小ネタ満載映画であることは、映画マニアでなくともよくわかった。クエンティン・タランティーノ監督最新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。中年になったブラピとディカプリオが、スクリーンの中を生き生きと闊歩する。小ネタがわからなくても面白い映画ではあったけど、小ネタがわかる人たちがやけに楽しそうなのもまた事実。これは、映画マニアが、映画マニアであることを、恥じずに謳歌する座談会である。


佐野真規 1982年生まれ。フィクション11期高等科修了。映画美学校の同期たちと作っていた映画『許された子どもたち』(内藤瑛亮監督)がいよいよ完成。公開をお楽しみに!映画館でよく寝るし、カタカナも漢字も固有名詞は覚えられないし、映画マニアとは程遠い…。タランティーノ映画は外連味の効いた娯楽性と作家性のごちゃ混ぜアンサンブルが楽しいです。

千浦僚 1975年生まれ。元映画美学校試写室映写技師。ずっとタランティーノ映画は好きで観てきた。しかし映画の作り手側のひとはこの監督への距離感むずかしいと思う。ただ、真似や憧れは警戒するとしてもそれが何なのか、どういう映画なのかは考えるべきかと思う。万人向け、善人向けの良い映画ではないことも大前提で。

星野洋行 フィクション・コース、ティーチングアシスタント。撮影部。今秋、撮影をしました副島正紀監督『ソウル・ミュージック』が、MOOSIC LAB2019の短篇部門で上映されます。タランティーノ作品はカッコイイからと美学校生が課題などで真似すると大概トンデモナイことになるので、安易に真似するのだけは絶対やめるよう毎回言ってます。


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星野 僕と佐野さんは、同世代だと思うんですけど。『パルプ・フィクション』(94年)が中学生ぐらい?

佐野 そんなもんかな。中学か高校ぐらい。(星野注:実際もっと前でした)(佐野注:ほんとは小学校高学年でした)

千浦 そうなんだ……

星野 今、映画美学校でこれから高等科が始まる22期生の中に、タランティーノが大好きな21歳の子がいるんですけど、初めて映画館で観たのが『デス・プルーフ』(07年)だって言ってました。

佐野 それはそれですごいなあ……

——おふたりは中学の頃に『パルプ・フィクション』をどうご覧になったんですか。

星野 実際に観たのは、あとになってからです。大学の頃に観た記憶があるので。

佐野 僕も、あとになってからですね。友達がすごく、いいよって言ってて、レンタルビデオで観たのかな。

星野 ちょうど、大学の時が『キル・ビル』(03年)ですよ。

佐野 そう、映画美学校に入った頃に『デス・プルーフ』だった。

千浦 僕は高3ぐらいで『レザボア・ドッグス』(92年製作、日本公開93年)。ハル・ハートリーの『シンプルメン』も同じ頃に公開されて(92年製作、92年暮れから93年にかけて日本公開)、その年の個人的なベストワンを争ってた感じでしたね。

星野 「an-an」で淀川長治さんが、2本とも絶賛されてましたよね、確か。

佐野 今作が特集されてる「ユリイカ」には蓮實重彦さんの対談が載ってましたけど、この映画についてシネフィルが語ってるところをあまり見ない気がするんですけど、どうなんですかね。

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千浦 「ユリイカ」、今持ってますよ。小林勇貴監督がわりと『ワンス~ハリウッド』に限らずタランティーノとかタランティーノ好き人種を否定的に語ってる。それはいまやってるこういう鼎談とかそれを引き起こすもの自体が退屈じゃないか、というもっともな指摘なんだけども。

星野 周りの映画美学校生も、感想が結構真っ二つなんですよ。「すごい好き!」って言ってる子と、「全然ダメ!」って言ってる子と。監督志望とか現場志望とかあまり関係なく、賛否両論ですね。中間がない。

——「否」の方々は、何が「否」なんですか。

佐野 そんなに事件が起こることもなく、ブラピとディカプリオがいちゃいちゃしてる感じとかですかね?

星野 あと、スピード感とか、あの世界観、スタイルみたいな表面だけを求めちゃうと、タルいと思っちゃう人がいるかもしれない。

佐野 『キル・ビル』とか、『ジャンゴ』みたいな。

星野 そう。そういうのが大好きな人から観たら、「なんでこんなに落ち着いてるんだ」っていうのが、ありえるかもしれないですね。

佐野 その、落ち着いてる感じを、僕は面白く観たんです。

星野 僕も。ものすごく面白かったです。

——ハラハラしすぎない、ほどよくハラハラするけど結果的に大丈夫!っていう映画でしたね。

千浦 そうね、妙に堂々としてる映画だよね。ハラハラしたのはあれでしょ、ブラッド・ピットがスパーン映画牧場に乗り込んでいくときでしょ。

佐野 あそこ、やたらドキドキしましたね!

