【1】
出会いはちょうど10年前。何か作るぞとなれば声をかけ、大いに手伝い、手伝われ、何か新作映画観るぞとなったら、集まっちゃあその感想を言い合い、毎年、旅行と忘年会を欠かさず、それでいて他者は拒まず、去る者は追わず、くだらなーい笑い話と、まじめーな映画談義が、まるでシームレスに重ねられていく。修了から10年経ってもそんなつながりが続くとは、他の期にはあまりないことなので、試しに集まってもらってみた。『ミスミソウ』が公開中で、11期生が中心となった自主制作作品『許された子どもたち』を編集中の内藤瑛亮と、そのかけがえのない同期生たちの、ある日の会話である。
内藤瑛亮
1982年愛知県出身。映画美学校在学中に教員採用試験に合格。特別支援学校に教員として勤務をしながら自主映画を制作する。高等科修了製作の特別枠として初の長編映画『先生を流産させる会』(12)を制作する。教員を退職後、『パズル』(14)、『ライチ☆光クラブ』(16)、『ドロメ』(16)等を手掛ける。久々の自主映画『許された子どもたち』を美学校同期の11期と制作し、現在編集中。
佐野真規
1982年滋賀県出身。映画美学校フィクション・コース11期修了。アクターズ・コース1期TA。『ジョギング渡り鳥』(16)(鈴木卓爾監督)の助監督を務め、配給宣伝にも関わる。内藤瑛亮監督作品では『牛乳王子』(08)、『廃棄少女』(11)で撮影助手、『先生を流産させる会』(12)で助監督・脚本協力、『パズル』(14)で脚本協力・メイキング演出。『許された子どもたち』では制作。 監督作では『月刊長尾理世 9月号 コーヒーとさようなら』(福井映画祭10th入選)。2017年、SPIRITFESTのMV「River River」(https://www.youtube.com/watch?v=bIctMzoiOhU)を監督。
冨永圭祐
1983年兵庫県出身。映画美学校フィクション・コース11期修了。修了制作として『乱心』(11)を監督。第12回ニッポンコネクション、大阪シネドライブ2012、名古屋Theater Cafe等で上映。内藤 瑛亮監督作品『牛乳王子』『先生を流産させる会』『廃棄少女』『お兄ちゃんに近づくなブスども』『救済』『許された子どもたち』では編集、『ライチ☆光クラブ』では共同脚本で参加。都内某所で勤務しながら現在、玉田真也監督映画版『あの日々の話』を編集中。
山形哲生
1984年埼玉県出身。映画美学校フィクション・コース11期修了。現在は海外映画などの字幕コーディネート業務に従事する。内藤瑛亮監督作には、短編『廃棄少女』(11)で助監督、『パズル』(14)で脚本協力とメイキング撮影、『許された子どもたち』で共同脚本と制作で参加。
冨永威允
1980年4月12日生まれ。広島県出身。中学から登山部に入部し、大学進学とともに本格的に取り組む。厳冬期剣岳登頂等を経験した後、27歳で映画美学校フィクションコース入学。高等科コラボで制作部をやったばかりに、卒業後3年近くは自主映画のノーギャラ制作部として日を送る。現在は埼玉県の「SKIPシティ」で若手映像クリエイター支援事業に従事。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭では映画美学校と映像制作ワークショップを開催。冨永(圭)との血縁関係は特になし。
松久育紀
1978年神奈川県出身。映画美学校フィクション・コース11期修了。内藤瑛亮監督作品には、『牛乳王子』(08)で照明、『先生を流産させる会』(12)で演出部・脚本協力、『ドロメ』(16)で共同脚本を担当。その他、脚本担当作品として、『土竜の祭』(2009、井土紀州監督、共同脚本)、『ピン中!』(2016、金沢勇大監督)。
川口陽一
(1980〜 神戸市出身)映画と音。最近の音響担当作は『They Survive』(2017、篠崎誠監督)、『ファンタスティック ライムズ!』(2017、大工原正樹監督、オムニバス映画『LOCO DD 日本全国どこでもアイドル』の一編)『ジョギング渡り鳥』(2016年、鈴木卓爾監督)など。内藤監督作では『先生を流産させる会』(2011)の演出部・録音部、『救済』(2013)の録音を担当。 今夏、『ゾンからのメッセージ』(鈴木卓爾監督・古澤健脚本)がポレポレ東中野他にて公開を控えている。 2016年にはこの座談会にも出席の佐野真規、冨永圭祐も参加した『この世の果てまで』を監督。
出会いはちょうど10年前。何か作るぞとなれば声をかけ、大いに手伝い、手伝われ、何か新作映画観るぞとなったら、集まっちゃあその感想を言い合い、毎年、旅行と忘年会を欠かさず、それでいて他者は拒まず、去る者は追わず、くだらなーい笑い話と、まじめーな映画談義が、まるでシームレスに重ねられていく。修了から10年経ってもそんなつながりが続くとは、他の期にはあまりないことなので、試しに集まってもらってみた。『ミスミソウ』が公開中で、11期生が中心となった自主制作作品『許された子どもたち』を編集中の内藤瑛亮と、そのかけがえのない同期生たちの、ある日の会話である。
内藤瑛亮
1982年愛知県出身。映画美学校在学中に教員採用試験に合格。特別支援学校に教員として勤務をしながら自主映画を制作する。高等科修了製作の特別枠として初の長編映画『先生を流産させる会』(12)を制作する。教員を退職後、『パズル』(14)、『ライチ☆光クラブ』(16)、『ドロメ』(16)等を手掛ける。久々の自主映画『許された子どもたち』を美学校同期の11期と制作し、現在編集中。
佐野真規
1982年滋賀県出身。映画美学校フィクション・コース11期修了。アクターズ・コース1期TA。『ジョギング渡り鳥』(16)(鈴木卓爾監督)の助監督を務め、配給宣伝にも関わる。内藤瑛亮監督作品では『牛乳王子』(08)、『廃棄少女』(11)で撮影助手、『先生を流産させる会』(12)で助監督・脚本協力、『パズル』(14)で脚本協力・メイキング演出。『許された子どもたち』では制作。 監督作では『月刊長尾理世 9月号 コーヒーとさようなら』(福井映画祭10th入選)。2017年、SPIRITFESTのMV「River River」(https://www.youtube.com/watch?v=bIctMzoiOhU)を監督。
冨永圭祐
1983年兵庫県出身。映画美学校フィクション・コース11期修了。修了制作として『乱心』(11)を監督。第12回ニッポンコネクション、大阪シネドライブ2012、名古屋Theater Cafe等で上映。内藤 瑛亮監督作品『牛乳王子』『先生を流産させる会』『廃棄少女』『お兄ちゃんに近づくなブスども』『救済』『許された子どもたち』では編集、『ライチ☆光クラブ』では共同脚本で参加。都内某所で勤務しながら現在、玉田真也監督映画版『あの日々の話』を編集中。
山形哲生
1984年埼玉県出身。映画美学校フィクション・コース11期修了。現在は海外映画などの字幕コーディネート業務に従事する。内藤瑛亮監督作には、短編『廃棄少女』(11)で助監督、『パズル』(14)で脚本協力とメイキング撮影、『許された子どもたち』で共同脚本と制作で参加。
冨永威允
1980年4月12日生まれ。広島県出身。中学から登山部に入部し、大学進学とともに本格的に取り組む。厳冬期剣岳登頂等を経験した後、27歳で映画美学校フィクションコース入学。高等科コラボで制作部をやったばかりに、卒業後3年近くは自主映画のノーギャラ制作部として日を送る。現在は埼玉県の「SKIPシティ」で若手映像クリエイター支援事業に従事。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭では映画美学校と映像制作ワークショップを開催。冨永(圭)との血縁関係は特になし。
松久育紀
1978年神奈川県出身。映画美学校フィクション・コース11期修了。内藤瑛亮監督作品には、『牛乳王子』(08)で照明、『先生を流産させる会』(12)で演出部・脚本協力、『ドロメ』(16)で共同脚本を担当。その他、脚本担当作品として、『土竜の祭』(2009、井土紀州監督、共同脚本)、『ピン中!』(2016、金沢勇大監督)。
川口陽一
(1980〜 神戸市出身)映画と音。最近の音響担当作は『They Survive』(2017、篠崎誠監督)、『ファンタスティック ライムズ!』(2017、大工原正樹監督、オムニバス映画『LOCO DD 日本全国どこでもアイドル』の一編)『ジョギング渡り鳥』(2016年、鈴木卓爾監督)など。内藤監督作では『先生を流産させる会』(2011)の演出部・録音部、『救済』(2013)の録音を担当。 今夏、『ゾンからのメッセージ』(鈴木卓爾監督・古澤健脚本)がポレポレ東中野他にて公開を控えている。 2016年にはこの座談会にも出席の佐野真規、冨永圭祐も参加した『この世の果てまで』を監督。
——まずは皆さんがどういうつながりなのか、聞かせてください。
冨永(威) 「映画美学校11期生」です。
内藤 あっさりしてる(笑)。
冨永(威) でも、ここで聞きたいのは、なんでこんなに仲良くなったか、っていう話ですよね。
——そうですね。
佐野 よく聞かれますよね。今の初等科生が「21期」なので、ちょうど10年経ってるわけだから。
内藤 「まだ、そんなにつながりがあるものなんですか?」って聞かれて、うちらが異常なのかもしれないって思って(笑)。
山形 気持ち悪いっちゃ、気持ち悪いかも。
川口 俺は「11期生の結束」とか言われても、あんまりピンと来ないんだよな……
冨永(威) 今思えば、コラボ(※フィクション・コース高等科のカリキュラム。講師となる映画監督の監督作品に、受講生がスタッフとして関わる)が大きかったかも。ほんとにいろいろあったから。
内藤 俺は、ほぼ行けてなかったんですよ。平日は働いていたので。
川口 俺はコラボが終わってから半年ぐらいの記憶がないんだよ。
一同 (笑)
川口 もう時効だから言うけど、到底撮影が終わらない分量を5日で撮影が終わるっていうスケジュールを美学校に出さなきゃいけないから、提出する用のスケと、ほんとのスケを用意したじゃない。
内藤 文書改ざんですよ。いま話題の。
山形 この話、載せてくださいね。
川口 今後の戒めとして、ぜひ。
——じゃあ、皆さんを結びつけたのは、コラボのしんどさ?
内藤 いや、初等科から仲良かったですよね。ふるにゃん(古澤健)の存在もあったんじゃないですか。1期の卒業生である古澤さんが、11期を教えてたわけだから、考えてみたら今の俺らが21期生に講義するようなものでしょう。
一同 あーー。
内藤 他の講師は「雲の上」感があったんですけど、古澤さんは「雲の下」感が……って言い方的にアレか(笑)。相談しやすい存在だったんです。
佐野 覚えてるのは、演出実習の時。僕らは講師陣にかなり怒られたんですよ。
内藤 脚本が何を伝えたいのかを考えようともせず、奇をてらったことをしてしまったんです。
佐野 「もっと脚本を読み込んで、理解しようとしなきゃダメだよ!」って怒られて、シュンとなってるところに古澤さんが「アホやなあ!」って声をかけてくれるような、兄貴みたいな存在だったんですよね。
内藤 飲みに連れてってくれたり、カリキュラムと関係なく、自主映画を一緒に撮ったり。
——みんなで集まると、映画の話をするんですか?
冨永(圭) 2人っきりのときは映画の話をするんですけど、3人以上になると、しないです。
内藤 基本、下ネタと、アイドルと、ブラックメタルの話。毎年、忘年会の時に、川口さんが「今年面白かったブラックメタルのPV」を紹介して、みんなで観るっていう恒例行事があります。
※2017年の忘年会で最も評判がよかったブラックメタルPV
『The Black Satans - The Satan Of Hell』
川口 確かに、秋ぐらいになると「今年は何を紹介しようか」って考え始めますね。
一同 (笑)
内藤 あと、古澤さんの新作が公開されたら、初日にみんなで観に行って、そのあと飲みながらダメ出しするっていう……いや、「ダメ出し」はよくないか。「ここが良かったね!」っていう話をします(笑)。
川口 「ここは頑張ってたよね!」っていうね。
佐野 上から目線ですね(笑)。
川口 内藤さんの新作がかかっても、みんなで観に行ったりはしないのにね(笑)。
——『ミスミソウ』は皆さん、いかがでしたか。
冨永(威) 本人の手応え的には、どうなの。
内藤 わりかし、やりたいようにやれたかな。
——急に来たオファーだったとか?
佐野 ちょうど、山形と僕と内藤さんとで『許された子どもたち』の打ち合わせをしてたんですよね。
内藤 出演してくれる子どもを募集する、準備をしてた頃ですね。だから話が来たとき、引き受けるべきかどうか、ふたりに相談して。
山形 それは是非やってください!って言いました。
佐野 内藤さんとしても、題材にも乗れるものだったから。
冨永(威) ディテールが『許された子どもたち』に似ているところがあるのは、偶然?
内藤 偶然ですね。ボウガンとか、靴に関するいじめとか。
川口 俺はね、登場人物がゲロを吐くのを観て、懐かしい気持ちになったよ。『先生を流産させる会』(2011)のゲロを、俺は作ったなあと思って。
冨永(圭) じゃあ、そのあたりのディテールっていうのは、原作にあったものなんですか。
内藤 そうそう。原作のディテールは基本的に尊重した脚色でした。
山形 どの程度、シナリオに手を入れたんですか。
内藤 ほとんど入れてないです。すぐに撮影に取り掛からないといけないので、大幅な変更をするのは不利だと思ったのと、唯野未歩子さんの脚本がすごく的確だったので、少しせりふを削ったのと、あとはラストの会話をちょっと足したぐらいですね。
山形 僕は試写で観て、佐野さんから原作を借りて読んだんですよ。原作には、主人公が自分の行為について苦悩するっていう描写があって。でも映画はそのへん潔く、ヒロインが何を考えてるのかわからない感じになっていったじゃないですか。あれは、せりふを削ったことによってそうなったという感じですか。
内藤 そうかもしれない。主人公の内面がどんどんわからなくなっていって、逆に加害者側の内面がどんどん明らかになっていくという脚本の構成を明確にしようとしてましたね。
川口 あのおじいちゃん(寺田農)は、何も知らないんだよね。俺、台所に主人公が立ってる時に、刃物を研いでる音が一瞬聞こえた気がしたのね。このじいさんは、もしかしたら全部知っていて、武器を彼女に提供していたんじゃないかと思って。
一同 (笑)
川口 だって、主人公が復讐する時の刃物さばきが完璧でしょ。仕事人みたいに。刃は血まみれなのに、すっごい切れ味じゃないですか。これ、家でめっちゃ手入れしてるな!って思ったんです。
冨永(圭) 確かに、殺すシーンについては、リアリズムは排してますよね。2カットだけ、ハイスピードで撮るじゃないですか。そのおかげですごくポップになっていた。あまり痛みを感じない暴力描写でしたよね。僕は原作を読んでいないけど、ひょっとしたら原作の方が痛々しいのかもなって思いました。
山形 原作の方が痛々しいです。
冨永(圭) あんなに残酷な描写だらけの映画なのに、観た後の爽快感がハンパないですよね。
山形 そして、笑えますよね。ちょっとやりすぎな感じが、ポップだから笑えちゃう。
佐野 除雪車は爆笑しましたね。
川口 シャマランの『ハプニング』(2008)の芝刈機みたいで面白かったわー! あれも原作通りなの?
