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古澤 『嵐電』の感想を聞いたり読んだりしていると、みんな「優しい」って言葉を使っているけど、優しさで言えば杉田さんの『ひかりの歌』のほうが優しいと思うんですよ。『嵐電』を初めて観たとき、なぜか咄嗟に「『ひかりの歌』とは全然違う映画だな」って思ったんです。どうしてこんなにも違うタイプの映画が、この世にあるんだろう。どっちも映画なんだよな……って。そうすると隣に卓爾さんがいて「お前はどっちを映画だと思う?」って問われてるみたいな緊張感があって。

穐山 私も『嵐電』を観て『ひかりの歌』を思い出しました。譜雨と嘉子の恋模様というか、いまどきの恋愛像とかを超えたなにかが描かれているという点で、共通するものがある気がする。三宅唱さんの『ワイルドツアー』にも、そういう空気がありましたよね。

杉田 卓爾さんは全州国際映画祭で『ひかりの歌』を観てくださって、上映のあとに一緒に歩いたんですよね。そしたら第一声が「僕はあなたのことが好きになりました」って。え!ってなって。それこそ、卓爾さんの「映画とは何だ?」という問いの土俵に、自分もいさせてもらえたんだなという感覚があって……怖かったです。

一同 (笑)

杉田 けど、うれしかった。複雑な気持ちです。あと、僕は大西礼芳さんがすごく好きで、『嵐電』に出てる大西さんは、一番、素に近い気がしました。もちろん芝居されてるんですけど、あのぼそぼそしゃべる感じは普段の大西さんに近くて、魅力のある部分だと思います。いつか自分の映画に大西さんに出てもらえることがあったらと、想像することがあるので、素直にいいなあと思いました。

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古澤 のぞき見てる感じが『嵐電』にはありましたよね。登場人物なのか俳優なのかわからないけど、油断した瞬間を見極めて、ある種の決定的な瞬間を逃さない感じ。杉田さんの映画は「決定的な瞬間を撮ろう!」っていう野心じゃなくて、「ここ、俺、居ていいスか?」っていう感じで、登場人物や俳優のそばにいる感じがしますよね。「カメラ、回していいですか?」って相手に告げてる感じ。俳優たちも「杉田さんの前だったら、いつもの油断してる自分を出してもいいんだ」って思って出してる感じが『ひかりの歌』にはあって。僕が面白いなと思うのは、スクリーンの中の人が油断してる瞬間なんですよ。二人の人物が向き合って、感情を表し合ってるときって、その感情や表情は、相手にだけ渡すものじゃないですか。でも映画って、第三者である僕らもそれを分けてもらうもの。その点において、卓爾さんにはオーソドックスなところがあるんだけど、でも映画自体は壊れてるところもあるので、そこが不思議な魅力だなあと思います。だから、杉田さんの映画と卓爾さんの映画、どっちが映画だと思うかと問われたら、ものすごく困るなあと思いながら観てました。どっちも大好きなんだけど、違う星で生まれた映画ですよね。

杉田 なるほど。違う星……『嵐電』には、登場人物がなにかの惑星みたいに、くるくる回るシーンが多かったですよね。特に、高校生二人。くるっくるしてましたよね(笑)。

古澤 駅前の、譜雨と嘉子のキスシーンもね。

穐山 結構、くるっくるしてましたね(笑)。

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古澤 川べりでの映画撮影のシーンもね。二人の周りを、カメラがずーっと回ってた。

杉田 ……ちょっと、自分の話になっちゃうんですけど。先月、ワークショップをたくさんやったんですよ。参加者の人に、いつか誰かに言われた印象に残っている言葉をひとつ選んでもらったんです。その言葉をせりふとして、実際のその場面を本人にiPhoneで撮ってもらいました。自分の役と相手の役は別の参加者にお願いする形で。その中で気づいたことがあって。その人がまだ気になっている人、つまり今もずっと考え続けている相手は、最後までフレームの中にいるんです。もう、自分の中でけりがついている相手は、その場面の最後にはフレームアウトさせていると気づきました。これが、『嵐電』ともつながって。新さんって、フレームインとかフレームアウトがほとんどなくて、シーンの最初から最後までフレームの中にいるんですよね。卓爾さんの中で、新さんが演じた衛星が、一番けりをつけずに付き合い続けている人なんじゃないかと思いました。その衛星のまわりで、嵐電や南天や子午線が代わりにフレームインやフレームアウトを繰り返していく。

穐山 私も、この映画で思い出したことがありますね。『月極〜』を撮るときに、1日だけ、追撮をしたんですよ。まっすぐ伸びた道の先に見えてくる駅を探してて。そしたら中瀬さんが「たぶん、卓爾さんが、いいとこ知ってるよ」って言うんです。だから卓爾さんに聞いていただいたら、すぐ返事が返ってきたらしくて。

古澤 京王線沿いじゃない?

