「ルールのわからないスポーツ」。黒沢作品の吸引力のひとつについて、いい名前がついた瞬間だ。というか、「このスポーツにはルールがないですよ」というルールを知ることができた瞬間である。その軽やかさ、自由度が、たくさんの黒沢マニアを引き寄せている。そして彼らはさらにうきうきと、とめどなく、語るのだ。【ラストシーンにまで言及しています。ネタバレご注意ください!】

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朝倉 あと、立花あきら(恒松祐里)のアクションが素晴らしかったですよね。

深田 ダンスしてるみたいでしたよね。

朝倉 ね! 実際にバレエをやってた方みたいですね。特に最初に刑事(児嶋一哉)に飛びつくのが、あまりにも不意打ちすぎて、めまいがしました。最高でした。

深田 なぜ彼女にそんな能力があるのかについても、一切説明されずに(笑)。

内藤 『ビューティフル・ニュー・ベイエリア・プロジェクト』『Seventh Code』から、女性アクションに目覚めてる感じがありますよね。

深田 トロント映画祭で、黒沢さんとお話する機会があったんですけど。ちょうど『散歩〜』の撮影が終わった頃だったのかな。とにかくマシンガンについて熱く語られまして。

朝倉 へえー!
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深田 その謎が今回、解けましたね。予想以上に撃ちまくってた。あと面白かったのは、こういうことをどういう文脈で思いつくんだろうと思うんですけど、桜井が真治と鳴海の家の前で二人を待っているシーンで、妙に明るいライトが光っていたじゃないですか。真治がハケると、不思議な光が、後ろに。

朝倉 どかん!とね。

深田 そう。でも、何の光だかはまったく語られない。

内藤 ああ、ありましたね(笑)。

朝倉 明らかに光源がここに!っていう位置でね(笑)。

深田 明らかに意図的に作られた光源があって、その正体はわからないけど、でも妙に面白いんですよね。

朝倉 ああいうのもきっと黒沢さんが、「ちょっとその……光らせたい、とは思っています。」みたいなことを言って、照明の永田英則さんが楽しげにどん!と光源を置くのかなと想像してました(笑)。

深田 リアリズムでは絶対に出ない描写ですよね。

朝倉 最高ですよね! ああいうの、ほんと最高!

深田 あのシーンが僕の中では、一番盛り上がったシーンなんですよ。そこへ向こうから天野たちのワゴン車がやってきて、あぜ道にがしゃーん!と突っ込んでいく。

朝倉 あの車も良かったですよね。あんな、まさかあんなルートで(笑)!

深田 『トウキョウソナタ』でも、僕が一番好きだったのは赤いスポーツカーのシーンでした。窓がウィーンって開く場面。今回も、車のシーンなんですよね。車内から謎の夕焼けを見てるシーンとか。

朝倉 あれも良かったですねえ……。スクリーン・プロセスが今回、バリエーションがありましたよね。

内藤 今回、わりと自然に見えた気がします。風力発電の風車が見えるところとか。

朝倉 それを狙ってた気がした。今までよりナチュラルな感じ。

——「概念を奪う」という侵略の仕方については、どう思われますか。

深田 よくそれを映画化しようとしたな!って思いますね。きっと黒沢さんは、「映画に心なんか映らない」と思って映画を作ってきた人なんじゃないかと、僕は勝手に思ってるんです。だからこそ、具体的なアクションが際立ってくる。その中で、よりによって「概念」を奪うっていう、一番映像化するのが大変なネタを、あえて黒沢さんが選んだというのが面白いですよね。

内藤 僕は、『CURE』の発展型であるように思いました。ある人物がいて、何かが派生して、周囲の人間が決定的な変貌を遂げてしまう。実際、額に指先を当てるアクションは、『CURE』にもありましたよね。取調室で萩原聖人が役所広司の額にトントンって。そして「概念」を奪われた人たちが、決して可哀想には見えない。あれはあれで、ある種の解放であるっていうところが面白かったですね。
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朝倉 ちょっと不確かですけど、原作の前川知大さんはそもそも『CURE』が好きで、それを意識して戯曲を書いたみたいなことを、どこかで読んだ気がします。ただ、舞台でやれることと映画でやれることって、違うじゃないですか。そこを照らし合わせようとすると、難しいことになっちゃうと思うけど、今回の場合はもともとの発想が近しいんだなあと思いました。黒沢さんの映画ってやっぱり「活劇」……いわゆるあの世代の方たちが言う「活劇」っていうものを体現してるところがあるじゃないですか。出て来る人たちの身体能力も高かったり。でもやっぱり、ありますよね。『CURE』がどうしても生み出されちゃう、あの感じ。『カリスマ』っていう映画があった、あの感じ。