内藤 原作通りです。原作ファンの間では、『ミスミソウ』といえば「除雪車」、っていうくらいの場面ですね。ただ、除雪車をなかなか借りられなくて。「何に使うの?」「人が巻き込まれて死にます!」っていうのはさすがになかなか通らなかった(笑)。でも、僕側ではことさらポップにしようと思っていたわけではなくて。
川口 いいバランスだと思ったなあ。
山形 それは確かに感じましたね。原作と、脚本と、内藤さんの演出と。
内藤 これまで同期とホンづくりをすることが多くて、『先生を流産させる会』は松久さんと渡辺あいさん(11期生/『電撃』監督)、『パズル』は山形さんと佐野さん、『ライチ☆光クラブ』は冨永(圭)さん、『ドロメ』は松久さん、『許された子どもたち』は山形さん。『ライチ』の時に、僕らの担当講師だった大工原(正樹)さんから「そろそろ外部の脚本家と組んでみれば?」って言われたんですね。「内藤くんのやりたいことを、同期の面々はわかっているから、そろそろ違う人と組んでもいいんじゃない?」って。去年撮った『不能犯』のスピンオフも、いま企画開発している作品もそうだけど、まったく知らない人と組むことの面白さっていうのもあるんだなあと今は思ってます。『ミスミソウ』も脚本上、ラストが原作と違ったわけだけど、唯野さんに「どうしてこうなってるんですか?」って聞く機会も余裕もなかったから、なぜそうなっているのかを自分で解釈していくというプロセスがありました。まさに僕らが、あの頃、叱られたことを思い出した。脚本が何を伝えたいのかを自分で考えて解釈するっていうことを、10年かかってようやく、しました。
山形 あと、すごい、青春映画でしたよね。
冨永(圭) 最後の、妙ちゃんのシーンがあるからなんでしょうね。ちょっと切なくなって。
山形 『天然コケッコー』みたいなね。
冨永(圭) カーテンがふわっとなって、外から光が差し込んでる感じ。
内藤 カーテンは、どちらかというと、乃木坂46の『ぐるぐるカーテン』のイメージです。
冨永(圭) ……あ、わからないです(笑)。
川口 大人の役者が、みんな変な顔なのは、何?
一同 (笑)
川口 みんな、眉毛が異様に太かったのは、メイク部の提案とか?
内藤 いやいや、偶然です。今、言われてみて「そういえば太かったな」って思ってます。
——『ミスミソウ』を観ていて、「ここが内藤作品だよなあ!」と思ったポイントなどはありましたか。
冨永(圭) もはや学校を舞台に、女の子たちが集まって誰かをいじめてたら、その時点で「内藤さんの映画!」感がありますよね。
佐野 まじめな話をすると、『許された子どもたち』もそうだけど、加害者側にフィーチャーしていくじゃないですか。普通だったら被害者側に焦点を当てがちなのを、加害者側に振っているというのも「内藤さんの映画」感を感じますよね。
山形 その、境界の曖昧さですよね。
佐野 コトを起こすまでのね。それから、バス停で妙子(大谷凛香)が土下座して謝るのも、内藤さんの中で「謝罪」というのが大きなテーマのひとつなのかしらと勝手に深読みしたんですけど。
内藤 確かに、『ミスミソウ』が『許された子どもたち』に一番つながるのは、そこかもしれない。
佐野 『牛乳王子』(2008)も実は謝罪の物語だし、『先生流産』にもそのテーマが根底に流れてますよね。自分で脚本を書いているから、そういう物語になるのかなと思っていたけど、今回はそうじゃないでしょう。
内藤 確かに、ずっとつながってるかも。
冨永(圭) でも内藤さんの作品で、ちゃんと謝れた映画って、そんなにないですよね。だからこそ『ミスミソウ』の妙子の謝罪と、それに対して春花(山田杏奈)がかける言葉が、すごく、グッと来るんですよ。
内藤 『牛乳王子』は、ある意味、ちゃんと謝ってる映画ですよね。
冨永(圭) あれは理由が簡単すぎて。普通なら誰しも5分で謝れることを、10年こじらせちゃった人の話ですから(笑)。あと、女の子たちに対しては、内藤さん自身がいまだにどこか恐怖の対象というか「得体のわからない未知の存在」みたいなところがあるように思う。だから、何を考えているのか知りたくなったり、綺麗だなあと思ったりするけど、一方の男たちのしょうもなさがものすごいじゃないですか。清水尋也くん演じる相場くんでさえ、あまり恐ろしくはないというか。「馬鹿だなあ」としか思えない感じが、他の作品と共通してるなあと思って。興味ないんすか。男の人に。
内藤 どうなんだろう……自分ではわかりづらいところかも。でも確かに『ライチ〜』を撮った後、松兄ぃ(松久育紀)に言われた第一声が「イケメンに興味ないでしょ!」だった。
山形 イケメン映画なのに(笑)。
佐野 『ドロメ』(2016)も「女子編」が面白かったですよね。
山形 僕も「女子編」が面白かったです。
冨永(圭) 女子がきゃっきゃしてるガールズトーク感を撮るのが好きですよね。
内藤 もともと『デス・プルーフ』が好きだしね。でも今回で言えば、相場くんのキャラを描けたのが、自分の中では大きかったです。女性に対する歪んだ認識が内面化していて、自分では自覚できていないという人物像。『先生流産』も、実際に起きた事件は犯人が男子だけど、女子に変更したことで、バッシングがあったじゃないですか。ミソジニストだって言われたり、監督が無自覚だと言われたり。僕自身、そこまでの反応を予測していなかったから、そういう意味では確かに、僕の中には無自覚で歪んだ認識があるんだろうなと思ったんですね。これからはそれを意識して作っていかなきゃいけないなと。それで今回、相場くんが、それそのものみたいなキャラクターだったから、自分自身の無自覚な暴力性について向き合うことはできました。そこについては清水くんと事前に話しました。彼自身は、正義の行いをしていると思っている。「僕が君を守る」っていう少年漫画的なヒロイックな言葉も、女性の自立性を無視した、ちょっと怖い言葉でもあるんですよね。
(ここで、そーっと大工原正樹が登場)
一同 えっ!
大工原 (そーっと椅子に座る)
冨永(威) ええと……実はこのタイミングで、俺も出ないといけなくて。
一同 えっ!!(笑)
冨永(威)(大工原に)あの、ほんとに、もともとこの時間に出ることになってたんですよ。
大工原 俺も、作業途中にちょっと顔を出しただけだから、気にしないで。
冨永(威) えーと、じゃあ、松久くんによろしく。
一同 お疲れさまでーす。
【2】 面白いなと思ったのは、みんなが思いのほか「ですます調」であることと、もうひとつ。メンバーが集まった頃、事務局の市沢真吾が顔を出し、座談会の最中に、11期講師の大工原正樹が顔を出したことだ。ふたりとも、そーっと入ってきて、そーっと話を聞き、そーっと帰っていった。ただただ、「11期生がしゃべる様」を見に来たみたいに。
山形 あと、音楽がよかったですよね。タテタカコさんの曲も映画にマッチしてるなと思ったし、僕が一番驚いたのは、有田(尚史。映画美学校「音楽美学講座」出身。内藤作品の音楽を多く手がけている)さんの音楽でした。これまでって、ポップでチャイルディッシュな曲が多かったと思うんですけど。
佐野 ノイジーな曲とかね。
山形 そう。でも今回は、堂々たる映画のスコアだったですよね。
佐野 オーダーのしかたを変えたりしたんですか。
内藤 全体の方向が、今までとまったく違うから、まず「自分の中では一番エモーショナルな映画になると思います」って伝えました。
一同 へえーー。
佐野 ……なんだろう、質問攻めにしちゃいますね(笑)。
内藤 感想を話しにくいよね。このメンバーにけなされたらヘコむけど、褒められると、どことなく忖度しあってるみたいに思われないかな。
一同 (笑)
——いつもは、皆さん率直に言われるんですか。
内藤 『ライチ〜』は、11期生には評判がよくなかったですね。同期の意見は、結構響くというか、刺さるところがあります。あと、13期修了生の中瀬慧くんも、かなりストレートな言葉で言ってきますね。
山形 オブラートにまったく包まない中瀬くん(笑)。
佐野 なんか、『ミスミソウ』を観た中瀬くんから、電話があったんですよね?
内藤 そうそう。深夜1時に。びくびくしちゃった。後輩なのに、怖くて怖くて。ほんとあいつ、言葉選ばないじゃん!
一同 (笑)
内藤 今回は褒めてくれたんだけど、何点かダメ出しされました。「あのカットとあのカットがつながってないっすよね、天候のせいだとは思いますけど」「す……すいません!」って(笑)。
佐野 映画に真面目なんですよね。
冨永(圭) そう。すべては、映画のためなんですよ。
内藤 実際、天候には悩まされましたね。山の天候は移り変わりが早いし。3月に撮ったから、雪があまり降らなくて、積もっている雪がどんどん解けるんですよ。オファーから1ヶ月後に撮らなきゃいけない事情はそこにあって、2月にオファーがあってけど、雪が解けちゃうから、雪がある場面を3月に撮らなきゃいけなかったんです。映画の前半部分は雪が溶けてから撮りました。だから序盤の相場くんと春花のシーンとかが、すでに壮絶に殺し合った後だったので、自然と距離感が近くなっちゃって。そこは注意しました。
山形 にじみ出ちゃうものなんですね。
冨永(圭) 天候で言うと、『ミスミソウ』では雪が降り出すタイミングが絶妙だったじゃないですか。復讐に向けてのあらゆるセッティングが完了して、さあここから始まるぞ!っていうタイミング。あれはどれくらい狙っていたものなんですか?
内藤 ここから始まるぞ感は意識したかな。加害者側の少年少女の哀しい日常の点描があって、静かな音楽から徐々にノイズが加わって、雪が降りはじめて、ばっと雪が降り積もった全景のドローンにつながり、被害者の主人公が今までと違う感じの表情で再登校するって。
冨永(圭) 映画の中で舞台が整う、ってことを考えることがあって。最初は登場人物の関係性とか、これから何が起こるのかわからないんだけど、いよいよそれらがセッティングできてから、話が本筋に入るという。例えば新しい方の『ファンタスティック・フォー』って、それがむっちゃ遅かったですよね。
山形 遅かった!
冨永(圭) いよいよ始まった!と思ったら、すぐ終わっちゃうっていう。
山形 肩透かし感がね。
冨永(圭) 『ミスミソウ』はそれが早かったと思うんです。そして雪が降ってきて、さあ惨劇が始まる!っていう。あのバランスがすごく好きでした。
内藤 そのへんって、唯野さんの脚本によるところが大きいと思います。雪が降るタイミングが、原作とはちょっと違うんですよ。橘(中田青渚)が歩いてくるカットで降ってくる。それは、唯野さんがそういうふうに脚色していて。
冨永(圭) 橘のカットで雪が降ってくるのにも、びっくりしたんですよね。正直、特に重要なキャラではない。でも主人公のカットで雪が降り出したら、ちょっとわざとらしいじゃないですか。そうじゃなくて、自然と雪が降り出してきただけなんやなあーって思って観てると、実は舞台が整っているという合図にもなっている。あれがすごくかっこよかったです。
内藤 あと、撮影の四宮(秀俊)さんとの仕事が2回目だったのも、僕の中では大きかったかも。四宮さんって撮影中に、とても自然にボヤくんですよ。『ドロメ』の時は2部構成だったので、深く返すことがどうしても多くて、無難なカット割りをしていたら、四宮さんがボソッと「……2時間ドラマみたいだな」って。「えっ?」って聞き返したら、「はっ!」ってなってた。
一同 (笑)
内藤 『ミスミソウ』の中で南先生(森田亜紀)が「心の声が出ちゃった!」っていう場面があるじゃないですか。ああいう人なんです。
冨永(圭) 四宮さんのボヤきを踏まえて、撮り方とか、意識していたことってあったんですか。
内藤 まずは、「四宮さんがボヤいても気にしない」。
山形 メンタル面だ(笑)。
内藤 あと、引き絵で撮ってる時に、人物の動きがつまらなかったりすると、「もう少し動きがあった方がいいんじゃない?」って言われたりもしました。それで、もっと広く使おうって思ったりとか。
(ここで松久育紀が登場)
山形 現場に入る前に「雪の映画で、参考になるものはあるのかな」って、グループLINEで聞いてましたよね。僕と佐野さんが挙げたのが、加藤泰の任侠映画と、セルジオ・コルブッチの『殺しが静かにやってくる』と、アルトマンの『ギャンブラー』。確かに、『ミスミソウ』は西部劇っぽかったなと思って。
佐野 復讐の話だからね。
内藤 『殺しが静かにやってくる』は撮影前に観返しました。『ミスミソウ』と似てますよね。
山形 そうですね。「生き残るの、そっち!?」っていう(笑)。
内藤 妹の祥子(玉寄世奈)が目覚めるカットも撮ったんだよね。あまりにも可哀相だから。目覚めるカットは途中まで入れてたんだけど、そうするとラストの妙子がブレちゃうので、プロデューサーが「ここは妙子だけに絞った方がいい」って。それでカットしました。カットして良かったと思います。
山形 最初、妹がなんか、こーゆー動き(お尻を左右にふる)をしてたじゃないですか。あれは、内藤さんが芝居をつけたんですか。結構インパクトがありましたけど。
内藤 あれは、嫁がよくやってる動き。
一同 (爆笑)
冨永(圭) まじですか。
佐野 まさかでしょう。
山形 開けちゃいけない扉を開けてしまった(笑)。
内藤 いろいろ、他にも動きをつけたんだけど、なかなかハマらなくて。これしかねー!って思って、嫁の動きを。彼女はテンションがあがると、ああいうダンスをするんです。
——祥子ちゃんのお芝居に、私は「お姉ちゃんが可愛そうだから私が朗らかでいないと!」的な、かすかな緊張を感じたんです。
内藤 そう受け取ってもらえるように意識してましたけど、本人にはそこまで話さずにやりましたね。ちっちゃい子って、いろいろ深読みをさせる余地を残してくれるじゃないですか。あまり考えずにやってくれるから。
冨永(圭) 春花と相場がデートに出かけるとき、祥子ちゃんは手を振った後、ちょっとだけ微妙な表情をするんですよね。
内藤 「手を振ったら、下ろして、これでお姉ちゃんとはお別れだからね」とだけしか言ってないんだけど。
冨永(圭) 何か、寂しい気持ちになったのかな。すごくいい顔だった。
——子どもたちに芝居をつける時に、「深読みをさせる余地」をどの程度、意識したり期待したりしていますか。
内藤 それは毎回期待してるかもしれないですね。あんまり感情とか役柄について話さないで、動きをつけるだけっていう感じで。『鬼談百景』(2016)の「続きをしよう」っていう短編で、墓場で鬼ごっこしてたらどんどん怖いことになるっていう話を撮ったんですけど、あれは自分でもうまくいったなと思っていて。演出的には、ただただ、鬼ごっこしか芝居をつけてないんです。「このお墓の上に乗って、あっち向きに走って」みたいな。子どもたちの芝居は評判良かったんだけど、動きしか指示してないんだよね。演出って何だろう、って僕もまだまだわからないんですけどね。
冨永(圭) ちなみに「続きをしよう」は、内藤さんのいない沖縄で、みんなで一緒に観ましたよ。
佐野 旅行先で観ました。面白かったです。ひとり、古澤さんに似た子どもがいるっていう。
内藤 そうそうそう! 最後の、ちょっとムカつく顔の(笑)。「ふるにゃんっぽいわー!」って思ってキャスティングしたんです。
松久 内藤さんは基本、大人には興味ないですもんね。
佐野 また、興味のないものが増えた(笑)。
山形 おばあちゃんにも興味がないですよね。
川口 あのおばあちゃんも、変な顔だったなあ!
