取れ高充分、これで終わるかに見えた座談会。
ボイスレコーダーを切り、そこからのん気な雑談が始まった――
かにみえて、突然語られだした「自主映画史」のあれこれ。
そして明らかになる「映画人にもいろいろいるんだ!」の事実。
あわててレコーダーを回し始めたところから、座談会採録最終回は始まります。
鈴木 高橋さんたちが作っている映画が、園さんや僕たちが作ってる映画と同じものだとは全く思っていなかったですね。交わらないよな、ってずうっと思ってました。
高橋 それは、どういった点で?
鈴木 映画作りとは脚本であるとか、映画に出した要素はすべて必ず回収されていくべきだとか、そういうことは考えずに勢いで撮って、そのドライブ感が面白いというようなことを、園さんは路上で手持ちカメラで、半分パフォーマンスのようにやっていたわけです。テイク1も2もない。撮って移動、撮って移動。そういうのを僕はすごく近い場所で見ていて、自分も映画を作りたいと思って。でもその頃に黒沢清さんの『ドレミファ娘の血は騒ぐ』(85年)を観に行くと、まるで違ったわけですね。そしてゴダールなんかを観ると『ドレミファ娘~』に通じるなということがわかる。そこへ高橋洋さんみたいな人が現れて、ホラー映画によって90年代が切り拓かれていった。僕はその中で、どっちに向かっていけばいいのか、大きく迷ったというか。「映画とは根拠があるもの」とするのか、そんなもの無しに街で暴れることを表現と呼ぶのか、その二点がずうっと頭の中でケンカしてました。大学二年の時には矢口史靖が映画研究会に入ってきて、「スピルバーグのような映画監督になる」という明確な目標のもとに映画を作っていて。それこそすごろく式に、商業映画監督になる道を着実に叶えていったんですね。とても勤勉に。
石川 とはいえ、園さんみたいにもなれないと?
鈴木 かなわないな、と。高橋さんや蓮實重彦さんや黒沢さんの本を読んでいると、当時園さんがやっていたようなことはまるで似ていないわけです。でも、ブニュエルを代入すると、何か通じそうな気がする。まったく異世界とは言い切れないかもしれない、とか思うわけです。じゃあ、自分はどっちに行くのか。どちらでもないとしたら、例えば原一男さんがやっていたようなセルフ・ドキュメンタリーの方へ行くのか、矢口みたいにドラマ方向へ行くのか。それをずっと決められませんでした。しかもそのうち僕は俳優をやるようにもなったので、ますますわからなくなって。だから、今日みたいな日が来るとは思ってなかったです。園さんの映画のことを、高橋さんとこうやって話すというのは、僕にとってすごく勇気の要る時間でした。
高橋 そうか。「交わらない線」という感覚だったんだね。
鈴木 交わるとは思えなかったですね。一方で園さんや平野さんは、相米慎二さんの映画における長回しのドライブ性について「俺たちも劇映画を撮るようになったらああいうことを目指さなきゃな!」みたいな話をしていたんだと思います。僕も、その多様性が映画の懐なのかな、というようなことを思っていたんですよね。ただ、その後高橋さんが『ソドムの市』という自主映画を劇場公開作として撮ってきたところで、ちょっと事情が変わってきた。撮り方自体は違うかもしれないけど、得も言われぬ、言葉にできないことをカメラに収めた、ジャンル映画の枠とははずれたところにある映画だったので。途端に何か、互いに近づいてきたような気がしたりもして。しかも、どんな映画でも上映する、しまだゆきやす(注釈:90年代より10年代まで、日本の自主映画の上映運動を『イメージリングス』として主催・展開しつつ、井口昇監督『恋する幼虫(2003年)』から映画プロデュースを始め、白石晃士監督『オカルト(2009年)』等、インディペンデント映画の傑作を世に送り出す。2011年没)という人がいたせいもあって、撮る者の出自は観客には関係なく、ただ映画だけがそこにあるのだなあと。自分の悩みは杞憂に過ぎなかったのかなあとか思ったり。でも今日話しながら、僕が園さんから受け取っていた「映画とは理屈ではなく観念的ともいえる力で突破するものである」という想いが――それは誤解かもしれないんだけど――、『ラブ&ピース』でもやはり今なお破綻を呼んでいるのだということがわかったんですよ。田口清隆さんによる特撮を入れ込みながら、破綻した映画を作ろうとしている。あくまで「園子温」を通そうとしているんだろうなと。「日本スタジアム」でライブを観ている観客が、都庁をよじのぼるカメに気づかないという描写も、みんな「いや、これは園子温の映画なんだから」と思いながら作ってるのかもしれない。となると、あまり昔と変わっていないのかなあと。