千浦 奥で絶対人が死んでるだろうとか。

佐野 腐乱死体があるはずだ!とか。

千浦 結果、そうじゃないことがわかるんだけど、でも陰惨な別のことが起きているのだという状況がちゃんと続く。クライマックスじゃないのに、うまく作られていて盛り上がる。アダム・ドライバー顔の馬乗りが戻ってくるタイミングとか絶妙。普通に考えたら、あのタイミングでタイヤ交換が終わってるはずはないんだけど、さりげなくジャンプカットしてるから、どれだけの時間が経ってるのかわからないようになってる。そういうさりげないテクニックが面白いですよね。

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佐野 『イングロリアス・バスターズ』(09年)のオープニングもドキドキしますけど、あの感じが上手ですよね。

千浦 そうなんですよね。普通にどんどん上手になっていくというか。少ない本数で、世界の映画マーケットの中でいかに大きい存在になるかっていうことでいうと、ここ十数年で一番上がってきた映画監督のひとりじゃないですか。

佐野 次が10本目?

星野 そう、今9本目ですね。

千浦 あとたぶん、これくらいの規模で流通する他のアメリカ映画は、ものすごいアクション……もはやアクションとは言えないくらいの人工的なアクションと、パノラマ的な見世物になってるじゃないですか。その中で、変わらずにオタク芸を極めていくタランティーノが、やけに旧来的なナラティブな映画を堂々とやってるように見えるというあたりも、落ち着いて観ることができた理由のひとつじゃないかと。

佐野 CG使ってないですよね。

星野 使ってないですよ。ディズニーの『マレフィセント2』のメイキングを観たら、ただ座ってるだけの椅子でさえグリーン一色でしたからね。

佐野 どうやって芝居するんだろう(笑)。

千浦 5歳の子どもと『ライオン・キング』を観に行ったらロビーでメイキングが流れてて、ほんとにグリーン一色の空間でみんなが朗読劇芝居をしてましたよ。あれはほんとうに映画の撮影なのか。

佐野 友達と話してたんですけど、『ライオン・キング』はネイチャー・ドキュメンタリーみたいなリアル動物CGになっているから、アニメーションの時のようなミュージカル的な動きができないし、それでいて描かれるのはディズニー的な展開だから、血も出ないし、肉食獣たちがみんな草食動物を食べずに虫を食べるっていう不条理が発生していて。

千浦 『ジャングル大帝』の頃からある、「やつら何食ってるんだ問題」。

一同 (笑)

千浦 悪いライオンとハイエナの、力の入った芝居と律儀な切り返しとかね。何を見せられてるんだろうっていう。ちなみに5歳の子どもは怖がってガン泣きしてました。怖がらせ演出が、怖がらせすぎだったよね。もっと昔は、怖がらせ演出なしでも、引っぱっていくテクがあったんじゃないかと疑問に思ったりもして。

佐野 『アイアンマン』のジョン・ファヴロー監督ですよね。

千浦 ジョン・ファヴロー、いまだに出演してるけどね。『スパイダーマン』の……

佐野 トム・ホランドのおばさんの恋人役みたいな。

星野 (笑)

千浦 ますます、いいポジションだよ。よくわからん世界だ。……話を戻すと、そういうよくわからん映画製作世界で、かつてはよくわからん存在だったタランティーノが、えらく王道路線のひとになったっていう感じだよね。

星野 そうなんですよ。ブラッド・ピットとディカプリオと、とにかく役者がすごくよく撮れてる。こんなに、いいんだ……!って思いました。特に、あそこがよかったです。ディカプリオが現場でせりふ飛ばしちゃって、自分のトレーラーハウスに戻ってきて、自分への怒りを爆発させてるところ。

千浦 「ファッキンウイスキーサワーを2〜3杯ならまだしも、8杯も飲みやがって俺は!!」。

佐野 リックのアル中描写のところじゃないですか(笑)。

星野 あの後で、いい仕事をして安堵するディカプリオのもとに女の子が行って「最高の演技だったわ」って言うところ、グッと来ましたよね。リック・ダルトンという人物は、モデルがバート・レイノルズであろうことも相まって、どこか共感を呼ぶというか。共感があって、フィクションがあって、史実も絡んでくるという、とても重層的な映画だなと思いました。タランティーノが「こうでありたかった歴史」を語ってるみたいな。

