今年も、フィクション・コース初等科生が修了制作を終えた。となると彼らにご登場願わねばならない。カリキュラムの最初から、ぴたりと受講生にはりついて、花も嵐も踏み越えてきたみんなの兄貴・星野洋行と、修了制作を作るにあたって日々起こるトラブルや相談事を、一手に引き受けて提出までの交通整理をしてきた松本大志。彼らが今年、どうも気になってしまった作品を2本ずつ選び、見せてくれる会合である。みんなの作品を通して、映画の根幹を語り合うこと、計3時間半。いいですか、映画美学校フィクション・コースには、こんなお兄ちゃんたちがいます。


星野洋行 フィクション・コース、ティーチングアシスタント。撮影部。最近の仕事ではNHK総合で放映のドラマ「悦ちゃん」の撮影助手など。金髪で帰省したら親から「いい歳して、、」と絶句された3?歳。今のところ今年のベストワン映画は『夜に生きる』。

松本大志 フィクション・コース、ティーチングアシスタント。映画監督、現在長編の企画を練っております。今年一巻が出た漫画のベスト5(順不同)、「BEASTERS」、「青野くんに触りたいから死にたい」、「ましろび」、「ルポルタージュ」、「リウーを待ちながら」。

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星野 全体的に観て、どうだった?

松本 僕は今回、修了制作以前の授業も見ていたりして、みんなのことをよく知った上で観たんですよね。観ながら、それぞれの顔が頭のどこかに浮かんでたんです。それが今までとは違うかもしれないなあと。……あと、星野さんがなんかちょっと、今年はパッとしないみたいなことを言ってたじゃないですか。それがわかる気がするのはなんでしょうね。

星野 そう、去年(http://eiga-b-gakkou.blog.jp/archives/64733851.html)を思うと、今年ってなんかこう……何だろう。

松本 何でしょうね……「真ん中ぐらい」が多いというか。飛び抜けてどうこう、みたいなものがなかったというか。

星野 逆に言えば、全員がよく頑張ったっていうところかもしれないね。ではまず僕の1本めから。



◆相澤亮太『ジュヌセクワ』
相澤スチール



星野 「惜しい!」っていうのが今年の全体的な印象なんですよ。それを象徴する作品のひとつです。ただ、ネタがいいんですね。広がりがあるネタだなあと思う。


<あらすじ> 映画作りのネタ探しを任された主人公が、目の見えない花屋の店員と意気投合。「ネタ探し」を超えた仲になり、店員の家で姉にも挨拶。しかし弟を過度に心配する姉が、主人公の「ネタ探し」に気づいてしまう。


松本 この2人の同性愛っぽい感じって、ホンの段階ではもうちょっと強くありましたよね。

星野 この企画が上がったときに、参考として観ておくといい映画として挙がったのが、ウィリアム・ワイラーの『噂の2人』でした。親友のオードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーンが、共同で女学校を経営していて、そこにいるすごく性格の悪い生徒に、同性愛の噂を流されて……って話。すごくよくできた映画なんだけど、相澤くんが狙っていたような、「同性愛じゃないけど友情」を際立たせるなら、むしろ「ひょっとしたら好きなのかも」をちゃんと見せちゃう方が効果的だったんじゃないかと思うんだよ。

松本 そう。出さないようにしてることが、むしろ含みを持たせてる感じに見えますよね。

星野 最近とみに思うのは、すごくシナリオの質が問われてるなあということ。昔、8ミリやDVテープで撮ってた頃は、「いかにプロの映画に近づけるか」みたいなところで力を入れてたじゃない。近づけないんだけど(笑)。でも、しっちゃかめっちゃかなんだけど勢いで何とかなる!みたいな側面があった。でもこれだけ機材が進歩して、何でも綺麗に撮れるようになると、脚本力と演出力がダイレクトに響くじゃない。