穐山 そうです、そうです。

古澤 卓爾さんがそれに答えてるとき、一緒にいました。

穐山 (笑)。卓爾さんの映画って、いつもロケーションが素晴らしいなと思うんですよ。『嵐電』に出てくる喫茶店も、あんなところにある!??って思って(笑)。

杉田 あれ、セットらしいですよ。

古澤 あの喫茶店の、脇の道がいいですよね。

穐山 そういうことを、常に気にしておられるのかなあって思いました。ネタというか、ロケーションのレパートリーが、すぐに出てくるあたりが。

杉田 嘉子が、昔の同級生と会うところも好きでしたね。ああいうの、何ていうんですっけ。操車場?

古澤 あそこ、いいっすよね。幼馴染の背後に、いろんな嵐電が並んでるじゃないですか。

杉田 フォーカスがそっちに合ってそうな感じがありましたよね(笑)。

古澤 僕が子供の頃に読んだ絵本で『きかんしゃ やえもん』っていうのがあって。元祖トーマスみたいなお話なんですよね。機関車に顔があって、操車場で、最新式の電車から馬鹿にされるんです。それを思い出しましたね。何台もの電車が、カメラ目線で並んでる感じがした(笑)。

杉田 せりふも、よかったですよね。「会ってない間、ずっと探してた」っていう。「嘉子が電車の下にでも引っかかってるんじゃないかと思って」って、すごいせりふですよね。ちょっとしたホラーですよ。

古澤 怖いせりふですよね!

杉田 字面だけ見たら、ロマンチックでもなんでもないせりふなんだけど、なんか感動してしまう。

古澤 あの言葉の選び方も絶妙だなって思います。人ってそういう、言葉のチョイスを間違えちゃうことがあるじゃないですか。彼もある程度はロマンチックなことを言おうとして、でも、出てきた言葉がそれだったっていうのが(笑)、そういうこともあるかもしれないなーって。とても気持ちがわかるし、それを受け止めてる嘉子の気持ちもわかるし。せりふなんだけど、せりふじゃない感じがするんですよね。あと、不吉さで言うと、新さんが自分の過去を幻視するところで「行っちゃダメだ」って言うじゃないですか。ものすごい惨劇が起きたんじゃないかって、すごい想像がふくらんだけど、特にそんなこともなくて。

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杉田 狐と狸の電車に乗り込んでしまうことを言っていたんですかね。

古澤 乗り込んでしまったら、別れてしまうっていうね。この夫婦は、何らかの理由で永遠に別れてしまったのかなと思ってたら、終盤、波の音と共に、庭で二人が一緒にいる。そこで混乱するんですけどね。

杉田 そう、音で思い出したけど、「整音」として並んでいるクレジットの人数が、ものすごく多いんですよ。

穐山 (パンフを見て)ほんとですね。

古澤 嵐電がすれ違うファーストカット、2回観て2回とも、僕にはセミの声が聞こえたんですよ。夜中に鳴いてるセミの低い声ってあるじゃないですか。地鳴りみたいな、ジーーーーッていう音色。なにか、電灯の音とかかもしれないけど、僕にはセミの声に聞こえて。でも、セミの季節ではないことが、登場人物の服装とかでわかるから、何だろうなあ……まあ、卓爾さんの映画だから、何が聞こえてもおかしくないか、と。

一同 (笑)

古澤 あと、謎なのは、なんで卓爾さんは劇中劇を「結婚オブ・ザ・デッド」にしたんだろう。あの映画だったら、別に読み合わせしなくてもいいんじゃないかなって気がすごくして。

一同 (笑)