内藤 自分ではそんなに差をつけてるつもりはないんだけど。
冨永(圭) でも『許された〜』の演出を見てると、大人より子どもたちに対して、すごく丁寧ですよね。
佐野 子どもが主役の映画なので、当然なのかもしれないですけど。
松久 僕は、原作を読んでから観たんですよ。で、相場くんのキャラが一番、まどろっこしいなと思っていたんです。DVキャラがすごい、説明っぽくって、要らないんじゃないかなって。あと、春花の声が出なくなるのも。そのことで何かがあるかっていうと、そうでもないじゃないですか。家を燃やすシーンが出てくるのも原作通りに終盤だし、映画にすると説明でしかなくなっちゃうから変えちゃってもいいんじゃないかなって思ってたんですけど、わりと原作に忠実に作られてましたよね。撮影の直前にオファーが来たっていうのもあると思うんだけど、内藤くんがもし最初から入ってたら、どこらへんを変えたのかなって思ったんです。
内藤 それはもう……わからないですね。あのタイミングでは、大きく変えるのは無理だし、変えない方が得策だということで入っていったから。もうその思考には戻れないところがあるなあ……。でもそのへんって、原作ものの難しさですよね。相場くんの過去とかが、言葉だけで語られるじゃないですか。
松久 そうですよね。内藤さんはそこらへんを削ってるじゃないですか。
山形 漫画には、もっとありましたよね。
内藤 僕が削ったんじゃなくて、唯野さんの脚色からそうなってて。でもそれで良かったと思うんです。この映画にとっては説明でしかなくなるから。原作ファンからは「そこも描いてほしかった」という声もあるんですけどね。今回、褒めてくれる原作ファンが多くてうれしいんだけど、「再現度が高いから」っていうふうに言われると、ちょっと、もやっとする。原作の実写化で、「再現度」が最重要になると、ちょっと嫌だなあとは思うかなあ……。
松久 根幹が変わらなければ、違和感はないと思うんだけど。
内藤 俺もそう思うんだけど。今回、ディテールを変えているんですよね。原作では妙子はいじめの先頭にいるけど、映画版では橘が先頭となっていじめて、妙子は後ろにいる。テーマ的に、原作のエッセンスとしてはそっちの方が正しいなと思って脚色してるけど。
松久 内藤くんの映画に出てくる人って、みんな倫理観がおかしいじゃないですか。
内藤 そんなことないよ(笑)。
佐野 教育的な映画も撮ってますよ。
川口 でも街の人々は、最初からおかしかったよね。彼女の復讐が始まって、街の人たちにヤバさが伝播したっていうんじゃなくて、もともとヤバかったでしょ。
内藤 まあ、そうですね。「田舎ってあんなもんだ」みたいな。
川口 その「あんなもんだ」がある種、ステレオタイプなのかもしれない。男子と女子の描写の温度差とかもそうかもしれないけど。
松久 田舎だからああいうことが起きたのかな。ああいうことが起きても違和感がないように、田舎にしたんじゃないのかなって思ったんですよ。原作を読んだ時。ああいういじめ方をする人たちは、都会にもいるだろうなと。
川口 ただ、殺しても数日間バレないっていうのが、田舎だよね。
松久 そう、あの復讐劇を成立させるために、雪に閉ざされた田舎の街にしただけで、ああいう人は別に田舎にも都会にもいるよねって思ったんです。
川口 妙子が真っ白い服を着て、バス停に現れるシーンのあとから、映画が変わったなっていう印象があったんですよ。そのへんから、何の映画か一瞬わからなくなった。あそこから、ショットのリズムが変わった気がしたんです。
内藤 あー。
川口 あと、家族に火をつけて殺したところを、回想で見せているのが、まあその……僕も要らないと思ったんですよ。説明が増えた気がして。
松久 原作でも、あの場面が出てくるのは最後の最後ですからね。
川口 一回、春花の復讐劇に区切りがついて、そこからバトルロイヤルみたいになっていくよね。漫画原作だってことは知ってたから、週刊連載で急に漫画のタッチが変わったみたいなことなのかなって思ったんです。
内藤 それはあると思いますね。原作の押切(蓮介)さんが、もともとギャグ漫画しか描いてなくて、シリアスな漫画も描けるって証明したくて連載を始めたのが『ミスミソウ』なんですね。で、たぶん、妙子のキャラクターが深みを持ち始めるのって、連載の後半なんですよ。
川口 バス停の、後?
内藤 第1話の頃は「いじめをしている人たちのひとり」だったのが、おそらくはバス停の前ぐらいから、妙子のキャラクターがふくらんでいって。で、連載が終わった後に「完全版」として、書き足された部分があるんですね。それを映画では、ラスト、妙子が春花の髪を切っている場面に応用したんですけど。実は彼女たちには、深いつながりがあったのだという。連載漫画って、ゴールが途中から見えてくるってことがあるじゃないですか。映画では、最初から妙子と春花の関係性にゴールを置いて、そのゴールに向かっていこう、というのが唯野さんの脚色だったんだと思うんです。
川口 なるほどね。なるほど。それぞれに、面白さがある。
松久 だとすると押切さんは、やっぱり家に火をつけるシーンは、見せたほうがいいなと思われたんでしょうね。ヒロインの憎しみを見せるためには、どれだけひどいことをされたかを見せた方が、納得できるじゃないですか。あそこまでされたら、復讐してもいいよって。そういう作り手の心境の変化って、連載している間にどういうふうに変わったのかなって、今ちょっと思いました。
川口 全体の構成がすでにあった上で書いていくのと、「来週どうなるかわからん!」っていうのとでは、ベクトルがまるで違うからね。
内藤 連載漫画の実写化で、大変なのはそういうところですよね。連載のうねりがあってこそのエピソードなんだけど、2時間に収めるとなると、削ったほうがいいっていうことが起こりうる。でもそういうエピソードほど、作者や読者の思い入れがあったりして。『20世紀少年』も、繰り返しになっちゃっているでしょう。カタストロフィーが3回ある。もちろん、原作通りにやると3部作になっちゃうんだけど、すごくうまくまとめて1作にしたら、絶対もっと面白くなったと思うんですよね。
冨永(圭) 回想シーンって、むずいですよね。試写で初めて観たときは、そんなに気にならなかったんですけど、昨日映画館で2回目を観た時に、回想シーンに入る時に「回想シーンに入ったな」って思っちゃう現象が起きて。普通に考えたら、おかしいじゃないですか。いきなり過去の時制が入るというのは。そうすることで「この回想は誰の回想なのか」っていう主体を見極めざるを得なかったりする。
松久 でも最近の映画って、誰の回想だかわからない回想シーンが多くないですか。
一同 あーーー。
佐野 『バーフバリ』!
松久 そう、『バーフバリ』!
内藤 仰天したよね。「回想」っていう尺の使い方ではない。
川口 あれは回想というか、歴史だろう(笑)。
佐野 あと、『マンハント』も。
内藤 『マンハント』の回想はヤバかったね!
川口 へえ、『マンハント』観てない。面白かったの?
一同 いや!(笑)
内藤 あれは、ヤバいっす。
川口 ヤバそうな匂いはぷんぷんするね。
内藤 なんか、5分ぐらい前の出来事が、回想で入ってくるんです。
一同 (爆笑)
松久 たぶんジョン・ウーが、編集しながら忘れちゃったので、5分前のことをもう一度回想するんです。
内藤 イーストウッドは、回想の中でまた回想が始まったりしてたよね。
山形 それは「回想」ではないんでしょうね。
川口 「説明」になっちゃうといけない。
冨永(圭) 観客に対する情報提示というか。
内藤 本打ち(合わせ)とかをしてると「ここがわかりにくいから回想を入れましょう」って言われることがしばしばあるけど、それだと映画のリズムが止まってしまうんですよ。たしかに、鬼門ですよね。回想って。
松久 主人公がカッチリしてる映画だと、全部、その人の回想っぽく見えちゃうじゃないですか。その人じゃない人が出てくる回想だと、別の人が回想してるっていうシーンを入れなきゃいけないけど、ある程度キャラが分散してる映画だと、いきなり入れてもそんなに違和感なく、物語の中で単純に「過去のシーンを入れてるよ」「時制がズレてるだけだよ」っていう見せ方ができる。最近の映画は、物語の作り方が結構、ひとりの主人公というよりも、筋の置きどころが分散してたりするんで。たぶんそういう違いが、傾向としてあるんだろうなと思いますね。
冨永(圭) そういう映画ってよく監督が、「この映画の主人公は、人ではなく、街です」みたいなことを言うじゃないですか。ウソつけ!って思いますよね。
一同 (笑)
松久 今、なんとなく言ったね。
内藤 具体的に、誰のことを言ってるんだ(笑)。
【3】 さて。いよいよここから、彼らが自主制作中の最新作『許された子どもたち』へと話の軸を移そう。11期生が中心となって、企画から完成までを手がける本作。元教師でもある内藤瑛亮が、10代の屈折や成長を繰り返し描く、その真意について迫る。
——皆さん、案外「さん」付けで「ですます」調なんですね。
内藤 つきあいは10年になるけど、確かにそうですね。
山形 でも内藤さん、たまに僕に敬語が混じりますよ。
松久 ただ、山形に敬語を使う人はいないですね(笑)。
川口 そうだ。山形だけ「山形」だな(笑)!
松久 メールの書き出しに名前を置く時に、「さん」とか「さま」をつけるほどの存在ではないんですよ、山形は。だからって、「くん」っていうのも違う。
冨永(圭) 僕はどれも恥ずかしすぎて「氏」にしちゃいます。「山形さん」「山形くん」……恥ずかしい。そんな呼び方したことない。
松久 だから山形からメールがくると、返信する時にすごく困る。
山形 いや、でもビジネスメールは「さま」じゃないですか?
冨永(圭) ビジネスメールちゃうやん(笑)。だいたい旅行の話か、打ち上げの話。
内藤 若い俳優たちが現場に入って「敬語とかやめて、下の名前を呼び捨てし合おうぜ!」とか言ってるのを見てると、ちょっと恥ずかしくなっちゃいます。つらくなっちゃう。
川口 俺は中学の時にバンドを始めて、そいつらと「下の名前で呼び捨てし合おうぜ!」をやってみたけど、3ヶ月ぐらいで自然消滅しました(笑)。
——では『許された子どもたち』について、おうかがいできますか。
内藤 脚本自体は『先生流産』の撮影と公開の間、2011年ぐらいから書き始めてたと思います。わりかし早い段階で山形に「一緒に書きましょう」って相談して。というのも、高等科の井土紀州監督のコラボで同じ脚本チームだったんですよね。 特に僕は井土さんの、実際の事件をもとに脚本を書いていくことに興味があったし、山形もそうだと思ったので「実は山形マット死事件をもとにした本を書いてるんだ」という話をしました。
『先生流産』公開前後から、いろんなプロデューサーから声がかかるようになって、それまで就いていた教職を辞めて、映画監督業を始めていくんですけど、その中で幾人かのプロデューサーに、この企画について相談していたんですね。プロデューサーの人はだいたい「企画があれば何でもうちに持ち込んできなよ!」とか「とりあえず今回は仕事として割り切って、その後、内藤さんが本当に作りたいものを一緒に作りましょう!」って言うんですよ。「わかりました!」って言って、『許された〜』の企画を送ると、そのまま、返答がなくなるんです(笑)。
実際、大してネームバリューのない監督のオリジナル企画が当たるかどうかはわからないし、例えばアイドルとかを出せば予算を出しやすいかもねっていう話もあったんですけど、『許された〜』に関しては、そういうことにはしたくないなと思って。
そうやって悶々としているところへ、2015年2月20日に川崎市中1男子生徒殺害事件が起きたんです。どうしても撮りたいという思いが高まって、自主制作でやろうと思い始めたんですね。 商業の仕事をしているとき、現場でスタッフから「内藤さん、ここはもっとこうしたいはずなのに、抑えてますよね?」と指摘されたことがあったんですよね。実際、制約があってやりきれないことがあって、黙ってはいたんですけど、伝わってしまって。「自主制作とかやらないんですか?」「それならギャラは関係なく、一緒にやりたいです」って言ってくれる人もいて。その好意に甘えるような感じで、企画を進めていきました。
それで、まず最初に呼び込んだのが、佐野さんでした。制作的なところで、助けがほしいなと思って。その頃、『ジョギング渡り鳥』(2016。アクターズ・コース高等科1期生の修了作品。監督:鈴木卓爾)に深く関わっていたんですよね。
佐野 助監督と制作と、ごっちゃになったような感じの役割を担当してました。
内藤 何より『ジョギング渡り鳥』が楽しそうだったんですよ。カメラマンが中瀬くんだったり、録音が川口さんだったりして。いいなー!って思いがあって。
川口 僕は現場は後半戦から。途中参加でしたね。(そのあとの仕上げが長かった……)
内藤 制作的な準備から、長い長い仕上げと公開まで含めて、みんなが一丸となってやってる感じがすごく楽しそうだなと。もちろん、自主制作って、多くの人に無理を強いるので、あまり容易に言っちゃダメだと思ってたんですけど、でも自分の中で、「自主映画を撮る!」っていうことに、もう一度飛び込んでみたいという思いになったんです。
川口さんは終盤の録音部として来てもらって、タケさん(冨永威允)とか冨永(圭祐)さんには現場に応援に来てもらいつつ、編集を冨永(圭祐)さんに、一緒にやってもらおうかなということで、進めているというのが今の状況です。
——佐野くんは、最初に声がかかった時、どう思いましたか。
佐野 んー、いや……どうでしたかね。
内藤 だいぶ躊躇してましたよ(笑)。
山形 二つ返事で「ええで!」っていうイメージしかないけど。
内藤 「大変やで!」っていう反応が、まずありました。
山形 ああ。直近で『ジョギング〜』を経験してるから。
佐野 同期の作品だし、普通に手伝おうとは思ってましたけど、『ジョギング〜』の公開の頃に話を持ちかけられたんですよね。
内藤 そうだ。公開が盛り上がってるのを見て「いいなあー、俺もやりてえなあ!」って指くわえてたんだった(笑)。
冨永(圭) 確かに、『ジョギング〜』はうらやましかったですね。
佐野 楽しかったです。いろいろ、大変なこともありましたけどね。
内藤 もちろんそうだったと思うけど、監督がやりたいことをやりたいようにやってるっていうのは、大事だなあって思って。橋口亮輔監督の『恋人たち』(2015年)とか、濱口竜介監督の『ハッピーアワー』みたいに。