松本 そう考えると、今年はみんな、ちゃんとした脚本を書こうって考え過ぎちゃったかなって思う。

星野 それを、自分たちで処理しきれてないんだよね。

松本 そうなんですよね。だから強く印象に残ったショットがあまりないというか。

星野 去年は、提出された企画とかシナリオが、ほとんどピンと来なかったんですよ。20期生は、ホンや企画の段階で「おっ!」っていうのがいくつかあった。

松本 ホンを書くモードと、画を撮るモードが、ブレちゃったのかなあ。

星野 僕は「ホンを読むモード」が弱いのかなあって思った。西山洋市さんがよく言うじゃない。シナリオを読む力。

松本 あと、あれですよね。「ぶちかましてやるぜ!」感がないですよね。去年はそれが、ちょっとあったじゃないですか。「この映画で全員ぶっ殺す!」みたいな。

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星野 クライマックス感が弱いのかなあ。クライマックスとオチは別物だって、講師陣も授業でよく言うんだけど、「この映画はこのシーンに向かって走るんだ!」っていうのが見えない。流れで撮っちゃってる感じがするよね。

松本 ……っていうのを初等科生に求めるのはまだ早いかもしれないんですけど。でもこうやって僕らが言いたくなっちゃうっていうのは、彼らはたぶん「ホンを書いてる」んだろうなあ。講師の保坂大輔さんが「長い映画の冒頭部分だけを見せられている感じがした」っておっしゃってましたけど、僕もそれをすごく感じて。

星野 うん、うん。

松本 「目も当てられない!」とかじゃないんです。「……あ、終わっちゃうんだ」っていう感じ。お話としては、終わってないんですよ、まだ。

星野 つまり、クライマックスだよね。登場人物が変化する瞬間。

松本 という、この流れで言うと、次はどうしても、柳沢の作品をかけたくなってしまうんです。

星野 うん。かけようかけよう。


◆柳沢公平『これが私の運命なんです』
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星野 これは、選考会議でも非常に評価が割れた1本です。まっっっったくピンと来ない講師がいる一方、万田邦敏さんが「まさか初等科でこんなに感動する作品が観られるとは思わなかった」っておっしゃったんですよね。

松本 僕も、泣きました。

星野 僕は、まっっったくピンと来なかった側(笑)。だから、大志くんが「乗った」瞬間が知りたいんだよ。

松本 わかりました。観ながら、言います。


<あらすじ> 幼い頃に事故で両親を亡くした主人公は、両親が経営していた会社の経理を中学生の頃から手伝っていた。今は叔母が切り盛りするその会社の不正を、新聞記者になった主人公の先輩が暴きに来る。20歳になるまであと数日。主人公は自分の人生を変えるべく動き出す。


星野 冒頭では、まだ「乗って」ない?

松本 まだですね。どーせよく見る青春映画なんだろうなー!って思ってました。

星野 説明的なセリフを、うまく処理してるよね。情報処理が本当にうまい。脚本コースにいただけあって。

松本 あ……ここですね。橋の上で先輩と再会するシーン。

星野 おお。どのショット?

松本 ショットっていうか、芝居で。

星野 芝居で乗ったか。

松本 ええ。この体勢です。

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松本 ここ。ここで、やったあ!って思いました。前のシーンで「バドミントンしよう」って言って、本当にバドミントンやってるシーン。引きの画があったら完璧でしたね。

星野 そして、ここからがすごいよね。内部告発の方法として、こういうのは初めて見ました(※データの入ったパソコンごと抱えて先輩のもとへ走った)。

松本 ここで俺、泣きました。

星野 そうかー。

松本 ご都合っぽい展開もあるんですけど、始まったお話がちゃんと終わってるじゃないですか。「バドミントンしよう」って言って、バドミントンするし。「10代のうちに上京するのが夢」って言って、本当に東京へ行くし。それが僕は、すごく大事なことだと思うんですよ。僕は映画を観る時に、常に次のシーンを夢想するんですね。「こんなシーンが観たい」とか「あんなシーンが出てくるのかな」とか。それが本当に出てきたから、それが単純にうれしかった。この映画で観たかったものを、きっちりやってくれたと思いました。