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佐野 シャロン・テートは殺さないだろうな、とは思っていたけど、家にさえ行かないとは思ってなかったです。映画美学校の同期が言ってたんですけど、マンソン・ファミリーの残党がまだ生きてるんですよね。史実を知っている人が「そこ、史実と違うぞ」とか、動きを含めた導線が、家に行っちゃうとわかっちゃうから、最後のアクションができなくなっちゃうみたいな、そんなのもあるんじゃないかって。その意見もリアリティがあるなと思いました。

千浦 なるほどね。いまやマリリン・マンソンのプロデューサーとして有名な、ナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーっていう人がいてですね。彼はホラーものとか、とにかくダークなものが好きなのね。それでシャロン・テート事件の起きた家を買ってスタジオにしてそこに「ル・ピッグ」って名付けたんですよ。マンソン・ファミリーがシャロン・テートの血で壁に「pig」って書き付けたという史実にちなんで。……っていうあたりは、90年代にオルタナ聴いてるようなひとはみんななんとなく知ってるネタだと思ってたら、いまはよく知ってる人も何も知らない人もいろいろいるっていうことで機能しているのが、この映画でもあるわけですよね。

佐野 そうですよね。

千浦 ツイッターで見かけて素晴らしいなと思ったのは、あるひとが若い人にこの映画を勧めるときに「シャロン・テートのことくらいはネットで検索しといたほうがいいよ」って言ったら、あとで映画を観たその若者に「リック・ダルトンとクリフ・ブースは今どうしてるんですか?」って聞かれたんだって。

一同 おおーー(笑)。

千浦 リックとクリフも真実味を持って、史実に基づいた存在だと思われてる。その勘違いが生じたっていうのは、素晴らしいなと思いましたね。

佐野 町並みの再現とかも徹底してましたね。空撮(クレーンショットかも)で屋根を越えて隣の家に行くカットとかも、当時の家の立地関係とか時代考証が入ってるんですかね。

星野 あれ、すごく効果的でしたよね。

佐野 実際の家の距離感ではできないことかもしれませんね。

星野 セット組んだのかなあ。

千浦 贅沢な映画だよね。

星野 贅沢です。相当、贅沢。しかも35mm、パナビジョンで撮ってるんで。あと僕は、あの場面も好きです。シャロン・テートが、自分が出てる映画を映画館で観るシーン。周りの反応を見て、うれしくなっちゃって。前の席の背もたれに投げ出した足の裏が汚いんですよね(笑)。

佐野 ヒッピー役の子が、車中で投げ出した足が汚れてるのはわかるんだけど、白いブーツ履いてるシャロン・テートの足があんなに汚れてるっていうのは(笑)。

星野 さすが、足フェチのタランティーノ。

千浦 それに比して、男は靴を履いてるんだよね。足は何度もよく見せるんだけどディカプリオ=リックのかっちりめの靴とブラピ=クリフの柔らかそうなバックスキンのモカシン、みたいなキャラクターづけがあって。クリフの靴は彼の身体的能力の暗示っていう感じがして良い。まあ男の裸足の足なんて見たくないんで彼らが靴履いてくれててよかったんだけど。それ観て思い出したのは『デス・プルーフ』で、カート・ラッセルが「耐死仕様」っていう頑丈な車に乗っているのに対して、女の子たちが無防備にボンネットに乗ったり箱乗りしてるっていう対比。そうすることで、タランティーノは女性を讃えているなと思うんですよ。もちろん自分のフェティシズムでもあるんだろうけど。

佐野 それこそネットで、最後、シャロン・テートのおうちに行けたのがすごくよかったって書かれてたのを読みましたね。

星野 そう、考えたらあれ、これから仲良くなるでしょうっていうところで終わるんですよね。

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千浦 僕は2回観たんですけど、2回目で印象がすごく変わって。初めて観たときはよかったなって思ったんだけど、2回目に観たときは、たぶんディカプリオとブラピは別れていくだろうし、昔のハリウッド的なもののまさに終わりを描いてる映画だと思ったんですよ。メインストリームで西部劇に出ていた人の凋落を描いている映画。「シャロン・テートと知り合いになれてよかったわー」もあるんだけど、それは完全に旧世界の終末で、彼女はそりゃ天使みたいに描かれてるけど、昔々ハリウッドというところがありまして……みたいな言い方からすればペーペーすぎるというか。あれはそこに跪くというか、親しむことで、それまで支えにしてきた基準とか物事がすべて変わってしまう、その最後の瞬間みたいな気がして。

星野 映画がテレビに侵食されて、昔みたいに自分で制作した作品をかけることができなくなって。映画1本にかける予算がどんどん大きくなって、映画が撮られなくなって、マカロニ・ウェスタンに行くしかないっていう時代ですよね。

