この日の座談会を前に、編集担当は痛恨のミスをしている。座談会前日の最終上映を観に行って、もう大丈夫だろうと今回の参加者一同に、思いっきりネタバレメールをしたのだ。そしたら深田晃司から返信。「僕は明日の朝の回を観ます」。おわびに買っていった大福に、でも彼らは手をつけるのも忘れて、ごんごんしゃべり続けるのだった。【言うまでもなくネタバレしています、ご注意を!】

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内藤 トビー・フーパーの話で思い出しましたけど、冒頭、家からおばあちゃんが一瞬だけ出てきて、家の中に連れ込まれるじゃないですか。あれ、『悪魔のいけにえ』かなあと思ったんですけど。

深田 あの扉が閉まった瞬間に「今回はジャンル映画だ!」っていう宣言を聞いたような気がしました(笑)。

内藤 万田さんの『接吻』にも、そんな場面がありましたよね。そっちは、すごく怖かったんですよ。でも今回、ちょっと笑えたじゃないですか。万田さんと黒沢さんでは、同じモチーフでもこんなふうに変わるんだなあって思いました。

深田 今回は、コメディ調っていう雰囲気が全体的に漂ってましたよね。

内藤 曲もそうですよね。

朝倉 あの曲、よかったですね! 最初の「散歩のテーマ」みたいな。

深田 あと、立花が刑事と突然格闘を始める場面、『バイオハザード』を思い出しました。最初、ミラ・ジョヴォヴィッチは一般人みたいなテイで始まるんだけど、ゾンビ犬が襲いかかってくると、いきなり壁の反動を利用して三角蹴りを決めるっていう。

朝倉 あーー、そうそうそう!

深田 そして『バイオハザード』の元になったのが、黒沢さんの『スウィートホーム』ですからね。ここで一巡しましたね。こじつけですけど(笑)。

朝倉 なんてヤバい輪なんだ(笑)。
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内藤 恒松祐里さんが、車にはねられるじゃないですか。あのダミー人形を、もうちょっと引き画で観たかったなと思って。

朝倉 あれってさ、はねられる瞬間はダミーで、でも着地してからちょっとだけ動くんだよね。

内藤 ダミーを上から吊ってて、ボーン!って上に跳ね上げて、ボトッと画面奥に落とすまでを、ワンカットでやれるように準備してたらしいんですよ。それを聞いてたから、引き画でやるのかなーと思っていたら、結構寄りだった。結果、動きがCGっぽかったですよね。でも黒沢さんって結構、ダミーだとわかるようなテイクでも採用したりするから、人形のままでもよかったのでは?って思ったりしました。

朝倉 あと、内輪向けの話題としては、酒井(善三、映画美学校フィクション・コース第14期修了生)くんがエキストラで映ってなかった? 美味しい去り方してました。

内藤 僕も見つけました! 満島真之介が演説してたところ。

——『散歩〜』がこれまでの黒沢作品とは違う点は?

内藤 映画全体が爽やかに感じましたね。劇伴のコミカルさもあると思うんですけど。物語の着地の仕方も。それが、これまでの発展形でありつつ、最近生じつつある流れなのかなと思いました。食卓の場面がポジティブに描かれていたり、女優さんのアップが増えていたり。

深田 黒沢さんは、ハリウッド映画をずっと意識しておられるじゃないですか。でもそれってどちらかというと、ヌーヴェルヴァーグにおけるハリウッドみたいなもので。ゴダールもトリュフォーもロベールも、「ハリウッド」「ハリウッド」って言いながら、撮ってるものは一見全然違って、彼らなりの「ハリウッド」を表現していますよね。かつての黒沢さんもそれに近かったけれど、でも最近は結構正面から、ハリウッド的な娯楽性に近づいてきているのかなという気がします。昔以上に、接近してきている感じがしますね。

内藤 原作ものだということも、あるんですかね。すでに原作が娯楽性のある設定を描いているから、そこに乗っかっていきますというような。

深田 ああ。それは確かにあるかもしれないですね。

朝倉 私は鳴海(長澤まさみ)かなあ。あの新しいヒロイン像が娯楽性が一歩進んだ感じを体現してた気がする。どんなに怒ってる人であろうと、これからどんなに波乱万丈な物語が待ち受けていようと、「やんなっちゃうなあ!」って言える女性像は、昔の哀川翔にも似てるけど、ちょっと違くて。何が違うのか、まだ答えが出ないんですけど。

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内藤 黒沢作品に出たいという女優さんが、ますます増えるんじゃないかと思います。スピンオフに出演する夏帆さんも、以前お仕事したときに「出演してみたい監督ってどなたですか?」って聞いたら、「黒沢監督です」って答えていました。出演した方たちも満足度を高いと思うんです。実際、小泉今日子や前田敦子がチョイ役でも出るじゃないですか。

深田 びっくりしましたね。前田敦子は、この後もまた出てくるのかと思ってたら出てこないし。小泉今日子も、最後の最後に突然出てきて、ものすごく大事なことを言うっていう(笑)。

朝倉 毎回、何だか豪華すぎて。画面の端っこに誰かが出てくるたびにびっくりする。

内藤 登場人物たちが着ている服の色も印象的でしたよね。アースカラー系で統一しているのかと思ったら、真治が突然、オレンジ色のシャツを着ていたり。

朝倉 あんまり衣裳をルールっぽく決めてなかったですね。暖色系とか寒色系で、キャラの違いが分かれてたりするのかなと思いきや、長澤まさみがブルー着てたりピンク着てたり、松田龍平もグレー着てたりオレンジ着てたり。

深田 宇宙人の女の子も、結構衣裳を変えてましたよね。おしゃれだなあ、どこでどう仕入れたんだろうと思いつつ。

朝倉 ミニスカートの下に短パン履いてましたね。

内藤 長谷川博己のサングラスは、自前だったらしいですね。

深田 長谷川博己は宇宙人になってからの芝居が最高でしたね!