星野 それで、泣くほど感動したんだね。僕の心が動くのは、やっぱりショットなんですよ。

松本 ショットで感動することはもちろん僕もありますけど、先輩と主人公の関係性が面白いですよね。敵対関係のようで、そうではなく。

星野 それをさ、どこのカットで、思ったの? その心の流れを知りたい。

松本 あの橋のところですよ。それまでは敵対関係に見えたけど、ある時点で、そうじゃなくなるじゃないですか(※これが自分の運命なのだとあきらめている主人公に、先輩が「その運命をぶっ壊すことはできないのか」と問いかける)。相手に対して良からぬ思いもあるんだけど、でも理解者でもあるという複雑な距離感を、あの場面で描ききっている。この2人を観ていられればいいや、って思いましたね。

星野 てことはやっぱり、演出なのかな。もちろんうまいと思うし、登場人物をちゃんと動かしているなとも思うけど、僕は、この人たちが、この映画の世界の中で生きていないように見えちゃうんだよ。これは良く言われる、自分たちの知ってる世界が描かれてるからリアリティがあるとか、現実の自分たちに似ているから共感する、とかいったものとは全然違います。そういうことではないのですが、実際に生きている人間と、地続きに感じられなかった。

松本 もしかしたら、僕はそこに興味がないのかもしれない。この映画はこういうリアリティなのね、っていう目線。

星野 そうかもしれないね。僕は「乗る」「乗らない」の瞬間を、どんな映画を観る時も大事にしているんですよ。まずは何も考えずにボーっと観ていて、「おっ!」っていう瞬間があると乗れるんです。

松本 僕は基本的に、映画を観る時は「乗る」ようにしてますね。ただ、今話しながら、すごく単純なことかもしれないと思い始めていて。主演の菊地敦子さんが、映画美学校に初めて関わったのが、西山さんと万田さんがやってる「アクティング・イン・シネマ」っていう短期コースだったんですよ。僕はそのTAだったんですけど、彼女とのつきあいが長くて、変化を強く感じられたからじゃないかと。

星野 それは……すごい私情じゃないか(笑)。

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松本 だから僕は単純に、この主人公に「乗れた」んですよ。それはなぜだろうって真面目に考えて、そういう側面がないとは言い切れないなと悟ったんです。

——私も、この前アクターズ・コースの座談会で彼女と話しているから、彼女のことをまるで知らずにこの映画を観ていたら、今とは違う感想を持ったかもしれないです。そして、何の私情もなく映画を観るということが、果たしてありえるんだろうかと思います。

星野 確かに、僕は「人から勧められたから観る」っていうケースが多いですね。僕は今年、大志くんに勧められなかったら絶対スルーしていたであろう映画が何本もあって。観てみたらめちゃくちゃ面白かったりもするんですよ。

松本 これは本人にも言ったんですけど、僕は柳沢くんそんな好きじゃないんですよ。

星野 え(笑)。

松本 「またアイツ、くっだらない青春映画とか撮ってんだろうな!」って思いながら観始めて、でも、面白かった。それがスゲーうれしかったっていうのがありますね。

星野 うん。今までのビデオ課題と比べると、格段に成長したよね!