商業的な要請で「これができない」とか「こうしないとお金が下りない」っていうのは、わかるにはわかるけど、その結果、息苦しいものができてしまうと、その息苦しさって実は伝わっちゃうんだと思います。今回参加してくださったプロのスタッフさんたちは、そういうことにどこか疲れちゃってるようなところがあった。2016年の秋に告知動画の撮影をして、年末に情報解禁しました。ワークショップの準備をしているときに、『ミスミソウ』の話があったから、現場に行ってる間は佐野くんや山形くんに任せて、戻ってきてからワークショップをしながら『ミスミソウ』の仕上げをするっていう感じでした。
——まず、ワークショップだったんですか。
内藤 今まで「ワークショップの講師をやりませんか」みたいな依頼はあったんですけど、全部断ってたんですよ。自分が演技を教えるなんて、俺もよくわかっていないのに!と。でも今回は「作品を作るためのワークショップ」だったので、だったらできるなと思ったのと、作品のテーマに向かって、みんなで時間をかけて作るということをやってみたいと思ったので、やりました。そしたら、女子の応募が多かったんですよね。
山形 多かったですね。アンケートも、真面目に書いてくれてるのは主に女子でした。
内藤 だし、撮影の参加態度も、女子の方が真面目でしたね。男子には何度も悩まされた。
佐野 ワークショップが終わって、実際の撮影に入っていく段階で、いろいろと、ありましたね。
内藤 商業だと、そのままクビにすれば済む話かもしれないけど、今回は「つきあっていこう」っていうスタンスだったので、何度か呼び出して生徒指導するという場面がありました(笑)。
佐野 内藤さんのキャリア的にも、かつて教師だったというのもあったし、題材も「いじめ」に向き合うということで、教育的な面が強い現場になったんですよ。遅刻した子だったり、来なかった子に対して、ちゃんと話をするっていう。ほんと「先生」みたいだった。
内藤 ひとり、「塾の合宿で撮影に行けません」っていう子がいて(笑)。山形がスケジュール管理をしていたから、「わかってる予定があったら教えてって言ってあったよね?」って言ったら「そうなんですけど……塾があるんです」って、僕らが塾に負けるという事態に(笑)。
山形 負けました。受験生なんでね。そりゃ負けますよね。
内藤 そこで「報告・連絡・相談」の「ホーレンソウ」の大切さについて、たっぷり話をしましたね(笑)。あと、実際に不登校を経験していて、精神的にとてもナイーブな子がいて、それに沿った配役をしたんですね。彼女が精神的にも肉体的にも苦痛を受けるシーンがあるんだけど、それが彼女の過去をフラッシュバックさせて、彼女の心を傷つけることになりはしないかという不安がとてもあったんです。それでカウンセラーの資格を持っている方に現場へ来ていただいて、「撮影上、嫌なことがあったら、しなくていいよ」「俺に言いづらかったらカウンセラーさんに言ってくれればいいから」って、とても慎重に撮影しました。
冨永(圭) 確かにこういう題材だと、そこが非常に不安になりますね。
佐野 ワークショップの段階でも、アクターズ講師の近藤強さんに相談しました。
内藤 いじめのロールプレイを体験させたいんだけど、本当に相手を傷つけたり、トラウマになったり、実際にその時の関係性がその後も続いても困るから、何か方法がありませんか、って。そうしたら、自分が演じるものの名前をガムテープに書いて胸に貼って、終わったら、はがす。「もうおしまいだ」ということを、視覚的にもわからせるという方法を提案されましたね。あとは、役名を人間以外のものにして、その人本人と切り離す、とか。例えば「レモンさん」って役にして、「酸っぱ過ぎなんだよ!」「黄色、キモ!」みたいにイジメる。
佐野 あと、筑波大学の教授の土井隆義先生にもお力をお借りしました。いじめについての著作が多くて、ワークショップについても協力していただいて。大学で教えておられることを、ワークショップでも講義していただいたんですけど、子どもたちはとても熱心に聞いていて。
内藤 僕らも、そこで学んだことも多かったですね。ただ映画を撮るんじゃなくて、出演者と一緒に僕らも学んでいくっていう場を作れたのがよかったですよね。その間、山形は事件資料を調べてくれて、「川崎中1殺人事件」の傍聴記録をみんなで演じてみたりとか。
冨永(圭) 年齢的に、まだ大人になっていないじゃないですか。本当はその年齢層の子たちを撮りたいけど、危ないからって避けて、大人の役者を連れてくるっていうことも多いのに、内藤さんは子どもたちでいくことを貫いた。すげえなと思って。
内藤 いや、でも「#Me Too」とかさ、「後々思い返したら、あの時はつらかった」っていうのがあるじゃん。そこが、計り知れないですよね。
松久 うん。その時その場では何も言えないし、時間が経ってみないとわからない。その時は「大変だった」だけかもしれないけど、大人になってから「自分が今こうなのって、あの時のあれのせいかもしれない」って思うかもしれない。
内藤 そう。細心の注意を払って取り組んだけど、それでも、完璧かどうかは俺ら自身にも計りかねますね。
山形 でも、今考えられることは、全部やったなとは思ってます。
松久 公開されてからもまた、いろんな反応が返ってきますからね。『先生流産』の時も、ポジティブな意見ばかりではなかった。
内藤 あの時、心無いなあと思ったのは、「出てくる女の子たちが全員ブスだった」みたいなツイート。書いた本人は、褒めてるつもりなんですよ。「美人過ぎると嘘くさい」「アイドルを呼んでくるような映画じゃなくてよかった」っていう意味で。でもそのツイートを、本人たちが目にできちゃうでしょう。
山形 ごく一般の、役者を目指してない子たちもいますからね。
内藤 そうか。公開までに、みんなにこういう話を聞いてもらう場を、設けた方がいいかもね。一般観客からの反応の受け止め方・受け流し方について。
山形 それはいいと思いますよ。僕らには前回の経験がありますからね。
内藤 あと、事故にはすごく気をつけました。
佐野 「独立映画鍋」で鈴木卓爾さんが、俳優の危機管理についてトークされてたんですよ。
内藤 その場では作品名は伏せてくれていたんですけど、僕が撮った「うみのて」の『WORDS KILL PEOPLE』っていうPVに出演していただいた時に、卓爾さんに怪我させちゃったんですね。事前準備をしていないのに、難しいアクションを要求してしまって。でも現場が止まるのを防ぐべく、卓爾さんは怪我をしたことを黙っていて下さったんです。直接お聞きした訳ではないので、気を遣って下さっているんだと思います。
佐野 僕らも、直接は言われてないです。
内藤 誰から聞いたんだろう。とにかく誰かから「あの時、怪我されてたらしいですよ」って聞いて、驚いて。あってはならないことなんですよ。もっと大きな怪我になっていた可能性もあったので。すごく反省しました。『ミスミソウ』もアクションが多くて、10代も多くて、でも子どもから大人に向かって「これ、危険です!」とは言えないじゃないですか。それがないように注意を払って、「危ないときは絶対に言ってほしい!」って伝えました。実際に一度、あったんですよ。山田杏奈さんがアクションシーンで「あ、これ、怪我します!」って。偉いなあと思って。こんなおっさんに囲まれながら、自分の意見をちゃんと言えて。でもこちらが気づけず、彼女に言わせてしまったことも良くないことで、申し訳なかったです。
松久 現場におっさんがたくさんいるのは、よくないっすね……
山形 大人に囲まれると「やらなきゃいけない!」って思っちゃいますからね。
内藤 結果、圧力を与えてることになっちゃうからね。だから基本的には、僕ら側が先に気づいてあげなきゃダメなんですよ。『許された〜』のときは、できるだけそうなるように心がけたんですけど、逆に俺が怪我をしました。
山形 卓爾さんの痛みが内藤さんに返ってきた(笑)。
内藤 『ゾンからのメッセージ』(鈴木卓爾監督2018年夏ポレポレ東中野にて公開)、によるメッセージです。河川敷で、オスモっていう小型のカメラで追いかけて撮る場面があって。撮影部が何回も転んでて、「俺ならもっとうまくやれる!」っていう思いがあって(笑)。「僕がやります!」って宣言して、うわーーっと走ったら、転んで、カメラの柄があばらを直撃しました。そのあと、声が出なくて。(お相撲さんみたいな声で)「よぉい、ふぁい!」「もぉお、いっくわぁい」って。結局、あばらは折れてはいなかったんですけど、「3週間痛みはとれません」って言われました。
——内藤組に参加すると、どんな楽しさや面白みがありますか。
山形 『許された〜』に関して言うと、ワークショップで僕と佐野さんは、ずっと子どもたちを見てきていたので、どうしても思い入れが強くなるんですね。
佐野 親戚のおじさんの気分でニコニコ見ていました。
山形 いじめとか少年犯罪っていうヘビーな内容ではあるんですけど、現場は常に笑いが絶えなかったですね。殺伐とした空気には、あんまりならなかった。
川口 その空気を、意図して作ってるように感じたけどね、俺は。
内藤 日本映画の現場って、怒声がつきものじゃないですか。でも、撮影の伊集さんが「子どもたちの前でスタッフを怒鳴るのはやめましょう」って言ってくれたんです。現場スタッフのオラオラ感って、怖いじゃないですか。
冨永(圭) ある種のパワハラが、まかり通ってる世界ではありますよね。
松久 みんなのパフォーマンスが落ちますよね、そういうことされると。いいこと、なんにもないですよ。
内藤 こんな言葉を使う人が、この時代にいるんだ!と思う。「白痴かよお前はァ!」とか。
山形 放送禁止用語が出た(笑)。
内藤 そんなボキャブラリーがあるなんてさ。「つんぼかよ、お前はァ!」って。
山形 どんどん出てくる(笑)。
佐野 そういう風通しの悪さが、商業だと生じてしまうことがあるから、自主で風通し良くやろうよっていう思いがみんなにあったのかもしれないですね。川口さんはどうだったですか。途中から現場に参加して。
川口 久しぶりの自主映画で、癒やされましたよ。
内藤 癒やしのポイントって何なんですか。
川口 なんか……ゆったりしてた。スケジュールだけじゃなくて、精神的にも。
松久 1年ぐらいかけて撮ってるから、子どもたちが成長してるんですね。僕は毎日参加してるわけじゃないから、久しぶりにみんなに会うと、明らかに大人になってる感があった。子どもたちも、撮影チームの中で、自分の役割を認識していたと思います。自分たちでも率先して動いていたので。
内藤 ヒロイン役の子は、そもそもそんなに積極的な子じゃなかったから、撮影の序盤は自分の意見をなかなか言えなかったんだけど、終盤の頃には言い始めたんですよ。「こうしたほうがいいと思います」とか「こっちがいいです」とか。それは、成長を感じましたね。
佐野 今回、スタッフとか、手の空いている子どもたちに「ある視点 部門」と称してカメラを持たせたんですよ。
内藤 Bカメ的なことじゃなくて、遊びでもいいから、好きなものを撮っていいよって。
佐野 その中で松久さんは、なぜか女優さんの胸元を重点的に(笑)。
松久 いや、主要なところはみんな撮ってるんでね。撮られてないのはここかなって思って。
佐野 とみー(冨永圭祐)が編集で素材を観て「全っ然使えなかった!」って。
冨永(圭) 「ある視点」って誰の視点?って思った。
一同 (笑)
内藤 でも「ある視点」撮影を入れたことで、遊び感みたいなのが出てよかったですよね。
松久 特に子どもたちは、撮影が切羽つまってくると、大人たちから放置されるじゃないですか。そうなるとみんな、遊びだすんですよ。
冨永(圭) それぞれの子どもたちの興味がわかって面白かったですね。ただただ、口ばっかり撮ってる子とかね。 内藤 ヘルツォークの『バッド・ルーテナント』のメイキングを観たら、スタッフTシャツの背中に「映画を撮る時は子どものように」みたいな文句が書いてあったんですよ。そういう遊び感を、今回はやれた気がしますね。
冨永(圭) 映画っぽくなるかならないかじゃなくて、カメラを使って遊ぼう!っていう。
内藤 子どもは大いに成長したけど、大学生には悩まされたね!
山形 インターンで来てくれてた大学生が、日に日に減っていくという(笑)。
冨永(圭) それって、ジェネレーションギャップみたいなものなのかな。
松久 普通に、嫌なバイトを辞めるのと同じ感覚なんじゃないですかね。現場の雰囲気が和やかだったので、「俺ひとりぐらい辞めてもいっか」みたいな。
内藤 いや、単純に人は、中学高校で成長して、大学生になると退化するんじゃないかと思った(笑)。
松久 彼らが期待してたのは、もっとキレッキレでバリッバリの現場だったと思うんだけど、実際はそうじゃなかったから。
内藤 来てみたら、おっさんたちが子どもたちとキャッキャしてたっていう。
松久 話をしようにも、真面目な映画談義が始まるわけでもなく、俺とかタケさんがずっと雑談してるっていう(笑)。
冨永(圭) そうか。見限られたんだ。
川口 その気持ちはわからんでもない。
内藤 なるほどね。でも彼らがキレッキレでバリッバリの現場に行ったら、ボッコボコにされると思う(笑)。
——そもそも、どうやって集めた方たちだったんですか。
内藤 まず、『ミスミソウ』の現場に手伝いに来ていた大学生が、最終的に寝坊してフェイドアウトしたんですよ。それで「もう一度頑張ってみない?」っていうことで、『許された〜』の現場に誘ったんです。
川口 優しいなあ……!
佐野 教育的態度ですよね。
内藤 で、無断欠席が3~4回あって、「ダメだよ、ちゃんと来なきゃ」と。「寝坊していいから、連絡はしようね」っていう話をして、復帰してくれて。ただ、結局最後は、無断欠席したまま来なくなってしまったという。
佐野 あと、インターンとしては技術部として、武蔵野美術大学の学生さんを紹介してもらって助けてもらいました。(こっちの大学生の子たちはしっかりしていました。)
内藤 それと、女子高生の子が来てたんですけど、彼女はTwitterで情報を観て、「映画に興味があるから」ということで。
山形 そこには、少し警戒がありました。未成年ということもあって、どこまで任せられるのか、任せちゃってもいいのかと。
内藤 だから「ちょっと手伝ってもらう」ぐらいのつもりでいたんですけど、結果、最後まで頑張ってくれたんですよね。
佐野 あと、メインでやってくれた助監督の中村洋介さんも、内藤さんが自主企画で映画を撮るという情報を、ネットで見かけて、連絡をくれて。
山形 そういう方たちは「こういう人を集めたい」とかじゃなく、ほんと、たまたま集まった感じですよね。基本的にはやっぱり、11期に頼っちゃう。
佐野 自主だから、ちゃんとした対価が払えるわけではないから、どうしても同期を経由しちゃいますよね。
内藤 他の期からも、12期のアヤパン(加藤綾佳)が来てくれたんですよね。監督業も忙しいのに。さらに出演シーンもあってね。「カーセックスし終わったカップル役」。
一同 いやいやいや(笑)!
