットなんですけど、ライティングがすごくいいんです。で、シャーリーズ・セロンがすごくいいことを言うところで、ちょうど飛行機が雲を抜けて、光が動いて。ここ、勝負かけてんな!って思いました。

小出 それはやりすぎかなー。それと、切り返しの際のアップのサイズがデカかったなあ。

中瀬 撮影監督が、「5」からずっと同じ人なんですよ。その人は、ずっとあのサイズです。で、僕は『MAX』が一番好きなんですけど、『MAX』の撮影監督が一番うまいんです。それ以降は、最近のハリウッドだな!っていう感じなんですけど。でもやっぱりカットバックとかを、人の動きに合わせてカメラも動いて絶対に肩なめで撮り続けてるのとかを観ると、丁寧でいいなって思います。

千浦 うん、そういう話が、聞きたかった!

市沢 ちゃんと、映画として、作り込まれてるということですよね。

中瀬 そうですね。

千浦 どうしても意識が、意味とかストーリーとかに拡散しがちだから、そういうところを聞きたかったね。

中瀬 そうですね、いろいろ、話すべきことが多すぎますね。(続く)