内藤 ああ、はい。

深田 はい、はい。

朝倉 なんかちょっとやっぱり、「概念」っていう概念が好き、っていう感じは、ある気がする。

内藤 『地獄の警備員』でも「概念」的なことを語ってた気がします。終盤に長ぜりふがありましたよね。

朝倉 そういえば、ビデオ時代の黒沢作品って、スピーチシーンがあったじゃないですか。それを今回、久しぶりに観たなと思って。今回は拡声器こそ持たなかったけど、「おお、しゃべってるしゃべってる!」って思って。

深田 そうね。しゃべってる人と、それを聞いている群衆。黒沢さんの原風景にある気がする。『勝手にしやがれ 英雄計画』だったかな、デモシーンが延々とあったよね。

朝倉 ああ。土手っ腹みたいなところを、ずーーっと。

内藤 『大いなる幻影』も、デモシーンがありましたね。

朝倉 行進があった。何だかわからない行進が。

内藤 今回、長谷川博己のスピーチが、「伝わるとは期待していないけど一応言うことは言ったから」みたいなニュアンスだったのが、すごく黒沢さんっぽいなあって思いました。

朝倉 ぽい!(笑)「あとは君らの好きにしろ」感。

内藤 『シン・ゴジラ』にもそんなフレーズが出てきましたよね。行方不明になった教授(岡本喜八)が最後に書き残した言葉。

朝倉 それ、黒沢さんは絶対に、意識してないですよね(笑)。

一同 (笑)
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深田 この話は全然スルーしてもらっていいんですけど、終盤、鳴海と真治が立ち寄る教会が、『淵に立つ』で使った教会と同じところなんです。

朝倉 え! 気づかなかった!

深田 そう。監督が違うと、カメラ位置もこんなに違うんだなあと思いました。

朝倉 教会のシーンも最高でしたね。「愛」の概念に頭を抱える松田龍平(笑)。

内藤 (神父役の)東出昌大って、ああいう得体の知れない役がハマりますよね。『寄生獣』とか。

深田 へえ。何の役だったんですか。

朝倉 宇宙人に、すでに乗っ取られている男子高校生。特殊メイクなしでも宇宙人にしか見えないんですよ。

——真治が彼から「愛」を奪えなかったのは、彼がそれほど「愛」を具体的にイメージできていなかったということ?

朝倉 いや、壮大すぎるのと、複雑すぎるのと、っていうことだと思います。

深田 だから、鳴海は「愛」を奪われてどうなっちゃったんでしょうね。教会のシーンで、「愛は無尽蔵だ」って言われるじゃないですか。あれが一応伏線で、「奪ったけど無くならなかった」っていう展開になるんだろうなと思ってたんだけど、そうじゃなかった。

朝倉 たぶんあれはね、松田龍平に、最後のせりふを言わせるための、あれですよ。

深田 最後のくだりは、原作にはないんですよね。

——ないですね。

内藤 意図的に、パズルのピースがハマらないようにしてるのかなとも思いますけどね。ああやって相手を看病し続けるというのが、純粋な「愛」の形なのだと、黒沢さんは考えていそうな感じが。

朝倉 ああ。それ、『CURE』だね……!

内藤 そうですね。『リアル〜完全なる首長竜の日〜』も、原作とは男女が逆転しているんですよ。女性を、男性が見守るという形に書き直されている。今回も、最終的には奥さんを見守り続けるというのが、黒沢さん自身のスタンスなのかなあと。

深田 純愛だな……

内藤 純愛ですね。黒沢さんって飲み会とかそんなに参加せずに、うちに帰って奥さんのごはんを食べるそうですよ。

深田 黒沢さんの現場が早いのは、なるべく家でごはんを食べたいからだって聞いたことあります。(続く)