高橋 その「交わらないんじゃないか」という感覚はまさに、『愛のむきだし』で僕と同世代の友人が言った「これを認めると今まで良しとされてきた映画の価値観を捨てることになる」ということですよね。
鈴木 園さんもきっと、黒沢さんや青山真治さん、高橋さんや塩田明彦さんとは、絶対に違うことをやらなきゃダメだと思っていたんだと思うんです。90年代とか、00年代あたり。それは、相当、苦しかったんじゃないかなと思って。露悪でもいいから、そっちで勝負するしかねーな!という思いで作ったのが『自殺サークル』だったりしたのかもしれない。それはつまり、方法論なのではないかと僕は思うんです。映画を作り続けるための、映画監督としての方法論。生き方、っていうことにもつながると思うんだけど。
高橋 僕の周りの友人たちは確かに、当時園さんや平野さんがやっていたことについて「違うんじゃないか」とは言っていましたよ。それは別に、勢いで路上に飛び出すことが間違っているということではなくてね。当時よく聞いたのは「悪い意味で“アングラ”だ」と。“アングラ”というのが、文字通りの破壊的なカウンターじゃなくて、一定の作法として認知されてしまっていて、その中だけでやっているという批判。「園子温」のモノローグとして回収できちゃうみたいな。
鈴木 当時から、個人映画はマスターベーション的だという批判はありましたよね。それでも園さんたちは、その殻を割って“超えよう”としていて。じゃあ何をするかというと、窓ガラスを自分の身体でぶち破るとか(笑)。やってることはジャッキー・チェンにきわめて近いけど根本的に違う、みたいなことになっていったりして。
高橋 園さんがやっていたのは、黒沢さんや僕のように「映画とはどう作られてきたんだろう」ということから、自分が作りたい映画を見つめなおすということではないのかな。これも一つ間違うと単なる教養主義に陥ってしまうんだけど、映画とは自分の外側にあって、それといかに闘うかだ、というのが僕たちの発想だったと思うんだけど。
鈴木 もちろん既存の映画も観ているし、吸収してはいるけれど、歴史を踏まえて何をどう更新していくか、という視点ではなかったと思います。「お前が自分の身体をのこぎりで斬るなら俺はウンコ食う!」みたいなことでほんとにケンカして、翌日、謝りの電話を入れてたりとか、聞いた話ですけどね。
一同 (笑)
鈴木 でもこうやって考えてみると、もう何でも起こりうるんじゃないかなってもはや思ってて。ひょっとしたら黒沢さんも、そのうち自分で出演することもあるかもしれないし。その方が面白くなるなと思えるようになったのは、自分が俳優をやるようになってからですね。
千浦 でも、ある程度時間が経ったときに予備知識もあまり無い状態でその作品群に出くわすと、園さんも黒沢さんも高橋さんも、同じ仲間にも見えますよ。街に8ミリカメラを持ち出して撮る肉体性や生々しさをそれぞれに感じます。
高橋 8ミリだと、そうならざるを得ないからね。ちゃんとした作り込みなんかできないんだから。みんな、そうやって撮ってました。
鈴木 たぶん、みんな出どころは一緒なんですよ。『ウルトラQ』とか『怪奇大作戦』とか。けど、その熟成期間に誰と一緒にいたか、が大きいような気がする。だから、たまたまなんですよね。すべては。
高橋 ただ、園さんが自分の映画に「俺」を刻印する感じは、体質は真逆だなあと思いますね。「A SONO SION'S FILM」というロゴをつける作品とつけない作品を分けている、というところに、何というかこう、軽い反発が(笑)。
鈴木 園さんは旗に「俺」って書いて走ってますからね(笑)。そういう作家って海外にいるんですかね。「俺俺」な感じの映画監督は。
高橋 ファスビンダーとか、ラース・フォン・トリアーがそれじゃないですか。この前『ニンフォマニアック』(13年)を観たんだけど、最初の30分で「こいつめんどくさいなー!」と思ったこの感覚は、園子温作品に感じるものと近しいと思います(笑)。つまり、まるで会ったこともないのに「これからこの人の自意識に付き合わなければいけないんだ……」という感覚。でも卓爾さんは園さんのそれと直接対峙していたから、先鋭に感じて惹かれたんじゃないですか。