松本 ほんと(笑)。だから、志が一番高かったんじゃないかと思ったんですよね。やれてないことはたくさんあるんだけど、お話の始まりから終わりまでが、主人公のアクションによって動いていくっていう映画に、ちゃんとなってるなという気がするんです。この映画で観たかったものは、ちゃんと観ることができた。そういう感覚がとてもありますね。



【2】
「映画の観かた」なんてものは、人の数だけある。そんなことは重々わかっている2人が、それでもこうして、互いの「映画の観かた」をわかろうとする。それによって自分の「映画の観かた」が、ちょっとグラついたりもする。「学び」は、こういう瞬間から始まるのだと思う。受講生であれ、講師であれ、ティーチング・アシスタントであれ、おそらく、一生「学び」なんだろう。

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星野 今年もいくつか「幽霊もの」がありまして。親しい人が亡くなって、幽霊になるんだけどホラーではない、という最近の傾向から、1本挙げたいと思います。

◆岡田詩野『まばたき』
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<あらすじ> いじめを受けていた少女・はること、親しくなった主人公・みどり。急激に仲良くなって、美術室でキスしているところを同級生に撮影され、脅されたみどりははるこを突き放してしまう。その直後、ひき逃げに遭って死んでしまうはるこ。幽霊になったはることみどりが、同級生に復讐を試みるが。


星野 いいネタだな、って思うものが、いくつか散りばめられている気がするんです。ただ、翻るカーテンとか、動き出す机とか、どんな仕掛けをしても「どうだあ!」ってなっちゃうと思うのね。最近の黒沢清さんはそれを放棄しているんだけど。

松本 そうですね。教室のドアをパアン!と閉めているのは、生きている方の子なんですよね。逃げ去る姿が、ちらりと見えている。つまり2人で協力したんだということがわかるあたりは、いいなあと思うんですけど。

星野 でも、はるこは、満たされない。

松本 生者と死者の別れのシーンは、向こう岸を意識できる川で観たかったなあ……

星野 演出を考えきれてないという印象をどうしても受けちゃうので、もったいないなあと思う1本ですね。

松本 でも、前に観たときはもっと粗い、ただ流れちゃってるような印象を受けたんですけど、今日観てみたら案外面白かった。復讐によって、気が晴れているかいないか、それぞれの反応が出ていて。だからこそ、もっと、あそこに至るまでが観たかったなと思ったりしました。

星野 「こうやろう!」っていう作戦会議みたいな場面?

松本 そうですね。ホンを読んだ時は、こんなにウェットじゃなかったと思うんですよ。

星野 そう! もっと、えげつなかったよね。

松本 「いじめっ子に仕返しするぜー!」「うぇーい!」みたいな(笑)。えーーこんなにウェットになっちゃった、って、前に観た時は思ったんですけど、でも改めて観てみると、やりたいことはやれてるんだよなあ……

星野 うーん。これも、何が主題かよくわからない映画ではあるんですよね。

松本 2人の少女の成長?

星野 成長、してないじゃん。はるこが成仏した、その先がないと。この後、みどりの学園生活はどうなるのか。いじめっ子たちはどうなっていったのか。ネタとネタが分離してる感じがあるかなあ。

松本 うーーん。まあ、……そうですねえ、「うまいな」と思うところもあるんだけど……

星野 大志くんはたまにそうやって小声になるよね(笑)。

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——星野くんとしてはこれも「惜しいな!」っていう感じですか。

星野 はい。相澤くんもそうなんですけど、1年間美学校で学んで、つたなくても「ちゃんと撮る」ことができるようになってきている。そうなると演出や主題がダイレクトに問われるようになる。っていうことの難しさが、特に出ている作品じゃないかと思います。面白いネタなんだけど、シナリオや演出でもう一歩、さらに先を目指してくれたら、もっとずっと面白くなったはずなのにっていう1本。あと、今期の作品に言えることは、画の印象が似てませんか。

松本 あーー。ボケ味? わかんないけど。

星野 同じような一眼レフカメラを使ってるからかもしれないけど、それだけじゃないと思うんだよね。カメラを置く位置とか。

——今の受講生は、どんなカメラを使っているんですか。

星野 一眼レフのカメラを、個人的に持っている受講生がいるんです。動画のみを撮るために作られた一体型カメラだと4〜50万円しちゃうんだけど、一眼レフのデジカメだったら、中古で5万円程度で買えるし、軽いし、フットワークがいいし。一眼だから、ボケ味がちゃんと出るし。昔よりも遥かに、機材にお金をかけなくても、こういう画が撮れるような環境になってきていますね。

——そうすると、似てきちゃう?

