3人が3人とも、びしっとパンフを買ってきていた。しかもかなり読み込んでいる。なんて幸福な映画だろうかと思う。見終えてもなお、もっと知りたい解りたいと、観客が映画を追いかけていくのだ。【ネタバレしています、ご注意ください!】

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——『散歩する侵略者』も、黒沢印でしたか。

深田 黒沢印満載だったと思います。

朝倉 そうですねえ。

内藤 微妙に違うなと思ったのは、寄りがいつもより多かった気がします。

深田 最近の黒沢さんは寄りが増えてきてる感じがする。『岸辺の旅』もそうだったと思うけど。

朝倉 『贖罪』からかなあ、と私は思ってます。テレビドラマだから、サイズを意識したのかも。あと『岸辺〜』はカメラテストの時にすでにクロースアップの検証をしていたような記憶がありますね。

深田 あと、昔の黒沢さんより、優しくなってませんか。映画が。

内藤 ああ。優しさはあると思います。

深田 特にこのところ、女性がフォーカスされるようになりましたよね。それまでの黒沢作品って、「ほんとにこの人、女性に興味ないんだな!」っていう感じだったと思うんですけど(笑)。毎回、添え物的に登場するくらいだったじゃないですか。

朝倉 揺れるカーテンとほぼ同列扱いの女性像(笑)。

内藤 僕は今回、長澤まさみがよかったと思うんです。可愛い、高い声を出す人だっていうイメージが強かったので、あんなに低いトーンで話す長澤まさみを、僕は見たことがなかった。日本映画の多くって女性に可愛らしさを求めがちだと思うんですけど、黒沢さんはもっとフラットに女性を見ているのかなと思いました。

深田 そして『岸辺〜』も『散歩〜』も、最後は結構純愛でしたね。

内藤 性の匂いがしなかった。

深田 そこは昔と変わらないですね。

内藤 『岸辺〜』にもセックスシーンがあったけど、全然エロくなかったですよね。ほんとは撮りたくなかったみたいなことを、インタビューで読みました。でも、愛のある夫婦関係というのは、『岸辺〜』でも『散歩〜』でも共通して描かれていましたね。

深田 『CURE』も夫婦の話ですよね。だからどこかに「夫婦」というモチーフが、黒沢さんの中には一貫してあるんじゃないかと思います。……にしても、何でしょう、最近の黒沢監督の優しさは。

朝倉 昔は妻が「他者」だったんですよね。恐怖の対象だったりとか、……

深田 理解できない相手。侵略者とあまり変わらないような(笑)。

朝倉 でも最近は、「愛だろ!」みたいな。

内藤 共に生きてく人、というか。

深田 極まってましたね。愛が。

朝倉 極まってましたねえ!
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内藤 黒沢映画における食事のシーンって、基本的に美味しそうには見えなかったじゃないですか。「家族で集まってやらなきゃいけない儀式」みたいな感じで描かれた後、その家族が離れ離れになったり悲惨な目に遭っていくわけですけど、今回、夫婦で食事するシーンでは、嫌いだったはずのかぼちゃの煮つけを、真治がばくばく食べる。

深田 かぼちゃの煮つけだったのか。よくわかりましたね。僕はよく見えなかったんだけど。

内藤 あの夫婦の絆ができていく場面に、黒沢さんが食卓を使っていたことに、ちょっとびっくりしました。黒沢さんが食事のシーンに、あんなに前向きな意味を持たせるなんて。

朝倉 松田龍平に「これ美味しい」って言われて長澤まさみがびっくりして、こっちも一緒にびっくりするっていう(笑)。

——私は舞台版を観ているので、その記憶と重ねながら観てしまったのですが、舞台版はもっと、鳴海が真治に惚れ直す過程が描かれていた印象があるんです。でも映画版にはそれがあんまり、なくなかったですか。

深田 ああ、そういう「過程」みたいなことは、黒沢さんの映画では常に、ないっちゃないですよね(笑)。気がついたらすでに心が変わっていることが多い。今回も、鳴海(長澤まさみ)や桜井(長谷川博己)の行動原理がまるでつかめないじゃないですか。鳴海は真治を好きなのか嫌いなのか。桜井は地球を救いたいのかそうでないのか。あの感じが、黒沢さんの映画っぽさなんですよ。黒沢さんの世界観の中では、宇宙人であろうとなかろうと、みんな等しく混ざっちゃう。
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朝倉 この前、トビー・フーパーが亡くなりましたよね。それについて原稿を書く機会をいただいて、何本か観直したんですけど、トビー・フーパーの作品って、登場人物が一本調子であればあるほど、作品がめちゃめちゃ面白くなるんですよ。で、その一本調子の人たちはみんな、大抵最初からトップスピードで怒ってるんですよね。怒って怒って怒って、その最後に「自分は何かに間に合わなかったのだ」ということに気づいて終わるんです。「以上!」っていう感じ。それが話によって、愛だとか恐怖だとか執着だとかへの遺言になるんですけど。どの映画も、基本的にそうなんですよ。