鈴木 そうですね。映画を作るのはアーティストの仕事だ、というようなことを感じていました。実は、映画美学校でやっているようなことって、それとは真逆なんですよね。「映画とは問題である」と。誰しも共有することが可能だし、それをみんなで研究していく。古澤健なんかは「俺はさあ!」を隠し持ってるけど……隠してないか(笑)。ただ、今の若い子たちが園子温をオピニオンリーダー的なところに置いているというのは、やはり作り手の「アーティスト」としての振る舞いが(共感も含めて)、透けて見える映画が、今はもてはやされているということなのかなあ。
高橋 思い出した。8ミリ映画を作っていたシネ研時代、「8ミリ映画の撮り方」みたいなハウツー本みたいなのがいくつかあって、その中で「自己表現
映画を作る」っていう本があったんだよね。「自己表現って……ダサいよね……」っていうのが、僕らが共有してた価値観でした。僕らは自分の外側にあるもの、自分とは違うものと出会いたくて映画を作っているのに、え、自分を撮るの??という。その感覚や空気感の違いが、なんとなーく園さんの作品にも出ていて、なんとなーく交わらない線になっていったんじゃないですかね。
鈴木 高橋さんには、寺山修司の映画はどう見えていたんですか。
高橋 退屈だったですねえ……。
千浦 え、めっちゃ面白いじゃないですか!
鈴木 めっちゃ面白いと思うんですけど。
高橋 まじで??
一同 (笑)
高橋 もしかしたら今、『上海異人娼婦館 チャイナ・ドール』(81年)を見直したらどうなるのかな、とは思うけど。あれはもう一回観たい気がする。いろいろ観てきた寺山作品の中で、今も心の中に引っかかっているのは、あの作品ですね。
千浦 なんでソレなんだ……。でも高橋さんの『ソドムの市』と『書を捨てよ町へ出よう』(71年)は、通じるものがある気がするんですけど。
鈴木 すごい解釈だ(笑)。じゃあ、フェリーニはどうですか高橋さん。
高橋 フェリーニ、ベルイマン、タルコフスキー。このへんは自己表現系ですよね。
鈴木 「俺」を感じる映画たちですよね。
千浦 「俺オレ映画」ですよね。作り手から観客に「もしもし!オレだけど!」って電話が来てる映画。「ちょっとオレ、神の不在で悩んでんだけど」とか。
鈴木 ゴダールもまあ、「俺俺」じゃないですか。あの人がズルいのは「俺が映画だ!」って言い切るっていうところなんだけど(笑)。
千浦 でもまあ、「子供の時こんなことがあって」とか「あの時俺はこんなことを思って」っていうことではないですよね。
高橋 そうか、「俺俺映画」っていうのは、自分の問題を映画で表明する人のことを言うのか。
鈴木 「私」があるから「世界」がある、っていう視点を肯定すると「セカイ系」を肯定することになるのかな。ラノベって、そこを肯定するとアリになるから、園さんの映画が若い子に受けるのは納得がいくんです。「エヴァンゲリオン」と一緒なのだと。
一同 あーー。
千浦 すごい結論にたどりつきましたね。
鈴木 自分のことは置いといて(笑)。
石川 ハリウッド映画とかはどうなんでしょうね。
千浦 クリストファー・ノーランの『インセプション』(10年)には「俺俺」っぽい匂いを感じるな。『インターステラー』(14年)で外宇宙に行っても、すごいデカい「俺」の内部! セカイっていうか、もはや宇宙!
石川 ああ、宇宙を相手にしているっていうのはあるかもしれない。「俺と宇宙」っていう新しいステージ。
鈴木 キューブリックにもそれを感じるね。
高橋 これは別に「俺俺」はよくない、って言ってるわけではなくてね。「俺俺」であろうとなかろうと、面白ければいいんですから。『希望の国』がちょっと引っかかったのも、原発を採り上げたことが戦略に思えて。いや、戦略とかカマシは全然ありなんだけど、ほんとに「俺俺」から来てる「原発」なの?っていうことでした。
若栗 それは僕も思いました。園さんはどこまで本気なんだろう、と。
鈴木 そうか……そうなると、じゃあ、『ジョギング渡り鳥』も「俺俺」っぽいのかな……(※鈴木卓爾監督によるアクターズ・コース高等科第1期生修了作品)
石川 どうでしょう。「俺俺」っぽいかもしれませんね(笑)。(2015/07/13)
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