内藤 あれは、アヤパンが自分で言い出したんだよ。車の中に座ってる男女っていう設定だけだったんだけど、「内藤さん、これってカーセックスし終わった的なことですかね?」って。「……(間)……うん!そう!」って(笑)。
川口 発想が、やべえな。
内藤 でも編集してみたら、案の定、そのシーン要らなくて。
一同 (爆笑)
内藤 なので、おしゃれなカフェ店員役で、また出てもらいました。
佐野 あとは、13期の磯谷渚さんとか。
内藤 20期の相澤(亮太)さんも。髪の毛を切るシーンがあったので、美容師免許を持ってる人を探していたら、フィクション・コースTAの星野くんが紹介してくれて。
佐野 アクターズ・コース4期修了生の、しらみず圭くんも来てくれましたね。
冨永(圭) 僕が撮った映画の現場で、むちゃくちゃ頼りになったんですよ。
佐野 彼は京都の東映撮影所で助監督経験があって、自分の作品を作りたいという思いが強かったので、映画美学校に来たんですよね。
内藤 今回は自主制作だったから、本当だったらスタッフにお任せするようなことも自分で動いたりもしたので、その分、「スタッフって普段こんなに大変なんだ……!」っていう実感がありました。夏場の衣装とか、みんな汗をかいちゃうので、撮影が終わった後に俺が家に持ち帰って、洗濯機かけて、近くのコインランドリーで乾かして、現場に持っていくとか。自分の車も出していたので、集合場所まで運転して行くんですけど、渋滞していて遅れたりするじゃないですか。でも撮影日に遅れたら大変でしょう。だから早めに出なきゃいけない。ああ、制作部って普段はものすごく早くから来て待ってくれてるんだなあ!っていうのを肌で感じました。
冨永(圭) 内藤さんは美学校時代も、平日フルタイムの本業があったのもあって、実習でも修了制作でも、スタッフをがっつりやったことがなかったんですよね。
内藤 そうそう。やれてないんです。ほぼ経験してない。
佐野 本当は、監督が演出に集中できる環境を用意できなきゃいけないんだけど。
冨永(圭) でも、無理でしたよね(笑)。
内藤 うん、しょうがなかった。主人公の目元に古傷があるっていう設定があったんですけど、毎日俺がメイクしてたんですね。一度、そのメイクをすっかり忘れてたことがあって。テストも撮影も終わっちゃってから「……あれ、古傷がない!!」って。
一同 (爆笑)
——そんな皆さんが、内藤作品に関わり続ける理由って何でしょう。
冨永(圭) そこにはたぶん、理由ってなくて。監督としてやれてるのが、今、内藤さんだけだからだと思います。
佐野 うん。そんなに深い理由があるというのではないかも。
山形 「やらない?」って言われたら、やりますね。
松久 断る理由がないですよね。
冨永(圭) 映画を作るのを辞めることは、すごく簡単なんですよ。ただ、やらなきゃいいだけ。でも僕らは、映画を辞めたくはないし、もちろんみんな監督をやりたくてこの学校に入ってきたわけだけど、自分が監督をやらない限り、あるいは特殊な技術を持っていない限りは、映画作りに関わることができないんです。誰かの映画に関わらないと、映画作りは続けられない。で、みんな、基本的には、ずっと映画作りに関わっていたいと思っている。そんな中、内藤さんが映画監督になって「一緒にホンを書きましょう」「編集をやってください」って言ってくれる。そしたら、尻尾を振ってっていうわけじゃないけど、お誘いがあったら乗るっていうだけです。
内藤 この話って、一番最初の「なぜうちらが今も仲がいいのか」につながる感じがありますね。僕は新作映画を観た後に、このメンバーの意見が聞きたいなと思うことがすごくあるんです。それが一番、楽しかったりするんですよね。映画作品そのものよりも、その後このメンバーでダベることの方が楽しい。それは、初等科の頃からそういうノリだったような気がするんですよ。
一同 (黙って聞いてる)
内藤 美学校の授業の後に、終電を逃しちゃって、銀座の京橋からみんなの家まで歩いて帰ろうとしたじゃない。1時間ぐらいして「無理だ!」って気づいて。
山形 ありましたね。
松久 頭悪すぎる(笑)。
内藤 で、タクシーで新宿に行って、オールナイトの映画を観ようってなって、ダラボンの『ミスト』を観たんですよ。その映画に出てくる宗教家のおばちゃんが、みんなが知ってる、ある人にそっくりだっていう話題で盛り上がって。
一同 (爆笑)
内藤 そういうことを、いまだに話せるし、いまだに笑えるんですよね。
山形 ほんと、何度聞いても笑える話っていうのが、僕らにはいっぱいありますよね。
内藤 佐野さんが『先生流産』の時にJAFを呼んだ話とかね。
川口 その車には俺も乗ってたからね。
一同 (笑)
内藤 その模様は『先生流産』の本編にも残っています。ある場面の画面奥に、田んぼに突っ込んで傾いたハイエースが映り、別のカットで、来てくれたJAFの人たちが映り、また別のカットで、ハイエースが姿を消すという。
一同 (爆笑)
松久 いい話が、いっぱいありますね。
——以上、こちらとしては取れ高はばっちりですが、何か言い残してることはありますか。
一同 いえ!
内藤 じゃあ、飲みに行きますか。
山形 行きますか!
佐野 大丈夫ですか。むちゃくちゃ雑多な話でしたけど。
冨永(圭) それは毎回思いますよ。映画B学校の座談会のたびに。
内藤 さも、テーマがあるかのようなまとめをお願いします(笑)。
(2018/04/13)
冨永(威) 「映画美学校11期生」です。
内藤 あっさりしてる(笑)。
冨永(威) でも、ここで聞きたいのは、なんでこんなに仲良くなったか、っていう話ですよね。
——そうですね。
佐野 よく聞かれますよね。今の初等科生が「21期」なので、ちょうど10年経ってるわけだから。
内藤 「まだ、そんなにつながりがあるものなんですか?」って聞かれて、うちらが異常なのかもしれないって思って(笑)。
山形 気持ち悪いっちゃ、気持ち悪いかも。
川口 俺は「11期生の結束」とか言われても、あんまりピンと来ないんだよな……
冨永(威) 今思えば、コラボ(※フィクション・コース高等科のカリキュラム。講師となる映画監督の監督作品に、受講生がスタッフとして関わる)が大きかったかも。ほんとにいろいろあったから。
内藤 俺は、ほぼ行けてなかったんですよ。平日は働いていたので。
川口 俺はコラボが終わってから半年ぐらいの記憶がないんだよ。
一同 (笑)
川口 もう時効だから言うけど、到底撮影が終わらない分量を5日で撮影が終わるっていうスケジュールを美学校に出さなきゃいけないから、提出する用のスケと、ほんとのスケを用意したじゃない。
内藤 文書改ざんですよ。いま話題の。
山形 この話、載せてくださいね。
川口 今後の戒めとして、ぜひ。
——じゃあ、皆さんを結びつけたのは、コラボのしんどさ?
内藤 いや、初等科から仲良かったですよね。ふるにゃん(古澤健)の存在もあったんじゃないですか。1期の卒業生である古澤さんが、11期を教えてたわけだから、考えてみたら今の俺らが21期生に講義するようなものでしょう。
一同 あーー。
内藤 他の講師は「雲の上」感があったんですけど、古澤さんは「雲の下」感が……って言い方的にアレか(笑)。相談しやすい存在だったんです。
佐野 覚えてるのは、演出実習の時。僕らは講師陣にかなり怒られたんですよ。
内藤 脚本が何を伝えたいのかを考えようともせず、奇をてらったことをしてしまったんです。
佐野 「もっと脚本を読み込んで、理解しようとしなきゃダメだよ!」って怒られて、シュンとなってるところに古澤さんが「アホやなあ!」って声をかけてくれるような、兄貴みたいな存在だったんですよね。
内藤 飲みに連れてってくれたり、カリキュラムと関係なく、自主映画を一緒に撮ったり。
——みんなで集まると、映画の話をするんですか?
冨永(圭) 2人っきりのときは映画の話をするんですけど、3人以上になると、しないです。
内藤 基本、下ネタと、アイドルと、ブラックメタルの話。毎年、忘年会の時に、川口さんが「今年面白かったブラックメタルのPV」を紹介して、みんなで観るっていう恒例行事があります。
※2017年の忘年会で最も評判がよかったブラックメタルPV
『The Black Satans - The Satan Of Hell』
川口 確かに、秋ぐらいになると「今年は何を紹介しようか」って考え始めますね。
一同 (笑)
内藤 あと、古澤さんの新作が公開されたら、初日にみんなで観に行って、そのあと飲みながらダメ出しするっていう……いや、「ダメ出し」はよくないか。「ここが良かったね!」っていう話をします(笑)。
川口 「ここは頑張ってたよね!」っていうね。
佐野 上から目線ですね(笑)。
川口 内藤さんの新作がかかっても、みんなで観に行ったりはしないのにね(笑)。
——『ミスミソウ』は皆さん、いかがでしたか。
冨永(威) 本人の手応え的には、どうなの。
内藤 わりかし、やりたいようにやれたかな。
——急に来たオファーだったとか?
佐野 ちょうど、山形と僕と内藤さんとで『許された子どもたち』の打ち合わせをしてたんですよね。
内藤 出演してくれる子どもを募集する、準備をしてた頃ですね。だから話が来たとき、引き受けるべきかどうか、ふたりに相談して。
山形 それは是非やってください!って言いました。
佐野 内藤さんとしても、題材にも乗れるものだったから。
冨永(威) ディテールが『許された子どもたち』に似ているところがあるのは、偶然?
内藤 偶然ですね。ボウガンとか、靴に関するいじめとか。
川口 俺はね、登場人物がゲロを吐くのを観て、懐かしい気持ちになったよ。『先生を流産させる会』(2011)のゲロを、俺は作ったなあと思って。
冨永(圭) じゃあ、そのあたりのディテールっていうのは、原作にあったものなんですか。
内藤 そうそう。原作のディテールは基本的に尊重した脚色でした。
山形 どの程度、シナリオに手を入れたんですか。
内藤 ほとんど入れてないです。すぐに撮影に取り掛からないといけないので、大幅な変更をするのは不利だと思ったのと、唯野未歩子さんの脚本がすごく的確だったので、少しせりふを削ったのと、あとはラストの会話をちょっと足したぐらいですね。
山形 僕は試写で観て、佐野さんから原作を借りて読んだんですよ。原作には、主人公が自分の行為について苦悩するっていう描写があって。でも映画はそのへん潔く、ヒロインが何を考えてるのかわからない感じになっていったじゃないですか。あれは、せりふを削ったことによってそうなったという感じですか。
内藤 そうかもしれない。主人公の内面がどんどんわからなくなっていって、逆に加害者側の内面がどんどん明らかになっていくという脚本の構成を明確にしようとしてましたね。
川口 あのおじいちゃん(寺田農)は、何も知らないんだよね。俺、台所に主人公が立ってる時に、刃物を研いでる音が一瞬聞こえた気がしたのね。このじいさんは、もしかしたら全部知っていて、武器を彼女に提供していたんじゃないかと思って。
一同 (笑)
川口 だって、主人公が復讐する時の刃物さばきが完璧でしょ。仕事人みたいに。刃は血まみれなのに、すっごい切れ味じゃないですか。これ、家でめっちゃ手入れしてるな!って思ったんです。
冨永(圭) 確かに、殺すシーンについては、リアリズムは排してますよね。2カットだけ、ハイスピードで撮るじゃないですか。そのおかげですごくポップになっていた。あまり痛みを感じない暴力描写でしたよね。僕は原作を読んでいないけど、ひょっとしたら原作の方が痛々しいのかもなって思いました。
山形 原作の方が痛々しいです。
冨永(圭) あんなに残酷な描写だらけの映画なのに、観た後の爽快感がハンパないですよね。
山形 そして、笑えますよね。ちょっとやりすぎな感じが、ポップだから笑えちゃう。
佐野 除雪車は爆笑しましたね。
川口 シャマランの『ハプニング』(2008)の芝刈機みたいで面白かったわー! あれも原作通りなの?
内藤 原作通りです。原作ファンの間では、『ミスミソウ』といえば「除雪車」、っていうくらいの場面ですね。ただ、除雪車をなかなか借りられなくて。「何に使うの?」「人が巻き込まれて死にます!」っていうのはさすがになかなか通らなかった(笑)。でも、僕側ではことさらポップにしようと思っていたわけではなくて。
川口 いいバランスだと思ったなあ。
山形 それは確かに感じましたね。原作と、脚本と、内藤さんの演出と。
内藤 これまで同期とホンづくりをすることが多くて、『先生を流産させる会』は松久さんと渡辺あいさん(11期生/『電撃』監督)、『パズル』は山形さんと佐野さん、『ライチ☆光クラブ』は冨永(圭)さん、『ドロメ』は松久さん、『許された子どもたち』は山形さん。『ライチ』の時に、僕らの担当講師だった大工原(正樹)さんから「そろそろ外部の脚本家と組んでみれば?」って言われたんですね。「内藤くんのやりたいことを、同期の面々はわかっているから、そろそろ違う人と組んでもいいんじゃない?」って。去年撮った『不能犯』のスピンオフも、いま企画開発している作品もそうだけど、まったく知らない人と組むことの面白さっていうのもあるんだなあと今は思ってます。『ミスミソウ』も脚本上、ラストが原作と違ったわけだけど、唯野さんに「どうしてこうなってるんですか?」って聞く機会も余裕もなかったから、なぜそうなっているのかを自分で解釈していくというプロセスがありました。まさに僕らが、あの頃、叱られたことを思い出した。脚本が何を伝えたいのかを自分で考えて解釈するっていうことを、10年かかってようやく、しました。
山形 あと、すごい、青春映画でしたよね。
冨永(圭) 最後の、妙ちゃんのシーンがあるからなんでしょうね。ちょっと切なくなって。
山形 『天然コケッコー』みたいなね。
冨永(圭) カーテンがふわっとなって、外から光が差し込んでる感じ。
内藤 カーテンは、どちらかというと、乃木坂46の『ぐるぐるカーテン』のイメージです。
冨永(圭) ……あ、わからないです(笑)。
川口 大人の役者が、みんな変な顔なのは、何?
一同 (笑)
川口 みんな、眉毛が異様に太かったのは、メイク部の提案とか?
内藤 いやいや、偶然です。今、言われてみて「そういえば太かったな」って思ってます。
——『ミスミソウ』を観ていて、「ここが内藤作品だよなあ!」と思ったポイントなどはありましたか。
冨永(圭) もはや学校を舞台に、女の子たちが集まって誰かをいじめてたら、その時点で「内藤さんの映画!」感がありますよね。
佐野 まじめな話をすると、『許された子どもたち』もそうだけど、加害者側にフィーチャーしていくじゃないですか。普通だったら被害者側に焦点を当てがちなのを、加害者側に振っているというのも「内藤さんの映画」感を感じますよね。
山形 その、境界の曖昧さですよね。
佐野 コトを起こすまでのね。それから、バス停で妙子(大谷凛香)が土下座して謝るのも、内藤さんの中で「謝罪」というのが大きなテーマのひとつなのかしらと勝手に深読みしたんですけど。
内藤 確かに、『ミスミソウ』が『許された子どもたち』に一番つながるのは、そこかもしれない。
佐野 『牛乳王子』(2008)も実は謝罪の物語だし、『先生流産』にもそのテーマが根底に流れてますよね。自分で脚本を書いているから、そういう物語になるのかなと思っていたけど、今回はそうじゃないでしょう。
内藤 確かに、ずっとつながってるかも。
冨永(圭) でも内藤さんの作品で、ちゃんと謝れた映画って、そんなにないですよね。だからこそ『ミスミソウ』の妙子の謝罪と、それに対して春花(山田杏奈)がかける言葉が、すごく、グッと来るんですよ。
内藤 『牛乳王子』は、ある意味、ちゃんと謝ってる映画ですよね。
冨永(圭) あれは理由が簡単すぎて。普通なら誰しも5分で謝れることを、10年こじらせちゃった人の話ですから(笑)。あと、女の子たちに対しては、内藤さん自身がいまだにどこか恐怖の対象というか「得体のわからない未知の存在」みたいなところがあるように思う。だから、何を考えているのか知りたくなったり、綺麗だなあと思ったりするけど、一方の男たちのしょうもなさがものすごいじゃないですか。清水尋也くん演じる相場くんでさえ、あまり恐ろしくはないというか。「馬鹿だなあ」としか思えない感じが、他の作品と共通してるなあと思って。興味ないんすか。男の人に。
内藤 どうなんだろう……自分ではわかりづらいところかも。でも確かに『ライチ〜』を撮った後、松兄ぃ(松久育紀)に言われた第一声が「イケメンに興味ないでしょ!」だった。
山形 イケメン映画なのに(笑)。
佐野 『ドロメ』(2016)も「女子編」が面白かったですよね。
山形 僕も「女子編」が面白かったです。
冨永(圭) 女子がきゃっきゃしてるガールズトーク感を撮るのが好きですよね。
内藤 もともと『デス・プルーフ』が好きだしね。でも今回で言えば、相場くんのキャラを描けたのが、自分の中では大きかったです。女性に対する歪んだ認識が内面化していて、自分では自覚できていないという人物像。『先生流産』も、実際に起きた事件は犯人が男子だけど、女子に変更したことで、バッシングがあったじゃないですか。ミソジニストだって言われたり、監督が無自覚だと言われたり。僕自身、そこまでの反応を予測していなかったから、そういう意味では確かに、僕の中には無自覚で歪んだ認識があるんだろうなと思ったんですね。これからはそれを意識して作っていかなきゃいけないなと。それで今回、相場くんが、それそのものみたいなキャラクターだったから、自分自身の無自覚な暴力性について向き合うことはできました。そこについては清水くんと事前に話しました。彼自身は、正義の行いをしていると思っている。「僕が君を守る」っていう少年漫画的なヒロイックな言葉も、女性の自立性を無視した、ちょっと怖い言葉でもあるんですよね。
(ここで、そーっと大工原正樹が登場)
一同 えっ!