古澤 譜雨は、あのノリの、あの映画の、世界観を作るための「オンではない芝居」に、嘉子を付き合わせたってことですかね。

杉田 ……そこで僕、つまずいたかも。

一同 (爆笑)

古澤 でも、芝居づくりにはいろんな方法がありますからね。僕も、僕以外の監督が、芝居をどう作っているのかを知らないから、いろんな人に聞くようにしてるし、自分で俳優をやってみたりしてるんですよ。だからあのシーンも「ああ、こういうことをやる人もいるんだな」って、素直に思いながら観てました(笑)。

杉田 最初のせりふ合わせのシーン、むちゃくちゃいいですよね。急に大西さんにスイッチが入る感じ。

古澤 あのシーンが、終盤の、川べりの撮影シーンのリハーサルのようにも見えてきますよね。映画って、2回以上観ないとわからない部分がたくさんあるなあと思いました。昔、オーソン・ウェルズがインタビューで、影響を受けた映画監督を3人問われて「ジョン・フォード、ジョン・フォード、ジョン・フォード」って答えたっていう話があって。僕らが若いときはその話を聞いて「さすがやなあ!!」って思ってたけど(笑)、でも最近、それが実感としてわかるというか。もしかしたら生涯で、真の意味で「観る」ことができる映画って、1本か2本なんじゃないかと思うんです。映画って情報量がすごく多いから、一度観ただけですべてがわかるわけではない。『嵐電』はたまたま2回観たけど、そのことで、より豊かになるものがあったんですよね。1回目にはなかった体験が、2回目には待っていた。じゃあ自分にとっての「生涯の1本」って何かなあって、ふと思いましたね。映画館で『悪魔のいけにえ2』がずっとかかっていればいいんだけど、そういうわけにもいかないので(笑)。そういう意味で『嵐電』は、繰り返し観てしまう映画だなあと思いました。

穐山 そうですね。ぜひ観直したいです。

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杉田 僕は今日、2回目を観て、子午線と衛星が、夜のホームで立ち話をしているシーンに打たれたんですよ。登場のときにはものすごくおかしな動きをしていた子午線が、あのシーンでは、人と人とで響き合いながら、しっかり立っていた。

古澤 あれ、夜でしたっけ。昼じゃなかったかな。

杉田 あれ?

古澤 子午線が「好きなものを撮ってるつもりでいたけど、気づいたら、映ってるものを好きになる」っていうシーンですよね。

杉田 そうです。

穐山 昼だった気がしますね……

杉田 昼か夜かもうすでにわからなくなってる。

古澤 だんだん自信がなくなってくるけど(笑)。あの場面は確かに、緊張感がありましたね。この緊張感は何だろうと思ったら、新さんが緊張してるんだなあと思って。別の場面で、喫茶店のマスターと衛星が、健康電車の話をするところがあるじゃないですか。あそこで、二人とも経験豊かな俳優だなあと思ったんですよ。互いにどんなアイデアを出してくるか、楽しみながら作っているなあと。でも子午線と衛星のシーンは、新さんが、何を出してくるかわからない動物相手に芝居をしている感じがした。キャリアはあるけど、今から未知のものに触れようとしている緊張感。

杉田 「どうにもならないことを待ってる」、っていうせりふでしたっけ。

古澤 それは南天と追いかけっこした後のせりふですね。「どうにもならないことがある。取り返しのつかないことがあるんだよ」って。今日はそこで、不覚にも涙してしまいました。子午線だけでなく、南天も素晴らしかったですよね。

杉田 窪瀬環さん。さっき言ったワークショップに、いらっしゃったんですよ。自分が演出する番になったとき、テストを何回も重ねて、最後、カメラ位置を真逆に変えたんです。一度築いたイメージをいつでも手放せる勇気を持っている方だと思いました。俳優以外のこともされていくと思うので、今後の窪瀬さんの活動もたのしみです。

古澤 今回、京都造形大学出身の俳優が、たくさん出ているじゃないですか。やばいなあ、と思いました。すごい人がいっぱいいるなあ!と。

杉田 僕、『白鳥麗子でございます!』のリメイク版(2016年)の、メイキングをやったんですけど、大西さんが「かきつばたあやめ」役だったんですね。会社の会議室での読み合わせの席で、びっくりしたんです。本読みなのに、最初から大西さん全開で。その場が一瞬で白鳥麗子の世界になった。すごい人だと思ったんです。ひとり本気の人がいると、全体も引っ張られていきますよね。