朝倉 あの片足歩きびっくりした! 人間、あんなことができるんだ!って思った!

深田 黒沢さんって歩き方にもこだわるんですよね。『回路』の幽霊がコケそうになるところとか、僕は最高に好きなんですけど。人の歩き方ひとつで、ここまで映画を面白くできるのか、っていう。

朝倉 あのシーンの起き上がり方は、テストで長谷川さんがやってみせたのがウケてそのまま採用になったってパンフに書いてありました。

一同 へえー。

深田 いいな。今の話で、長谷川さんを一気に好きになった。
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——俳優からも愛される監督なんですね、黒沢さんは。

朝倉 ほんと、みーんな、黒沢さんのことが好きですよね。俳優部もスタッフも、みーーんな黒沢さんが好き。プロデューサーとか宣伝チームとか、もっと偉い人たちも、みーーーんな黒沢さんが好き。

深田 そうありたいものですね。

内藤 そうですね(笑)。

——なぜみんなそんなに黒沢さんが好きですか?

深田 やっぱり、紳士だからじゃないですか。噂で聞くと。

内藤 黒沢さんの話を聞こうとすると、みんなうれしそうに話しますよね。

——観客に愛されて、出る人にも作る人にもスタッフ陣にも愛されて。黒沢さんって何なんでしょう。

深田 何なんでしょうね(笑)。

朝倉 でもこれは有名な噂ですけど、山下敦弘さんが注目を集め始めた頃に、何かの映画祭で審査員だった黒沢さんは山下さんのことをひと言も褒めなくて、「あれは潰しにかかってる」ってささやかれてたって(笑)。

内藤 それ、僕も聞いたことあります。本当に警戒している人のことは褒めないっていう。

朝倉 『岸辺〜』の時には、「他の作り手の現場を見るのが本当に嫌だ」っておっしゃってました。「一秒たりとも居たくない」「何が面白いのかわからない」って。

深田 それ、ちょっとわかるかもしれない(笑)。自分も昔はよく人の現場を手伝ったんですけど、内心早く帰りたくて仕方なかった(笑)。面白い絵になっていたらそれはそれで自分の映画でもないのに、と黒い情念が湧きますし。酷い話ですけど。

——今、ちょっとほっとしました。黒沢さんもちゃんと人間で。

一同 (笑)

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——では、最後にこの映画について、言い残したことなどありましたらどうぞ。

朝倉 いやあ……面白かったなあ、っていうことに尽きますね。今日、座談会をするにあたって、ちょっと困ったなあって思ったんですよね。「面白かったあ……」っていう言葉しか浮かばなかったので。

深田 これだけ黒沢作品を観すぎてしまうと、つい黒沢印を探しながら観てしまうんですよ。「あ、ビニールのカーテン」とか。

朝倉 広い空間があると、隠れてる人を探しちゃうとか。

深田 だから、もうちょっとフラットに観たいなと思うところがあるんですよね。

朝倉 でも今回は、そういう意識はあまり浮かばずに観ることができたので。

深田 昔のVシネ時代、哀川翔時代のでたらめさを思い出せる映画でしたよね。

内藤 確かに、黒沢印の再現をファンも望んじゃってるし、黒沢組のスタッフが固定されてきているから、「印」の再現はできる体制だと思うんですけど、そうじゃないものもみたいって気持ちもありますね。

深田 そういう「印」を残せるだけでも、ある種の天才なんだと思うけど。一方で、どんどん作品を軽やかに更新していってしまう天才でもあるから。今回で言えば、女性を真正面から撮っていることとか、夫婦の純愛をストレートに描いていることとか。

——広く愛される作り手って、何かが変化すると「変わっちゃったなあ……」って離れられてしまったりするでしょう。そういうことが、黒沢さんには起きないのですか?

朝倉 いや、もちろん、時代ごとに猛烈に愛してらっしゃる方もおられるんじゃないでしょうか。

内藤 そういう意味で、「高橋洋さんとまた組んでほしい」っていう熱望が、僕らの中にずっとあったことは確かです。それが今回『予兆〜』で叶うので。

深田 そう! 高橋さんと組んでいた頃の黒沢さんって、僕の中では黄金時代なんですよ。黒沢さんにとって、何でも言うことを聞いてくれる脚本家と組むことによるメリットはもちろんあるんだけど、高橋さんは黒沢さんと拮抗しうる個性の持ち主だから。その二人のぶつかり合いを、本当に観たいですね。

内藤 そうなんです。もし『散歩〜』本編に高橋さんが入っていたら、「このワゴン車の秘密集団は何ですか?」ってことになったと思うんですよ。

朝倉 彼らのバックストーリーが、膨大に盛り込まれそうですよね。

一同 (笑)

内藤 そういう化学変化が観たいですよね。黒沢さんファンの多くも期待しているんじゃないかと思います。(2017/09/14)