『石のような水』の稽古場は壮絶だった。特に怒号は飛び交わない。灰皿も舞わない。けれどとにかく松井周が、あきらめない演出家なのである。「今の5倍、出してみて」「もっと行けるでしょう絶対」「もう限界!って思うところまで行って」……特にその洗礼を受けたのは「安曇野」を演じた大園亜香里であろう。どちらかといえばおとなしめな彼女に与えられた役柄は「自分は女優だと是が非でも言い張る女」。稽古場では苦戦を強いられたが、劇場に入ると一転、芝居の色合いは彩度を増した。

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登壇:市川真也 大石恵美 大園亜香里 大谷ひかる 鬼松功 
   佐藤陽音 しらみず圭 津和孝行 長田修一 横田僚平(金子紗里 欠席)
  (以上アクターズ・コース第4期)

 

横田 何しろ今回は「安曇野」に尽きるよね。大園さんの身に何が起きてたの?

 

大園 いや……今はただ「大変だったなあ」としか思えないです(笑)。金子(紗里、本日欠席)さんに言われたんですよ、「千秋楽までにできていれば大丈夫だから」って。ああー、気を使ってくれてるなあ、と思って。

 

一同 (笑)

 

――稽古をしながら大園さんの指先が、小道具のスーツケースに触れている、そのことを松井さんが鋭く指摘していたのを覚えています。「また触ってる!」「ほら、また!」って。

 

大園 あれはまったく、無意識だったんですけど。

 

佐藤 私、あんなダメ出しをされたら、次の日稽古場に来れる自信がないです。

 

大園 いや、それはもちろん、毎日来たくはなかったですよ。

 

一同 (爆笑)

 

大園 でも仕方ないというか、言われても当然のことばかりなので。やるしかないよな、って。たぶん、私以外の人の方がうまくできるだろうなあ、と思いながらやってました。

 

市川 でもあの役を、ハイテンションにやれちゃう人がやっても、全然おもしろくないと思うんですよね。

 

――そう、器用なコメディエンヌが演じる「安曇野」はなんとなく想像がつくんです。でも今回は、そう簡単には観られないものを観た、という感じがしました。アクターズでは、そういうことが起きるなあと。

 

横田 「安曇野」ができていくに従って、大園さんから遠くなっていくんじゃなくて、本来大園さんが持ってる何かが化学変化したような感じがしました。こういう大園さんを、実は見たことがあるのかも、って。

 

市川 うん。「作られた」じゃなくて、「生まれた」感じがしたよね。

 

鬼松 大園さんは、ミニスタジオで稽古してた時と、劇場に入ってからとでは、すごく違った気がするんですよ。

 

市川 うん。明確に違った。

 

鬼松 ミニスタジオだと、自分のことを見てる人たちのことが見えちゃうけど、劇場だと客席は真っ暗だしスポットライトが当たってるし、集中できるのかなあって。

 

市川 ……っていうふうに、僕らサイドでは勝手に思ってたんだけど、どうなの(笑)?

 

大園 それは、あったかもしれないです。劇場では、何も見えないので。目の前に誰もいないし、暗いし。

 

横田 目の前に誰もいなければ大丈夫なの?

 

大園 たぶん、電気が消えてればいいんです(笑)。集中力がないので、私。

 

横田 でも小屋入りしてから、集中力は右肩上がりだったよね。

 

津和 いつも「あと5倍出して!」だったのに、最後のダメ出しが「あと2倍!」になったよね(笑)。

 

横田 なんかもう松井さんと大園さんが、わけのわからないトランス状態になってるみたいだった。「まだまだ行けるよ!」「あと2倍!!」(笑)。

 

鬼松 松井さんは、稽古中に決して褒めないんですよ。そこをゴールにしてほしくないから。もっといろんなことができる!って常に思ってる感じ。

 

津和 僕なんかは飽き性なので、同じことを繰り返してると違うことがしたくなっちゃうんですよ。だから違うことをしてみると、「それは違うな」って言われたり。「うん、今のはそこそこかな」って言われたり(笑)。

 

横田 そこが難しかった。とりあえず合格点の部分は、常にキープしなきゃいけないんだよね。それを怠ると、すぐ見破られるんですよ。「前はできてたのに、なんでできないの?」って。それを常にブレなくキープすることが、プロの第一条件なんだなと思った。

 

佐藤 そう、松井さんって、的確なことしか言わないんですよね!

 

一同 (笑)

 

佐藤 反論する余地がまるでないくらい、的確なことを毎日言われるから、吸収することで必死でした。

 

市川 佐藤さんも劇場に入ってから激変したもんね。

 

佐藤 なんかずっと、小屋入りするまでにできるようになろうって思ってたんだけど、ああ小屋入りしちゃったどうしよう!っていう焦りがずっとあって。だから小屋入りからゲネまでは、本っ当に集中してました。そしたら、ゲネで何かがわかったような気がして。最低限これだけはやろう、って思ってたことが少しできたような。その実感がなかったら私、たぶん、本当にやばかったと思います。……って今言ってて泣きそうになった(笑)。

 

市川 僕は「できた」感がわからなかった。「できなかった」時はわかるんですけど。

 

津和 ああ、それわかる気がする。

 

市川 せりふを発した瞬間に「……ああ、今の全然ダメだ!」って思う。で、ダメ出しの時にそれを指摘されて「はい、おっしゃるとおりでございます!」って(笑)。

 

津和 「やっぱり言われるよなあ!」って思うよね。

 

市川 だから「よっしゃ、今のはかましたったな!」っていう瞬間は、ほぼなかったと言っていい。

 

――私は「ゾーン」で、牛乳瓶に雨水を受けて飲みなさい、と教わっている「伊地知」(長田修一)の反応が印象に残っています。相手から何かを「受け取ること」を「発していた」感じがして。

 

長田 それは1年間、すべての講師からずっと言われてきたことなんですよ。反応する、っていうことについて。たくさんのことを教わってきた中でも、僕が特に意識していたのはそれなんです。あと、大学時代にコントでツッコミ役をやることが多かったから、それもあるのかもしれないです(笑)。(続く)