——映画美学校は、皆さんを本気にさせる場所でしたか。

古澤 そもそも穐山さんは、なんで映画美学校に来たんですか。

穐山 たまたまなんですよ。たまたまユーロスペースに映画を観に来たときに、映画美学校のポスターを見かけて。「あ、会社近いじゃん♪」っていうのもあって(笑)。そしたら、性に合ってたんですね。だいぶハマりこんでしまった。特に映画の観かたが変わりましたね。画面の中に映っているのは主人公だけではない。映っているのは世界だ、という。映っているものの豊かさや素晴らしさに気づけるようになったのは、映画美学校に入ってからだと思います。中でも一番大きいのは、会社員だった私にも、一緒に映画を撮ってくれる人ができたことでした。ここに入る前は、全然知らない世界だったし、ありえないことだったので。

杉田 僕は、今思えばっていう話しかできないですけど、映画美学校に来ようが来まいが、その人が作ることで生まれちゃう映画というのがたぶんあって。でも、ひとりでやってると、それが世界のどこにどう位置づけられるかがわからないっていうことがあると思うんですね。でも映画美学校では、自分が作ったものに対して、あれやこれやいろいろと言われるじゃないですか(笑)。映画と一緒に生きてきた、自分以外の人の言葉を聞くことで、「自分の映画はここに位置しているんだ」っていう輪郭が見えてくる、その入口に立てたきっかけが、映画美学校だったように思います。自分がやろうとしていたことについて、批判もされたけど、今振り返れば、自分は全然間違ってなかった。ただ、下手だっただけなんですよね。どうあがいても自分はこうなんです!っていう部分は、誰に何を言われても揺るがないものだし、長く映画をやっていく上では、すごく大事なことだと思います。あと、あの頃は単純に、言い返せなかったっていうのもありますね。

古澤 言い返せなかったことを覚えていて、その後も映画を続けているのって、人生をかけてそれに応えようとしているってことじゃないかと思うんですよ。今はツイッターとか、即応性が当たり前で、熟慮することが欠落しつつあるじゃないですか。でも映画とか小説とか、表現行為って、すごく時間をかけたコミュニケーションだと思うんですね。映画1本作るのに、下手したら何年もかかるじゃないですか。いざ公開すると、いろんな言葉を浴びせられて、それに対して映画で応えていこうとすると、さらに何年もかかるっていう。それが「ものを作る」っていうことだと思うんです。もしかしたら自分を批評した人は、そんなことはすっかり忘れてるかもしれない。でもこっちは、その言葉によってたくさん考えたことで、こんなふうに変わった。あるいは、その時点では気づかなかった自分の「正解」に気付かされて、違った形のなにかを作ろうと思えた。それを形にすることが、相手へのレスポンスであると同時に、過去の自分へのレスポンスでもあるんですよね。そういうプロセスの一歩目が、こういう学校にあると思うんですよ。

穐山 (とてもうなずく)

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古澤 僕は最近、初等科の修了制作で撮った『怯える』(1998年)を観返す機会があったんです。いろんなことを思いましたよ。「今だったらこうするな」と思うところはあるけれど、「今、これはできないな」って思うことのほうが多かったんですね。あのときに軽々とできていたことが、今できなくなっていることのほうが怖いなと思う。人って、ただ単に、年令と共に成長したり、上手くなったりするもんじゃないなと思ったんです。

杉田 若い頃に作った映画を観ると、まず、なんでこんなに一生懸命なんだろう! こんな熱量で作れるのか今の自分は??と思ったりしますね。言い換えれば、その時にしか作れないものを、ずっと作ってきてはいるんですけど。でもね、下手は下手だったですよ(笑)。作品の評価というよりは、単純に下手だった。

古澤 そうね、僕も講師の立場になると、「まだまだ下手だなあー」って思ったりはしますよ、それは(笑)。

杉田 『ひかりの歌』がまだ短編だった頃、第2章だけドイツの「ニッポン・コネクション」に行ってるんですよ。それを、映画美学校で教わっていた塩田明彦さんが現地で観てくれたらしくて、「杉田、うまくなったな」って言われたんです。

一同 (笑)