大工原 (そーっと椅子に座る)
冨永(威) ええと……実はこのタイミングで、俺も出ないといけなくて。
一同 えっ!!(笑)
冨永(威)(大工原に)あの、ほんとに、もともとこの時間に出ることになってたんですよ。
大工原 俺も、作業途中にちょっと顔を出しただけだから、気にしないで。
冨永(威) えーと、じゃあ、松久くんによろしく。
一同 お疲れさまでーす。
【2】 面白いなと思ったのは、みんなが思いのほか「ですます調」であることと、もうひとつ。メンバーが集まった頃、事務局の市沢真吾が顔を出し、座談会の最中に、11期講師の大工原正樹が顔を出したことだ。ふたりとも、そーっと入ってきて、そーっと話を聞き、そーっと帰っていった。ただただ、「11期生がしゃべる様」を見に来たみたいに。
山形 あと、音楽がよかったですよね。タテタカコさんの曲も映画にマッチしてるなと思ったし、僕が一番驚いたのは、有田(尚史。映画美学校「音楽美学講座」出身。内藤作品の音楽を多く手がけている)さんの音楽でした。これまでって、ポップでチャイルディッシュな曲が多かったと思うんですけど。
佐野 ノイジーな曲とかね。
山形 そう。でも今回は、堂々たる映画のスコアだったですよね。
佐野 オーダーのしかたを変えたりしたんですか。
内藤 全体の方向が、今までとまったく違うから、まず「自分の中では一番エモーショナルな映画になると思います」って伝えました。
一同 へえーー。
佐野 ……なんだろう、質問攻めにしちゃいますね(笑)。
内藤 感想を話しにくいよね。このメンバーにけなされたらヘコむけど、褒められると、どことなく忖度しあってるみたいに思われないかな。
一同 (笑)
——いつもは、皆さん率直に言われるんですか。
内藤 『ライチ〜』は、11期生には評判がよくなかったですね。同期の意見は、結構響くというか、刺さるところがあります。あと、13期修了生の中瀬慧くんも、かなりストレートな言葉で言ってきますね。
山形 オブラートにまったく包まない中瀬くん(笑)。
佐野 なんか、『ミスミソウ』を観た中瀬くんから、電話があったんですよね?
内藤 そうそう。深夜1時に。びくびくしちゃった。後輩なのに、怖くて怖くて。ほんとあいつ、言葉選ばないじゃん!
一同 (笑)
内藤 今回は褒めてくれたんだけど、何点かダメ出しされました。「あのカットとあのカットがつながってないっすよね、天候のせいだとは思いますけど」「す……すいません!」って(笑)。
佐野 映画に真面目なんですよね。
冨永(圭) そう。すべては、映画のためなんですよ。
内藤 実際、天候には悩まされましたね。山の天候は移り変わりが早いし。3月に撮ったから、雪があまり降らなくて、積もっている雪がどんどん解けるんですよ。オファーから1ヶ月後に撮らなきゃいけない事情はそこにあって、2月にオファーがあってけど、雪が解けちゃうから、雪がある場面を3月に撮らなきゃいけなかったんです。映画の前半部分は雪が溶けてから撮りました。だから序盤の相場くんと春花のシーンとかが、すでに壮絶に殺し合った後だったので、自然と距離感が近くなっちゃって。そこは注意しました。
山形 にじみ出ちゃうものなんですね。
冨永(圭) 天候で言うと、『ミスミソウ』では雪が降り出すタイミングが絶妙だったじゃないですか。復讐に向けてのあらゆるセッティングが完了して、さあここから始まるぞ!っていうタイミング。あれはどれくらい狙っていたものなんですか?
内藤 ここから始まるぞ感は意識したかな。加害者側の少年少女の哀しい日常の点描があって、静かな音楽から徐々にノイズが加わって、雪が降りはじめて、ばっと雪が降り積もった全景のドローンにつながり、被害者の主人公が今までと違う感じの表情で再登校するって。
冨永(圭) 映画の中で舞台が整う、ってことを考えることがあって。最初は登場人物の関係性とか、これから何が起こるのかわからないんだけど、いよいよそれらがセッティングできてから、話が本筋に入るという。例えば新しい方の『ファンタスティック・フォー』って、それがむっちゃ遅かったですよね。
山形 遅かった!
冨永(圭) いよいよ始まった!と思ったら、すぐ終わっちゃうっていう。
山形 肩透かし感がね。
冨永(圭) 『ミスミソウ』はそれが早かったと思うんです。そして雪が降ってきて、さあ惨劇が始まる!っていう。あのバランスがすごく好きでした。
内藤 そのへんって、唯野さんの脚本によるところが大きいと思います。雪が降るタイミングが、原作とはちょっと違うんですよ。橘(中田青渚)が歩いてくるカットで降ってくる。それは、唯野さんがそういうふうに脚色していて。
冨永(圭) 橘のカットで雪が降ってくるのにも、びっくりしたんですよね。正直、特に重要なキャラではない。でも主人公のカットで雪が降り出したら、ちょっとわざとらしいじゃないですか。そうじゃなくて、自然と雪が降り出してきただけなんやなあーって思って観てると、実は舞台が整っているという合図にもなっている。あれがすごくかっこよかったです。
内藤 あと、撮影の四宮(秀俊)さんとの仕事が2回目だったのも、僕の中では大きかったかも。四宮さんって撮影中に、とても自然にボヤくんですよ。『ドロメ』の時は2部構成だったので、深く返すことがどうしても多くて、無難なカット割りをしていたら、四宮さんがボソッと「……2時間ドラマみたいだな」って。「えっ?」って聞き返したら、「はっ!」ってなってた。
一同 (笑)
内藤 『ミスミソウ』の中で南先生(森田亜紀)が「心の声が出ちゃった!」っていう場面があるじゃないですか。ああいう人なんです。
冨永(圭) 四宮さんのボヤきを踏まえて、撮り方とか、意識していたことってあったんですか。
内藤 まずは、「四宮さんがボヤいても気にしない」。
山形 メンタル面だ(笑)。
内藤 あと、引き絵で撮ってる時に、人物の動きがつまらなかったりすると、「もう少し動きがあった方がいいんじゃない?」って言われたりもしました。それで、もっと広く使おうって思ったりとか。
(ここで松久育紀が登場)
山形 現場に入る前に「雪の映画で、参考になるものはあるのかな」って、グループLINEで聞いてましたよね。僕と佐野さんが挙げたのが、加藤泰の任侠映画と、セルジオ・コルブッチの『殺しが静かにやってくる』と、アルトマンの『ギャンブラー』。確かに、『ミスミソウ』は西部劇っぽかったなと思って。
佐野 復讐の話だからね。
内藤 『殺しが静かにやってくる』は撮影前に観返しました。『ミスミソウ』と似てますよね。
山形 そうですね。「生き残るの、そっち!?」っていう(笑)。
内藤 妹の祥子(玉寄世奈)が目覚めるカットも撮ったんだよね。あまりにも可哀相だから。目覚めるカットは途中まで入れてたんだけど、そうするとラストの妙子がブレちゃうので、プロデューサーが「ここは妙子だけに絞った方がいい」って。それでカットしました。カットして良かったと思います。
山形 最初、妹がなんか、こーゆー動き(お尻を左右にふる)をしてたじゃないですか。あれは、内藤さんが芝居をつけたんですか。結構インパクトがありましたけど。
内藤 あれは、嫁がよくやってる動き。
一同 (爆笑)
冨永(圭) まじですか。
佐野 まさかでしょう。
山形 開けちゃいけない扉を開けてしまった(笑)。
内藤 いろいろ、他にも動きをつけたんだけど、なかなかハマらなくて。これしかねー!って思って、嫁の動きを。彼女はテンションがあがると、ああいうダンスをするんです。
——祥子ちゃんのお芝居に、私は「お姉ちゃんが可愛そうだから私が朗らかでいないと!」的な、かすかな緊張を感じたんです。
内藤 そう受け取ってもらえるように意識してましたけど、本人にはそこまで話さずにやりましたね。ちっちゃい子って、いろいろ深読みをさせる余地を残してくれるじゃないですか。あまり考えずにやってくれるから。
冨永(圭) 春花と相場がデートに出かけるとき、祥子ちゃんは手を振った後、ちょっとだけ微妙な表情をするんですよね。
内藤 「手を振ったら、下ろして、これでお姉ちゃんとはお別れだからね」とだけしか言ってないんだけど。
冨永(圭) 何か、寂しい気持ちになったのかな。すごくいい顔だった。
——子どもたちに芝居をつける時に、「深読みをさせる余地」をどの程度、意識したり期待したりしていますか。
内藤 それは毎回期待してるかもしれないですね。あんまり感情とか役柄について話さないで、動きをつけるだけっていう感じで。『鬼談百景』(2016)の「続きをしよう」っていう短編で、墓場で鬼ごっこしてたらどんどん怖いことになるっていう話を撮ったんですけど、あれは自分でもうまくいったなと思っていて。演出的には、ただただ、鬼ごっこしか芝居をつけてないんです。「このお墓の上に乗って、あっち向きに走って」みたいな。子どもたちの芝居は評判良かったんだけど、動きしか指示してないんだよね。演出って何だろう、って僕もまだまだわからないんですけどね。
冨永(圭) ちなみに「続きをしよう」は、内藤さんのいない沖縄で、みんなで一緒に観ましたよ。
佐野 旅行先で観ました。面白かったです。ひとり、古澤さんに似た子どもがいるっていう。
内藤 そうそうそう! 最後の、ちょっとムカつく顔の(笑)。「ふるにゃんっぽいわー!」って思ってキャスティングしたんです。
松久 内藤さんは基本、大人には興味ないですもんね。
佐野 また、興味のないものが増えた(笑)。
山形 おばあちゃんにも興味がないですよね。
川口 あのおばあちゃんも、変な顔だったなあ!
内藤 自分ではそんなに差をつけてるつもりはないんだけど。
冨永(圭) でも『許された〜』の演出を見てると、大人より子どもたちに対して、すごく丁寧ですよね。
佐野 子どもが主役の映画なので、当然なのかもしれないですけど。
松久 僕は、原作を読んでから観たんですよ。で、相場くんのキャラが一番、まどろっこしいなと思っていたんです。DVキャラがすごい、説明っぽくって、要らないんじゃないかなって。あと、春花の声が出なくなるのも。そのことで何かがあるかっていうと、そうでもないじゃないですか。家を燃やすシーンが出てくるのも原作通りに終盤だし、映画にすると説明でしかなくなっちゃうから変えちゃってもいいんじゃないかなって思ってたんですけど、わりと原作に忠実に作られてましたよね。撮影の直前にオファーが来たっていうのもあると思うんだけど、内藤くんがもし最初から入ってたら、どこらへんを変えたのかなって思ったんです。
内藤 それはもう……わからないですね。あのタイミングでは、大きく変えるのは無理だし、変えない方が得策だということで入っていったから。もうその思考には戻れないところがあるなあ……。でもそのへんって、原作ものの難しさですよね。相場くんの過去とかが、言葉だけで語られるじゃないですか。
松久 そうですよね。内藤さんはそこらへんを削ってるじゃないですか。
山形 漫画には、もっとありましたよね。
内藤 僕が削ったんじゃなくて、唯野さんの脚色からそうなってて。でもそれで良かったと思うんです。この映画にとっては説明でしかなくなるから。原作ファンからは「そこも描いてほしかった」という声もあるんですけどね。今回、褒めてくれる原作ファンが多くてうれしいんだけど、「再現度が高いから」っていうふうに言われると、ちょっと、もやっとする。原作の実写化で、「再現度」が最重要になると、ちょっと嫌だなあとは思うかなあ……。
松久 根幹が変わらなければ、違和感はないと思うんだけど。
内藤 俺もそう思うんだけど。今回、ディテールを変えているんですよね。原作では妙子はいじめの先頭にいるけど、映画版では橘が先頭となっていじめて、妙子は後ろにいる。テーマ的に、原作のエッセンスとしてはそっちの方が正しいなと思って脚色してるけど。
松久 内藤くんの映画に出てくる人って、みんな倫理観がおかしいじゃないですか。
内藤 そんなことないよ(笑)。
佐野 教育的な映画も撮ってますよ。
川口 でも街の人々は、最初からおかしかったよね。彼女の復讐が始まって、街の人たちにヤバさが伝播したっていうんじゃなくて、もともとヤバかったでしょ。
内藤 まあ、そうですね。「田舎ってあんなもんだ」みたいな。
川口 その「あんなもんだ」がある種、ステレオタイプなのかもしれない。男子と女子の描写の温度差とかもそうかもしれないけど。
松久 田舎だからああいうことが起きたのかな。ああいうことが起きても違和感がないように、田舎にしたんじゃないのかなって思ったんですよ。原作を読んだ時。ああいういじめ方をする人たちは、都会にもいるだろうなと。
川口 ただ、殺しても数日間バレないっていうのが、田舎だよね。
松久 そう、あの復讐劇を成立させるために、雪に閉ざされた田舎の街にしただけで、ああいう人は別に田舎にも都会にもいるよねって思ったんです。
川口 妙子が真っ白い服を着て、バス停に現れるシーンのあとから、映画が変わったなっていう印象があったんですよ。そのへんから、何の映画か一瞬わからなくなった。あそこから、ショットのリズムが変わった気がしたんです。
内藤 あー。
川口 あと、家族に火をつけて殺したところを、回想で見せているのが、まあその……僕も要らないと思ったんですよ。説明が増えた気がして。
松久 原作でも、あの場面が出てくるのは最後の最後ですからね。
川口 一回、春花の復讐劇に区切りがついて、そこからバトルロイヤルみたいになっていくよね。漫画原作だってことは知ってたから、週刊連載で急に漫画のタッチが変わったみたいなことなのかなって思ったんです。
内藤 それはあると思いますね。原作の押切(蓮介)さんが、もともとギャグ漫画しか描いてなくて、シリアスな漫画も描けるって証明したくて連載を始めたのが『ミスミソウ』なんですね。で、たぶん、妙子のキャラクターが深みを持ち始めるのって、連載の後半なんですよ。
川口 バス停の、後?