内藤 なるほど。

朝倉 で、黒沢さんにも、その気があって。トビー・フーパーほど極端ではないけど、中心に据える人物の一本調子さを、すごくナチュラルに魅力的に描ける人だと思うんですよね。今回は長澤まさみがまさにそうで。「やんなっちゃうなあ!」って、ずーーっと怒ってて、そこに愛のうねりが寄せて返して。ファンタジーな女性像だとも思いつつも、夫婦パートはもう、あれでいいと思うんです。素晴らしい。一方で私は今日、ここに来る途中に考えてたのは、天野(高杉真宙)くんがもっとぐんぐん侵略を頑張ってくれて、桜井さんがさらに振り回されて、人間代表として揺れ動く様がもっと見たかったなあと……。

内藤 それは、侵略ものとして、ということですか? ジャンル的には弱いというか、今回も(観客は)そのへんを期待したところもあるじゃないですか。

朝倉 ジャンル的にっていうより、人間ドラマとしてですかね。人って、「設定が甘い」みたいなことを、言うでしょう。映画に対して。

深田 まるで言われたことがあるみたいに。

朝倉 わはは(笑)。でも私は結構、良くも悪くも、気にならないタイプで。だから今回も、言おうと思えばいくらでも言えるんだろうなと思うけど、でも映画の面白さってそこじゃないよね!っていうところがしっかり担保されてる映画だと思うんですよね。なので胸を張って、天野くんがもっと予想もつかない感じに成長して強くなっていってしまってもよかったのでは、と思って。
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深田 その方が、侵略する気があまりなさそうな真治との対比は出ますよね。

朝倉 それで桜井さんは、ますます天野に蹂躙されざるをえないみたいな。天野のポテンシャルを序盤にすごく感じたので、ちょっとさみしかったかなというのはありますね。

深田 なるほどね。

朝倉 映画作るときに「一本調子問題」って、ありますよね。一本調子キャラと成長キャラって同じ人間とは思えないほど使い方が大きく違うし、出来上がる映画が全然違う。成長させようとドラマを作れば作るほど、停滞する部分も出てくるじゃないですか。

深田 うん。

内藤 心が変化していく描写が必要になっちゃう。

朝倉 でも一本調子であればあるほど、物事自体は進められるけど、振り落とされていくものがあるし。その匙加減が、……

内藤 DCの『バットマン V スーパーマン』がそうかもしれないですね。ずっと悩んでて、なかなか戦わない。

一同 (笑)

朝倉 そのへん、『散歩〜』はいろんなバリエーションがありつつ共存してる映画でしたよね。夫婦関係は夫婦関係としてあるけど、逆にあの人たちは夫婦関係の問題しか、与しないというのがすごく潔いなと思いました。

内藤 僕はボディースナッチャーものとしての、侵略SFとしての面白さを期待したところがあって。途中から、この映画はそうじゃないんだって気づいたんですけど。で、WOWOWでスピンオフ・ドラマが作られたじゃないですか。高橋洋さんが脚本を手がける、『予兆 散歩する侵略者』(http://www.wowow.co.jp/drama/sanpo/)。こっちはボディースナッチャーものの面白さがが詰まっているんじゃないかと、期待してします。

深田 ああ。あれがすごいらしいという評判は、関係筋から聞こえてきます。

朝倉 あれの予告が、やばかった。病院の長い廊下で、東出くんが歩いてくる背後で人がばたばた倒れていくショットがあって。ちなみに本編の方の病院のシーンでは、何だかギターを掻き鳴らしながらやってくる人がいたじゃないですか。

深田 はははは!

内藤 いましたね、いました。

朝倉 あれは、何の概念を奪われたら、ああなってしまうのかと……ツッコミではなく楽しい想像の余地としての疑問です(笑)。

深田 何だろう。「羞恥心」とかかなあ(笑)。概念を奪われた人たちが、みんな楽しそうなのが黒沢さんだなあって思いました。「仕事」を奪われた光石研さんのはしゃぎ方たるや(笑)。ルールのわからないスポーツを観ているような感じだった。

朝倉 そう! ルールのわからないスポーツを観るのって、やっぱり楽しいんですよ。

内藤 僕も途中から、額に指で触れなくても、遠くにいる人の概念を奪えるようになった時点で、得心しました。「これとこれとこういう操作があればできる」みたいなルール立てが周到な映画って、だいたいつまらないじゃないですか。

深田 (笑)

内藤 そこがまるで説明無しだったのが、良かったですよね。映画としてこういう飛躍が面白いと思うんですけど、得てして開発段階で、「どういう理屈でコレが起きるの?」ってなって、説明描写を加えていくうちに、どんどんつまらなくなってしまうことって多いと感じるんです。(続く)