杉田 そうかあああーー!と思って。その感想、結局あまりうれしくないんですよね。

古澤 塩田さん、昔撮った8ミリ映画が面白かったから「塩田さんは若い頃からすごかったんですね」って言ったら「そうだろ?」「俺は昔から天才だった!」って言うんですよね。

杉田 はははは。

古澤 映画に興味がある人たちが集まってくる場所で、断片でも何かを撮ることって、すごく勇気が要ることだし、それに対する反応を受け止めることが、すべての始まりだと思うんですね。だから最初は「自分の話を聞いてほしい!」っていうだけでいいんじゃないかと思う。そのことで返ってくる言葉が、自分の姿を教えてくれる。そういう場所であることが、映画美学校の面白いところじゃないかと思いますね。……そんなキレイごとじゃ、済まないですけどね(笑)。

穐山 ほんとうにそうですね。映画美学校にいた間が、精神的には、一番つらかったです(笑)。それは誰かに何かを言われたからとかじゃなくて、自分を思い知って、つらかった。でもそれがあったから、今は何を言われても大丈夫というか。あのときは、ただただ無防備でした。無防備な時期に浴びた傷、っていう感じ。

杉田 消えないやつですね(笑)。

穐山 それを経て、じゃあ続けるのかどうするのか?っていうところですよね。私はずっと会社勤めをしていて、そういう真に迫る局面をいかに避けてくぐり抜けるかっていうところで生きてきたので(笑)、他にない体験をしたなと思います。

古澤 さっきの話じゃないけど、僕らはフィクションを通して、俳優の「素」とかプライベートを覗き見る仕事だから、そうすることで自分のプライベートをさらけ出してる部分もすごくあるなと思うんですよね。うまく世渡りするのとは真逆の筋肉を使うというか。人の何かをあらわにするのと交換に、自分の何かもあらわにする。非常に傷つきやすい部分を外側にさらす仕事だなあと思うんですよ。

穐山 そうですね。ほんとに。

古澤 そこで卓爾さんの話に戻すと、卓爾さんはそのナイーブな部分をすごくさらけ出せる人なんだなと思います。僕なんかは、映画監督を続けていくうちに、ある程度のテクニックというか、自分を覆い隠せるようにもなるなって思っちゃうんですよ。アマチュアのときに撮ったものを観ると、「今の自分はこういうことを巧妙に隠そうとしてるなあ」って感じるから。だから自分の映画に自分で出て、自分を傷つけるようにはしてるんですけど。……特殊な性癖の人みたいだけど。

一同 (笑)

穐山 そういうやり方があるんですね。

古澤 今って、全国公開の商業映画を撮った人が、翌月にはiPhoneで気軽に自主映画を撮るっていうのが、ボーダレスに行える時代じゃないですか。わかりやすい出世物語ではなくて、行ったり来たりしつつ、巧妙になる部分もあれば、傷つきやすい自分も残したままでいるという。映画美学校も、それが可能な場所だと思うんですよね。在籍中だけじゃなくて、修了後も関わりが続いていくじゃないですか。

穐山 私はこれから自分の映画が公開されるんですけど(2019年6月現在、新宿武蔵野館他で公開中)、私の中でこの作品は、映画美学校をくぐり抜けた後の「じゃあどうするんだ問題」への自分なりの答えなんですね。映画美学校で、映画美学校的価値観に一度圧縮された感じがしてて、それを元に戻す作業だった。私が働いてきた会社での風景とか、映画美学校以前に私がいた世界を並べていく感じ。それがどういう見え方をしているのか、映画を観た人の反応を見聞きするのが楽しみですね。

——ではそろそろ、まとめに入りたいのですが、言い足りないことなどはありますか。

古澤 お客さんが広がって、長く続くといいですね。

杉田 それは、ほんとにそうですね。会う人、会う人に薦めています。

古澤 東京では同じ劇場で上映されている『愛がなんだ』も、結構サイコな映画だったんですよ。今、テアトル新宿は、間口が広いように見せかけて、闇の深い映画を2本もやっているんですよね。地の底へ、黄泉の国へと続く映画館ですよ(笑)。ポスターのイメージ通りの物語で、お客さんが満足して帰っていくような映画が多い中で、ひとりでも多くの人が騙されて、思ってもみなかった異界へ迷い込んでくれるといいなと思いますね。
(2019/06/03)