内藤 第1話の頃は「いじめをしている人たちのひとり」だったのが、おそらくはバス停の前ぐらいから、妙子のキャラクターがふくらんでいって。で、連載が終わった後に「完全版」として、書き足された部分があるんですね。それを映画では、ラスト、妙子が春花の髪を切っている場面に応用したんですけど。実は彼女たちには、深いつながりがあったのだという。連載漫画って、ゴールが途中から見えてくるってことがあるじゃないですか。映画では、最初から妙子と春花の関係性にゴールを置いて、そのゴールに向かっていこう、というのが唯野さんの脚色だったんだと思うんです。
川口 なるほどね。なるほど。それぞれに、面白さがある。
松久 だとすると押切さんは、やっぱり家に火をつけるシーンは、見せたほうがいいなと思われたんでしょうね。ヒロインの憎しみを見せるためには、どれだけひどいことをされたかを見せた方が、納得できるじゃないですか。あそこまでされたら、復讐してもいいよって。そういう作り手の心境の変化って、連載している間にどういうふうに変わったのかなって、今ちょっと思いました。
川口 全体の構成がすでにあった上で書いていくのと、「来週どうなるかわからん!」っていうのとでは、ベクトルがまるで違うからね。
内藤 連載漫画の実写化で、大変なのはそういうところですよね。連載のうねりがあってこそのエピソードなんだけど、2時間に収めるとなると、削ったほうがいいっていうことが起こりうる。でもそういうエピソードほど、作者や読者の思い入れがあったりして。『20世紀少年』も、繰り返しになっちゃっているでしょう。カタストロフィーが3回ある。もちろん、原作通りにやると3部作になっちゃうんだけど、すごくうまくまとめて1作にしたら、絶対もっと面白くなったと思うんですよね。
冨永(圭) 回想シーンって、むずいですよね。試写で初めて観たときは、そんなに気にならなかったんですけど、昨日映画館で2回目を観た時に、回想シーンに入る時に「回想シーンに入ったな」って思っちゃう現象が起きて。普通に考えたら、おかしいじゃないですか。いきなり過去の時制が入るというのは。そうすることで「この回想は誰の回想なのか」っていう主体を見極めざるを得なかったりする。
松久 でも最近の映画って、誰の回想だかわからない回想シーンが多くないですか。
一同 あーーー。
佐野 『バーフバリ』!
松久 そう、『バーフバリ』!
内藤 仰天したよね。「回想」っていう尺の使い方ではない。
川口 あれは回想というか、歴史だろう(笑)。
佐野 あと、『マンハント』も。
内藤 『マンハント』の回想はヤバかったね!
川口 へえ、『マンハント』観てない。面白かったの?
一同 いや!(笑)
内藤 あれは、ヤバいっす。
川口 ヤバそうな匂いはぷんぷんするね。
内藤 なんか、5分ぐらい前の出来事が、回想で入ってくるんです。
一同 (爆笑)
松久 たぶんジョン・ウーが、編集しながら忘れちゃったので、5分前のことをもう一度回想するんです。
内藤 イーストウッドは、回想の中でまた回想が始まったりしてたよね。
山形 それは「回想」ではないんでしょうね。
川口 「説明」になっちゃうといけない。
冨永(圭) 観客に対する情報提示というか。
内藤 本打ち(合わせ)とかをしてると「ここがわかりにくいから回想を入れましょう」って言われることがしばしばあるけど、それだと映画のリズムが止まってしまうんですよ。たしかに、鬼門ですよね。回想って。
松久 主人公がカッチリしてる映画だと、全部、その人の回想っぽく見えちゃうじゃないですか。その人じゃない人が出てくる回想だと、別の人が回想してるっていうシーンを入れなきゃいけないけど、ある程度キャラが分散してる映画だと、いきなり入れてもそんなに違和感なく、物語の中で単純に「過去のシーンを入れてるよ」「時制がズレてるだけだよ」っていう見せ方ができる。最近の映画は、物語の作り方が結構、ひとりの主人公というよりも、筋の置きどころが分散してたりするんで。たぶんそういう違いが、傾向としてあるんだろうなと思いますね。
冨永(圭) そういう映画ってよく監督が、「この映画の主人公は、人ではなく、街です」みたいなことを言うじゃないですか。ウソつけ!って思いますよね。
一同 (笑)
松久 今、なんとなく言ったね。
内藤 具体的に、誰のことを言ってるんだ(笑)。
【3】 さて。いよいよここから、彼らが自主制作中の最新作『許された子どもたち』へと話の軸を移そう。11期生が中心となって、企画から完成までを手がける本作。元教師でもある内藤瑛亮が、10代の屈折や成長を繰り返し描く、その真意について迫る。
——皆さん、案外「さん」付けで「ですます」調なんですね。
内藤 つきあいは10年になるけど、確かにそうですね。
山形 でも内藤さん、たまに僕に敬語が混じりますよ。
松久 ただ、山形に敬語を使う人はいないですね(笑)。
川口 そうだ。山形だけ「山形」だな(笑)!
松久 メールの書き出しに名前を置く時に、「さん」とか「さま」をつけるほどの存在ではないんですよ、山形は。だからって、「くん」っていうのも違う。
冨永(圭) 僕はどれも恥ずかしすぎて「氏」にしちゃいます。「山形さん」「山形くん」……恥ずかしい。そんな呼び方したことない。
松久 だから山形からメールがくると、返信する時にすごく困る。
山形 いや、でもビジネスメールは「さま」じゃないですか?
冨永(圭) ビジネスメールちゃうやん(笑)。だいたい旅行の話か、打ち上げの話。
内藤 若い俳優たちが現場に入って「敬語とかやめて、下の名前を呼び捨てし合おうぜ!」とか言ってるのを見てると、ちょっと恥ずかしくなっちゃいます。つらくなっちゃう。
川口 俺は中学の時にバンドを始めて、そいつらと「下の名前で呼び捨てし合おうぜ!」をやってみたけど、3ヶ月ぐらいで自然消滅しました(笑)。
——では『許された子どもたち』について、おうかがいできますか。
内藤 脚本自体は『先生流産』の撮影と公開の間、2011年ぐらいから書き始めてたと思います。わりかし早い段階で山形に「一緒に書きましょう」って相談して。というのも、高等科の井土紀州監督のコラボで同じ脚本チームだったんですよね。 特に僕は井土さんの、実際の事件をもとに脚本を書いていくことに興味があったし、山形もそうだと思ったので「実は山形マット死事件をもとにした本を書いてるんだ」という話をしました。
『先生流産』公開前後から、いろんなプロデューサーから声がかかるようになって、それまで就いていた教職を辞めて、映画監督業を始めていくんですけど、その中で幾人かのプロデューサーに、この企画について相談していたんですね。プロデューサーの人はだいたい「企画があれば何でもうちに持ち込んできなよ!」とか「とりあえず今回は仕事として割り切って、その後、内藤さんが本当に作りたいものを一緒に作りましょう!」って言うんですよ。「わかりました!」って言って、『許された〜』の企画を送ると、そのまま、返答がなくなるんです(笑)。
実際、大してネームバリューのない監督のオリジナル企画が当たるかどうかはわからないし、例えばアイドルとかを出せば予算を出しやすいかもねっていう話もあったんですけど、『許された〜』に関しては、そういうことにはしたくないなと思って。
そうやって悶々としているところへ、2015年2月20日に川崎市中1男子生徒殺害事件が起きたんです。どうしても撮りたいという思いが高まって、自主制作でやろうと思い始めたんですね。 商業の仕事をしているとき、現場でスタッフから「内藤さん、ここはもっとこうしたいはずなのに、抑えてますよね?」と指摘されたことがあったんですよね。実際、制約があってやりきれないことがあって、黙ってはいたんですけど、伝わってしまって。「自主制作とかやらないんですか?」「それならギャラは関係なく、一緒にやりたいです」って言ってくれる人もいて。その好意に甘えるような感じで、企画を進めていきました。
それで、まず最初に呼び込んだのが、佐野さんでした。制作的なところで、助けがほしいなと思って。その頃、『ジョギング渡り鳥』(2016。アクターズ・コース高等科1期生の修了作品。監督:鈴木卓爾)に深く関わっていたんですよね。
佐野 助監督と制作と、ごっちゃになったような感じの役割を担当してました。
内藤 何より『ジョギング渡り鳥』が楽しそうだったんですよ。カメラマンが中瀬くんだったり、録音が川口さんだったりして。いいなー!って思いがあって。
川口 僕は現場は後半戦から。途中参加でしたね。(そのあとの仕上げが長かった……)
内藤 制作的な準備から、長い長い仕上げと公開まで含めて、みんなが一丸となってやってる感じがすごく楽しそうだなと。もちろん、自主制作って、多くの人に無理を強いるので、あまり容易に言っちゃダメだと思ってたんですけど、でも自分の中で、「自主映画を撮る!」っていうことに、もう一度飛び込んでみたいという思いになったんです。
川口さんは終盤の録音部として来てもらって、タケさん(冨永威允)とか冨永(圭祐)さんには現場に応援に来てもらいつつ、編集を冨永(圭祐)さんに、一緒にやってもらおうかなということで、進めているというのが今の状況です。
——佐野くんは、最初に声がかかった時、どう思いましたか。
佐野 んー、いや……どうでしたかね。
内藤 だいぶ躊躇してましたよ(笑)。
山形 二つ返事で「ええで!」っていうイメージしかないけど。
内藤 「大変やで!」っていう反応が、まずありました。
山形 ああ。直近で『ジョギング〜』を経験してるから。
佐野 同期の作品だし、普通に手伝おうとは思ってましたけど、『ジョギング〜』の公開の頃に話を持ちかけられたんですよね。
内藤 そうだ。公開が盛り上がってるのを見て「いいなあー、俺もやりてえなあ!」って指くわえてたんだった(笑)。
冨永(圭) 確かに、『ジョギング〜』はうらやましかったですね。
佐野 楽しかったです。いろいろ、大変なこともありましたけどね。
内藤 もちろんそうだったと思うけど、監督がやりたいことをやりたいようにやってるっていうのは、大事だなあって思って。橋口亮輔監督の『恋人たち』(2015年)とか、濱口竜介監督の『ハッピーアワー』みたいに。
商業的な要請で「これができない」とか「こうしないとお金が下りない」っていうのは、わかるにはわかるけど、その結果、息苦しいものができてしまうと、その息苦しさって実は伝わっちゃうんだと思います。今回参加してくださったプロのスタッフさんたちは、そういうことにどこか疲れちゃってるようなところがあった。2016年の秋に告知動画の撮影をして、年末に情報解禁しました。ワークショップの準備をしているときに、『ミスミソウ』の話があったから、現場に行ってる間は佐野くんや山形くんに任せて、戻ってきてからワークショップをしながら『ミスミソウ』の仕上げをするっていう感じでした。
——まず、ワークショップだったんですか。
内藤 今まで「ワークショップの講師をやりませんか」みたいな依頼はあったんですけど、全部断ってたんですよ。自分が演技を教えるなんて、俺もよくわかっていないのに!と。でも今回は「作品を作るためのワークショップ」だったので、だったらできるなと思ったのと、作品のテーマに向かって、みんなで時間をかけて作るということをやってみたいと思ったので、やりました。そしたら、女子の応募が多かったんですよね。
山形 多かったですね。アンケートも、真面目に書いてくれてるのは主に女子でした。
内藤 だし、撮影の参加態度も、女子の方が真面目でしたね。男子には何度も悩まされた。
佐野 ワークショップが終わって、実際の撮影に入っていく段階で、いろいろと、ありましたね。
内藤 商業だと、そのままクビにすれば済む話かもしれないけど、今回は「つきあっていこう」っていうスタンスだったので、何度か呼び出して生徒指導するという場面がありました(笑)。
佐野 内藤さんのキャリア的にも、かつて教師だったというのもあったし、題材も「いじめ」に向き合うということで、教育的な面が強い現場になったんですよ。遅刻した子だったり、来なかった子に対して、ちゃんと話をするっていう。ほんと「先生」みたいだった。
内藤 ひとり、「塾の合宿で撮影に行けません」っていう子がいて(笑)。山形がスケジュール管理をしていたから、「わかってる予定があったら教えてって言ってあったよね?」って言ったら「そうなんですけど……塾があるんです」って、僕らが塾に負けるという事態に(笑)。
山形 負けました。受験生なんでね。そりゃ負けますよね。
内藤 そこで「報告・連絡・相談」の「ホーレンソウ」の大切さについて、たっぷり話をしましたね(笑)。あと、実際に不登校を経験していて、精神的にとてもナイーブな子がいて、それに沿った配役をしたんですね。彼女が精神的にも肉体的にも苦痛を受けるシーンがあるんだけど、それが彼女の過去をフラッシュバックさせて、彼女の心を傷つけることになりはしないかという不安がとてもあったんです。それでカウンセラーの資格を持っている方に現場へ来ていただいて、「撮影上、嫌なことがあったら、しなくていいよ」「俺に言いづらかったらカウンセラーさんに言ってくれればいいから」って、とても慎重に撮影しました。
冨永(圭) 確かにこういう題材だと、そこが非常に不安になりますね。
佐野 ワークショップの段階でも、アクターズ講師の近藤強さんに相談しました。
内藤 いじめのロールプレイを体験させたいんだけど、本当に相手を傷つけたり、トラウマになったり、実際にその時の関係性がその後も続いても困るから、何か方法がありませんか、って。そうしたら、自分が演じるものの名前をガムテープに書いて胸に貼って、終わったら、はがす。「もうおしまいだ」ということを、視覚的にもわからせるという方法を提案されましたね。あとは、役名を人間以外のものにして、その人本人と切り離す、とか。例えば「レモンさん」って役にして、「酸っぱ過ぎなんだよ!」「黄色、キモ!」みたいにイジメる。
佐野 あと、筑波大学の教授の土井隆義先生にもお力をお借りしました。いじめについての著作が多くて、ワークショップについても協力していただいて。大学で教えておられることを、ワークショップでも講義していただいたんですけど、子どもたちはとても熱心に聞いていて。
内藤 僕らも、そこで学んだことも多かったですね。ただ映画を撮るんじゃなくて、出演者と一緒に僕らも学んでいくっていう場を作れたのがよかったですよね。その間、山形は事件資料を調べてくれて、「川崎中1殺人事件」の傍聴記録をみんなで演じてみたりとか。
冨永(圭) 年齢的に、まだ大人になっていないじゃないですか。本当はその年齢層の子たちを撮りたいけど、危ないからって避けて、大人の役者を連れてくるっていうことも多いのに、内藤さんは子どもたちでいくことを貫いた。すげえなと思って。
内藤 いや、でも「#Me Too」とかさ、「後々思い返したら、あの時はつらかった」っていうのがあるじゃん。そこが、計り知れないですよね。
松久 うん。その時その場では何も言えないし、時間が経ってみないとわからない。その時は「大変だった」だけかもしれないけど、大人になってから「自分が今こうなのって、あの時のあれのせいかもしれない」って思うかもしれない。
内藤 そう。細心の注意を払って取り組んだけど、それでも、完璧かどうかは俺ら自身にも計りかねますね。
山形 でも、今考えられることは、全部やったなとは思ってます。