星野 それはあるかなあと思います。一体型だとセンサーが小さいから、ボケ味がそんなに出ないんですよね。だから手持ちでぐんぐん動いたり、グイッとズームしたりできるんですよ。でも一眼は、基本的には「デジカメ」なんですよね。動画を撮ることが主眼ではない。

松本 デジタルカメラの、動画モードってことですよね。

星野 だから画が似ざるを得ないというか。大志くんだって、デジタル一眼を初めて使った時は、びびったでしょう。

松本 びびりました。「すっげえ! すーっげえデジタル!!」って。単純に、「っぽい画」になるんですよね。ちょっと馬鹿にしてたところがあったんですけど、これはみんな一眼で撮りたがるだろうなあと思ったし、一眼で撮っても全然いいと思った。

星野 そうなると、やっぱり考えるべきは、カット割りと演出なんだよね。例えば大志くんは、仕事で「このシナリオを撮ってください」って言われたら、どこにポイントを置く?

松本 美術室でケンカ別れするところと、同じく美術室ではるこが消えちゃうところ。

星野 そう、そうなんだよ。ちゃんとシナリオに書けてはいるんだけど、撮ってる側が「ここは見せなきゃいけない!」っていうところを、しっかり濃淡を付けて、やりきるところまでは行ってないなと思うのね。

松本 ロケーションに代わり映えがないから、「違う撮り方をしよう」という意識はあったと思うんですけど。

星野 そうなると「撮り方」を悩むじゃない。そうじゃなくて、「ここでしょ!」っていうさ。「明らかにポイントはここでしょ!!」っていう芝居を、監督がつけるわけでしょ。それが観てる側にもわかるようにしなきゃいけない。

松本 僕だったら……接触をさせるかなあ。ケンカ別れのシーンで。はるこがみどりに触れようとして、みどりがそれを拒絶する。それを機に、2人は触れることさえできなくなるわけだから。

星野 2人の会話は、いいんだよね。「誰にどう思われたっていいじゃない」「私はそんなの耐えられない」っていう。

松本 ってことは、脚本はよく書かれているんだな。

星野 つまり最初から言ってるけど、「もうちょっと考えたらいいのに!」ってことなんだよ。

松本 「脚本を書いてる自分」と「芝居を撮ってる自分」が結びついていないのかなあ。他の人が書いた脚本を撮ってるみたいな感じが、ちょっとしちゃうんですよ。「これが撮りたい!!」っていうことよりもまず「脚本として読めるもの」を作っちゃうから、「これが撮りたい!!」っていうポイントが存在しないのかなあって。僕が在籍していた頃って、「こういう画が撮りたい!!」って思って、「これを撮るには何をどう運べばいいんだ?」って、それだけのために話を無理くり考えてたんですよね(笑)。

星野 僕はやっぱり、シナリオの弱さだと思ってしまうなあ。登場人物に何が起きてどうなったか、その「どうなったか」が描かれてないんですよ。撮りたい映画の主題っていうのは、主人公の行動に出ると思うんだけど、「結局どうなったか」がないから、「長編映画の冒頭を見せられている感じ」って言われちゃう。ただ、ネタを見せるだけ、っていうレベルになっちゃってる。

松本 今回はどちらかというと、登場人物に寄り添った作品が多いじゃないですか。そうすると観客はどうしても「どうなったか」が観たくなる。という意味で「脚本が書けてない」というのは、確かにそうなのかもしれないですね。


◆成瀬都香『女と米つぶ』
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松本 僕はこの作品を、編集途中に見せてもらって、「傑作だ!」と思ったんですよ。でもそれが何故かと問われると……何だろう。ちょっと考えながら観ますね。


<あらすじ> 夫に「もう少し痩せろ」と言われ、拒食症になった主人公。米をひと粒ずつ口に運ぶその様子を、好ましく思わない夫とケンカになり、家を飛び出す。弟の家を訪ねると、恋人といちゃついていて居場所がない。はじき出された形で家へ戻ると、夫は浮気相手との情事に勤しんでいた。


松本 (観終わって)うーーん……面白かった、としか言いようがない(笑)。あの場で、小さな画面で観た時は、「面白かった!」と思ったんです。「映画が終わった!」っていう感じがした。でも今日改めて観てみたら「何も解決していないけれども映画は終わった」っていう印象でしたね。

星野 ふうん。

松本 基本的に僕は、食卓のシーンが好きなんですね。

星野 そうなんだ。僕はすごく難しいと思う。基本的に人物が動かないから、お芝居がつけづらい。

松本 僕は「食事をしている人たちの感じ」が好きなんです。室内での座り芝居が好き。けど成瀬さんはどうも、「ものを食べるという行為」そのものが好きらしくて。そういう、本人が興味のあるものが、この映画ではいちいち目に入るんですよね。ちょっと品のないカップルが、何かをぐちゃぐちゃ混ぜながら大はしゃぎで食べ物を作っている。そこへ現れた主人公が、引きずり込まれるみたいにして部屋に入れられて、ケンカをして。家へ逃げ帰ると、夫がそういうことになっていて、主人公が米を食らって、ジャカジャン!って終わる。僕はやっぱり、やりたいことや観たいものが、ちゃんと描かれている作品に惹かれるみたいです。あと、キャスティングもいいなと思いました。夫の体型とかにおいても。

星野 いやあ……完全に純粋に映画を観るっていうことは、本当に難しいんだなあと今思っています。ただ「面白かったです!」って言い切るのって、難しいんだね。

松本 うーーん……

星野 これはどういう物語なんだろう。たぶん拒食症や過食症を描きたいっていうわけではないよね。その題材がはらむ繊細な部分を、調べあげて作品に載せてるようには見えないでしょう。

——私は、デフォルメされた何かを感じました。夫のでかっ腹と、妻のエプロン。コントの一場面のような印象。 松本 どこか、意図的に軽くしようとしている印象がありますよね。突き詰めると、どんどん暗くなる題材じゃないですか。

——夫とのストレスによる拒食症に苦しむ女の物語というよりは、「絶対結婚なんかしない!」っていう映画だったように思います。

松本 ああ、僕はそういうところが好きなのかもしれないです。いろんなことすっ飛ばして、突然ガッキーがうちに来ないかなあ……って思うもん。馬鹿みたいにテンションを上げていちゃつくカップルとか、僕は絶対書けないし。

星野 そうか。大志くんの主眼のひとつは、「自分にはこれはできない」なのか。

松本 だって難しくないですか。至近距離で接触している男女を描こうとすると、どうしてもシリアスになっちゃう。「明るくいちゃつく男女」を書くのって、難しいですよやっぱり。

——お2人は、明るくいちゃつきたい人ですか?

星野 ここ何年も「いちゃつく」から離れて久しいです。大志くんは、いちゃつきたい人? 僕はすごくいちゃつきたい!