松久 公開されてからもまた、いろんな反応が返ってきますからね。『先生流産』の時も、ポジティブな意見ばかりではなかった。
内藤 あの時、心無いなあと思ったのは、「出てくる女の子たちが全員ブスだった」みたいなツイート。書いた本人は、褒めてるつもりなんですよ。「美人過ぎると嘘くさい」「アイドルを呼んでくるような映画じゃなくてよかった」っていう意味で。でもそのツイートを、本人たちが目にできちゃうでしょう。
山形 ごく一般の、役者を目指してない子たちもいますからね。
内藤 そうか。公開までに、みんなにこういう話を聞いてもらう場を、設けた方がいいかもね。一般観客からの反応の受け止め方・受け流し方について。
山形 それはいいと思いますよ。僕らには前回の経験がありますからね。
内藤 あと、事故にはすごく気をつけました。
佐野 「独立映画鍋」で鈴木卓爾さんが、俳優の危機管理についてトークされてたんですよ。
内藤 その場では作品名は伏せてくれていたんですけど、僕が撮った「うみのて」の『WORDS KILL PEOPLE』っていうPVに出演していただいた時に、卓爾さんに怪我させちゃったんですね。事前準備をしていないのに、難しいアクションを要求してしまって。でも現場が止まるのを防ぐべく、卓爾さんは怪我をしたことを黙っていて下さったんです。直接お聞きした訳ではないので、気を遣って下さっているんだと思います。
佐野 僕らも、直接は言われてないです。
内藤 誰から聞いたんだろう。とにかく誰かから「あの時、怪我されてたらしいですよ」って聞いて、驚いて。あってはならないことなんですよ。もっと大きな怪我になっていた可能性もあったので。すごく反省しました。『ミスミソウ』もアクションが多くて、10代も多くて、でも子どもから大人に向かって「これ、危険です!」とは言えないじゃないですか。それがないように注意を払って、「危ないときは絶対に言ってほしい!」って伝えました。実際に一度、あったんですよ。山田杏奈さんがアクションシーンで「あ、これ、怪我します!」って。偉いなあと思って。こんなおっさんに囲まれながら、自分の意見をちゃんと言えて。でもこちらが気づけず、彼女に言わせてしまったことも良くないことで、申し訳なかったです。
松久 現場におっさんがたくさんいるのは、よくないっすね……
山形 大人に囲まれると「やらなきゃいけない!」って思っちゃいますからね。
内藤 結果、圧力を与えてることになっちゃうからね。だから基本的には、僕ら側が先に気づいてあげなきゃダメなんですよ。『許された〜』のときは、できるだけそうなるように心がけたんですけど、逆に俺が怪我をしました。
山形 卓爾さんの痛みが内藤さんに返ってきた(笑)。
内藤 『ゾンからのメッセージ』(鈴木卓爾監督2018年夏ポレポレ東中野にて公開)、によるメッセージです。河川敷で、オスモっていう小型のカメラで追いかけて撮る場面があって。撮影部が何回も転んでて、「俺ならもっとうまくやれる!」っていう思いがあって(笑)。「僕がやります!」って宣言して、うわーーっと走ったら、転んで、カメラの柄があばらを直撃しました。そのあと、声が出なくて。(お相撲さんみたいな声で)「よぉい、ふぁい!」「もぉお、いっくわぁい」って。結局、あばらは折れてはいなかったんですけど、「3週間痛みはとれません」って言われました。
——内藤組に参加すると、どんな楽しさや面白みがありますか。
山形 『許された〜』に関して言うと、ワークショップで僕と佐野さんは、ずっと子どもたちを見てきていたので、どうしても思い入れが強くなるんですね。
佐野 親戚のおじさんの気分でニコニコ見ていました。
山形 いじめとか少年犯罪っていうヘビーな内容ではあるんですけど、現場は常に笑いが絶えなかったですね。殺伐とした空気には、あんまりならなかった。
川口 その空気を、意図して作ってるように感じたけどね、俺は。
内藤 日本映画の現場って、怒声がつきものじゃないですか。でも、撮影の伊集さんが「子どもたちの前でスタッフを怒鳴るのはやめましょう」って言ってくれたんです。現場スタッフのオラオラ感って、怖いじゃないですか。
冨永(圭) ある種のパワハラが、まかり通ってる世界ではありますよね。
松久 みんなのパフォーマンスが落ちますよね、そういうことされると。いいこと、なんにもないですよ。
内藤 こんな言葉を使う人が、この時代にいるんだ!と思う。「白痴かよお前はァ!」とか。
山形 放送禁止用語が出た(笑)。
内藤 そんなボキャブラリーがあるなんてさ。「つんぼかよ、お前はァ!」って。
山形 どんどん出てくる(笑)。
佐野 そういう風通しの悪さが、商業だと生じてしまうことがあるから、自主で風通し良くやろうよっていう思いがみんなにあったのかもしれないですね。川口さんはどうだったですか。途中から現場に参加して。
川口 久しぶりの自主映画で、癒やされましたよ。
内藤 癒やしのポイントって何なんですか。
川口 なんか……ゆったりしてた。スケジュールだけじゃなくて、精神的にも。
松久 1年ぐらいかけて撮ってるから、子どもたちが成長してるんですね。僕は毎日参加してるわけじゃないから、久しぶりにみんなに会うと、明らかに大人になってる感があった。子どもたちも、撮影チームの中で、自分の役割を認識していたと思います。自分たちでも率先して動いていたので。
内藤 ヒロイン役の子は、そもそもそんなに積極的な子じゃなかったから、撮影の序盤は自分の意見をなかなか言えなかったんだけど、終盤の頃には言い始めたんですよ。「こうしたほうがいいと思います」とか「こっちがいいです」とか。それは、成長を感じましたね。
佐野 今回、スタッフとか、手の空いている子どもたちに「ある視点 部門」と称してカメラを持たせたんですよ。
内藤 Bカメ的なことじゃなくて、遊びでもいいから、好きなものを撮っていいよって。
佐野 その中で松久さんは、なぜか女優さんの胸元を重点的に(笑)。
松久 いや、主要なところはみんな撮ってるんでね。撮られてないのはここかなって思って。
佐野 とみー(冨永圭祐)が編集で素材を観て「全っ然使えなかった!」って。
冨永(圭) 「ある視点」って誰の視点?って思った。
一同 (笑)
内藤 でも「ある視点」撮影を入れたことで、遊び感みたいなのが出てよかったですよね。
松久 特に子どもたちは、撮影が切羽つまってくると、大人たちから放置されるじゃないですか。そうなるとみんな、遊びだすんですよ。
冨永(圭) それぞれの子どもたちの興味がわかって面白かったですね。ただただ、口ばっかり撮ってる子とかね。 内藤 ヘルツォークの『バッド・ルーテナント』のメイキングを観たら、スタッフTシャツの背中に「映画を撮る時は子どものように」みたいな文句が書いてあったんですよ。そういう遊び感を、今回はやれた気がしますね。
冨永(圭) 映画っぽくなるかならないかじゃなくて、カメラを使って遊ぼう!っていう。
内藤 子どもは大いに成長したけど、大学生には悩まされたね!
山形 インターンで来てくれてた大学生が、日に日に減っていくという(笑)。
冨永(圭) それって、ジェネレーションギャップみたいなものなのかな。
松久 普通に、嫌なバイトを辞めるのと同じ感覚なんじゃないですかね。現場の雰囲気が和やかだったので、「俺ひとりぐらい辞めてもいっか」みたいな。
内藤 いや、単純に人は、中学高校で成長して、大学生になると退化するんじゃないかと思った(笑)。
松久 彼らが期待してたのは、もっとキレッキレでバリッバリの現場だったと思うんだけど、実際はそうじゃなかったから。
内藤 来てみたら、おっさんたちが子どもたちとキャッキャしてたっていう。
松久 話をしようにも、真面目な映画談義が始まるわけでもなく、俺とかタケさんがずっと雑談してるっていう(笑)。
冨永(圭) そうか。見限られたんだ。
川口 その気持ちはわからんでもない。
内藤 なるほどね。でも彼らがキレッキレでバリッバリの現場に行ったら、ボッコボコにされると思う(笑)。
——そもそも、どうやって集めた方たちだったんですか。
内藤 まず、『ミスミソウ』の現場に手伝いに来ていた大学生が、最終的に寝坊してフェイドアウトしたんですよ。それで「もう一度頑張ってみない?」っていうことで、『許された〜』の現場に誘ったんです。
川口 優しいなあ……!
佐野 教育的態度ですよね。
内藤 で、無断欠席が3~4回あって、「ダメだよ、ちゃんと来なきゃ」と。「寝坊していいから、連絡はしようね」っていう話をして、復帰してくれて。ただ、結局最後は、無断欠席したまま来なくなってしまったという。
佐野 あと、インターンとしては技術部として、武蔵野美術大学の学生さんを紹介してもらって助けてもらいました。(こっちの大学生の子たちはしっかりしていました。)
内藤 それと、女子高生の子が来てたんですけど、彼女はTwitterで情報を観て、「映画に興味があるから」ということで。
山形 そこには、少し警戒がありました。未成年ということもあって、どこまで任せられるのか、任せちゃってもいいのかと。
内藤 だから「ちょっと手伝ってもらう」ぐらいのつもりでいたんですけど、結果、最後まで頑張ってくれたんですよね。
佐野 あと、メインでやってくれた助監督の中村洋介さんも、内藤さんが自主企画で映画を撮るという情報を、ネットで見かけて、連絡をくれて。
山形 そういう方たちは「こういう人を集めたい」とかじゃなく、ほんと、たまたま集まった感じですよね。基本的にはやっぱり、11期に頼っちゃう。
佐野 自主だから、ちゃんとした対価が払えるわけではないから、どうしても同期を経由しちゃいますよね。
内藤 他の期からも、12期のアヤパン(加藤綾佳)が来てくれたんですよね。監督業も忙しいのに。さらに出演シーンもあってね。「カーセックスし終わったカップル役」。
一同 いやいやいや(笑)!
内藤 あれは、アヤパンが自分で言い出したんだよ。車の中に座ってる男女っていう設定だけだったんだけど、「内藤さん、これってカーセックスし終わった的なことですかね?」って。「……(間)……うん!そう!」って(笑)。
川口 発想が、やべえな。
内藤 でも編集してみたら、案の定、そのシーン要らなくて。
一同 (爆笑)
内藤 なので、おしゃれなカフェ店員役で、また出てもらいました。
佐野 あとは、13期の磯谷渚さんとか。
内藤 20期の相澤(亮太)さんも。髪の毛を切るシーンがあったので、美容師免許を持ってる人を探していたら、フィクション・コースTAの星野くんが紹介してくれて。
佐野 アクターズ・コース4期修了生の、しらみず圭くんも来てくれましたね。
冨永(圭) 僕が撮った映画の現場で、むちゃくちゃ頼りになったんですよ。
佐野 彼は京都の東映撮影所で助監督経験があって、自分の作品を作りたいという思いが強かったので、映画美学校に来たんですよね。
内藤 今回は自主制作だったから、本当だったらスタッフにお任せするようなことも自分で動いたりもしたので、その分、「スタッフって普段こんなに大変なんだ……!」っていう実感がありました。夏場の衣装とか、みんな汗をかいちゃうので、撮影が終わった後に俺が家に持ち帰って、洗濯機かけて、近くのコインランドリーで乾かして、現場に持っていくとか。自分の車も出していたので、集合場所まで運転して行くんですけど、渋滞していて遅れたりするじゃないですか。でも撮影日に遅れたら大変でしょう。だから早めに出なきゃいけない。ああ、制作部って普段はものすごく早くから来て待ってくれてるんだなあ!っていうのを肌で感じました。
冨永(圭) 内藤さんは美学校時代も、平日フルタイムの本業があったのもあって、実習でも修了制作でも、スタッフをがっつりやったことがなかったんですよね。
内藤 そうそう。やれてないんです。ほぼ経験してない。
佐野 本当は、監督が演出に集中できる環境を用意できなきゃいけないんだけど。
冨永(圭) でも、無理でしたよね(笑)。
内藤 うん、しょうがなかった。主人公の目元に古傷があるっていう設定があったんですけど、毎日俺がメイクしてたんですね。一度、そのメイクをすっかり忘れてたことがあって。テストも撮影も終わっちゃってから「……あれ、古傷がない!!」って。
一同 (爆笑)
——そんな皆さんが、内藤作品に関わり続ける理由って何でしょう。
冨永(圭) そこにはたぶん、理由ってなくて。監督としてやれてるのが、今、内藤さんだけだからだと思います。
佐野 うん。そんなに深い理由があるというのではないかも。
山形 「やらない?」って言われたら、やりますね。
松久 断る理由がないですよね。
冨永(圭) 映画を作るのを辞めることは、すごく簡単なんですよ。ただ、やらなきゃいいだけ。でも僕らは、映画を辞めたくはないし、もちろんみんな監督をやりたくてこの学校に入ってきたわけだけど、自分が監督をやらない限り、あるいは特殊な技術を持っていない限りは、映画作りに関わることができないんです。誰かの映画に関わらないと、映画作りは続けられない。で、みんな、基本的には、ずっと映画作りに関わっていたいと思っている。そんな中、内藤さんが映画監督になって「一緒にホンを書きましょう」「編集をやってください」って言ってくれる。そしたら、尻尾を振ってっていうわけじゃないけど、お誘いがあったら乗るっていうだけです。
内藤 この話って、一番最初の「なぜうちらが今も仲がいいのか」につながる感じがありますね。僕は新作映画を観た後に、このメンバーの意見が聞きたいなと思うことがすごくあるんです。それが一番、楽しかったりするんですよね。映画作品そのものよりも、その後このメンバーでダベることの方が楽しい。それは、初等科の頃からそういうノリだったような気がするんですよ。
一同 (黙って聞いてる)
内藤 美学校の授業の後に、終電を逃しちゃって、銀座の京橋からみんなの家まで歩いて帰ろうとしたじゃない。1時間ぐらいして「無理だ!」って気づいて。
山形 ありましたね。
松久 頭悪すぎる(笑)。
内藤 で、タクシーで新宿に行って、オールナイトの映画を観ようってなって、ダラボンの『ミスト』を観たんですよ。その映画に出てくる宗教家のおばちゃんが、みんなが知ってる、ある人にそっくりだっていう話題で盛り上がって。
一同 (爆笑)
内藤 そういうことを、いまだに話せるし、いまだに笑えるんですよね。
山形 ほんと、何度聞いても笑える話っていうのが、僕らにはいっぱいありますよね。
内藤 佐野さんが『先生流産』の時にJAFを呼んだ話とかね。
川口 その車には俺も乗ってたからね。
一同 (笑)
内藤 その模様は『先生流産』の本編にも残っています。ある場面の画面奥に、田んぼに突っ込んで傾いたハイエースが映り、別のカットで、来てくれたJAFの人たちが映り、また別のカットで、ハイエースが姿を消すという。
一同 (爆笑)
松久 いい話が、いっぱいありますね。
——以上、こちらとしては取れ高はばっちりですが、何か言い残してることはありますか。
一同 いえ!
内藤 じゃあ、飲みに行きますか。
山形 行きますか!
佐野 大丈夫ですか。むちゃくちゃ雑多な話でしたけど。
冨永(圭) それは毎回思いますよ。映画B学校の座談会のたびに。
内藤 さも、テーマがあるかのようなまとめをお願いします(笑)。
(2018/04/13)
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