松本 (笑)

——お2人の、「いちゃつきたい」と「いちゃついてる人たちを見たい」の距離感が知りたいです。

星野 僕は、特に見たくはないですね。現実ではすごくいちゃつきたいけど。

松本 僕は、ちょっと見たいかもしれないです。ラブコメの映画とかドラマを観ていて、エロくなくいちゃついてる場面とか、嫌いじゃないから。……いいんですか、話がまとまる気配すらないですけど(笑)。


【まとめ】

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松本 なんか、今年は、「ある作品群」を観たイメージがあるんですよね。何でだろう……みんな、まじめだから? いや、「まじめ」でくくることには抵抗があるなあ……今日のテーマって何でしたっけ。よくわからなくなってきた。

星野 (笑)

松本 僕は単純に、「面白い」「もう一回観たい」と思った2本を挙げましたし、実際、観て面白かったです。でも「面白い」ということに理由をつけて説明することが、すごく大変だということが今日よくわかった。

星野 特に大志くんは今回、パーソナルな視点に立っているからね。

松本 もっと言うと、全作品を観た上で、何本か挙げるっていう行為が難しい。普段、映画を観る時って、そんな選び方をしないじゃないですか。だから、映画の才能審査とかって、めっちゃ大変なんだろうなってことがよくわかりました。

——たった2人でさえ「面白い」の物差しがこんなに違うのだから、同じ「面白い」で語れることってありうるのかしらと思いますが。

松本 それに、同じ物差しをずっと持ち続けてるわけじゃないですからね。何がどう面白かろうと、「今日の気分としてはこれが観たかった!」っていうのが普通にあるじゃないですか。だから「セレクション上映会」(※提出された全作品の中から講師陣が選んだ5作品が公開上映される)は、必ずしも「ベスト5」っていう意味ではないなと思うんですよ。むしろ、全作上映こそを、外に向けてほしいなと思ったりもします。耐久レースみたいになってくるけど、僕は毎回、それが面白いので。もちろん、物理的に難しいでしょうけど。

星野 そうだねえ。

松本 受講生に、「セレクション」に選ばれることへの変なモチベーションがあったら、それがすべてじゃないよって言いたいんですよ。

星野 「変なモチベーション」というのは?

松本 「何が何でも選ばれるぞっ!!」みたいな。

星野 でも、大志くんが受講生だった時は、そう思ってたでしょう?

松本 思ってましたね(笑)。だから……そうか。うーーーん……今のはカットでお願いします。

——(笑)

松本 自分が全然フラットに観れてないというのを、今回は思い知りました。作品に対する評価軸とかって、ほんとわからなくなっちゃった。

星野 でも、持ってるでしょう?

松本 持ってるんですよ。でも、ダメなんです僕は。作り手の顔が見えてしまうと。「比べる」のが難しい。

星野 あーー。僕は完全に、相対評価で観てるんですよ。「27本のうちのベストワン」ははっきりあるけど、でもそれがすべてではないという感じ。初等科では初等科の枠の中で考えるし、高等科へ行けば高等科の枠の中へと変わっていく。その時々で枠が変わっていくだけの話であって、「絶対的な良し悪し」なんてありえないと思う。だからそこに関して、僕はまったく、迷ったことがないです。

松本 僕が今回みんなに言えたのは、「君という人間が出てたね」っていうことだけだったんですよね……

星野 大志くんって、そんなにエモーショナルな人だっけ。もっとドライな人だと思ってた。

松本 ものすごくウェットですよ。だからあんまり、人と仲良くしないようにしてるんです。

星野 そんなに肩入れしてたのか。はたから見ると、受講生とはある程度距離を取ってるように見えるけど。

松本 だから、そうなんです。実はひそかに片思いしてたんです。一度話をしちゃうと、嫌いになれないじゃないですか。

星野 自分が受講生だった頃は? みんなとどんな距離感だったの?

松本 ああ、それはもっとうまくやれてたかもしれないですね……年を取ったのかな(笑)。

星野 でも、この話ってさ、「今の大志くんは、そういう映画の観かたをするんだ」っていうことにすぎないと思うよ。僕だって、映画の観かたは4〜5年前とは、絶対に違うと思うから。

松本 それはそうなんですけど……

星野 というわけで、今回のまとめとしては「大志くんが年を取ってウェットになった」っていうことでいいのかな(笑)。

松本 参りましたね。もっとカッコつけたかったんだけどなー!(2017/08/08)