千浦 ディカプリオ演じるリックは、マカロニ・ウェスタンに対する軽侮の念とは裏腹に、ポーランド出身の映画監督であるロマン・ポランスキーのことはものすごく讃えてたじゃないですか。それがどんな内実を伴ったものなのかというのは描かれないわけだけど、いろんな価値観が混交している時代だったんだなと。

——自分の時代が終わっていくのだ、という映画でしたよね。「自分が役に立たなくなっていく」って、ディカプリオが少女の前で泣くじゃないですか。

千浦 手に持ってたペーパーバックのあらすじを説明してるうちに「あ、これ、俺のことじゃん……」ってなるっていうね。

星野 あれ、いいですね。すごい、いいです。

千浦 あのタイタニック野郎がね……。ディカプリオさん、今の、最高の芝居っすよ、っていう、いい場面でしたね。

——そう、彼はかつて、王子様だったです。

星野 そうですよね。『バスケットボール・ダイアリーズ』(95年)ですからね。映画美学校生と話してると、『タイタニック』(97年)を観てない子もいて。そうすると、彼らが抱くディカプリオのイメージは、今の姿に近いんですよ。

佐野 おっちゃんになってからのディカプリオかー。

星野 昔の大作っていうイメージで、なかなか手が伸びなかったりするらしいんですけど。だから僕は「観たら面白いよ!」って言ってます。

千浦 『タイタニック』……ばばあの回想が長くって……VHS、2巻組で、弁当箱、それもドカベンみたいなボリュームで。最後デカプとケイト・ウィンスレットと交互に水の中に入れば、2人とも生きられただろ!っていうさ。

星野 ディカプリオがなかなかそのイメージから抜けきれずにいて、でも、あるタイミングで抜けた瞬間があったように思うんですけど、何だったっけな……

千浦 『ギャング・オブ・ニューヨーク』(02年)? 『ディパーテッド』(06年)?

佐野 近年だと『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13年)も悪い役でしたね。

千浦 『アビエイター』(04年)

星野 あーーー。スコセッシか。スコセッシだなあ。

佐野 話を『ワンハリ』に戻すと、ディカプリオが自分の凋落を気にしている一方で、ブラピ側はそこまで気にしてなくて。

星野 それに、ちょっとミステリアスなんですよね。

千浦 ブラピのクリフ。あれは悪い男ですよ。すっごい悪い男だと思う。めちゃめちゃ人殺してる、戦争で。奥さんはたぶん水中銃の暴発。というか、暴発という設定的な何か。しかしあの、クリフとリックという2人の組み合わせがすごい絶妙で。互いに関係を維持していることが、生きていくよすがというか、碇(いかり)のひとつっていうか。リックが給料を出してるわけだけど、だからといってクリフは卑屈にならず、リックも偉ぶるわけでもなく、ゆうゆうと生きてるクリフのことを、リックは理解していて。

——クリフは戦争に行っていた、っていうせりふがありましたよね。

千浦 詳しくは語られないですけどね。リックの台詞でもオーディ・マーフィになぞらえていましたね。そういう有名な戦争の英雄で、映画スターになった人がいる。ジョン・ヒューストンの『勇者の赤いバッヂ』(51年)の主役。バッド・ベティカー、ドン・シーゲルの西部劇にも出てる。田舎出の青年で、狩猟に慣れてて、銃の達人で、第二次大戦でかなりの戦功をあげるんですよね。そういう人が、アメリカ映画にはよく登場するじゃないですか。ハワード・ホークスの『ヨーク軍曹』(41年)も実在の人物だし、イーストウッドの『アメリカン・スナイパー』(14年)もそう。銃は撃たないけどメル・ギブソンの『ハクソー・リッジ』(16年)もその系統。で、クリフ・ブースもオーディ・マーフィみたいに戦争における身体能力とか知名度で映画界入りした人っぽい感じがしちゃう。

佐野 ブラピのクリフ、肉体美がすごかったですね。

星野 60歳手前のおじさんがね。

千浦 そして彼らは役柄的に、アル中だったり、マッドな人間だったりするんだけれど、ロリコンではなかったよね。ディカプリオが子役の女の子と絡んでても、変態には見えないのは立派だなと思いました。アル中ですぐ泣くけど、ちゃんと成熟した男なんだなと。

佐野 ブラピも、女の子に「18歳(成人)だという証拠を見せろ」って言いますし。

千浦 あそこで僕が感じたのは、クリフ・ブースという人間が抱える失望というか。「そういうことがしたいわけじゃないんだ」っていう。

星野 あーーー。

千浦 女の子に声をかけて、車に乗せはしたけど、あんまりモロにそういうことがしたかったわけじゃないんだよっていう感じがして、そこがよかったですよね。あれをロマン・ポランスキーへの牽制球だとする読みもツイッターで見かけましたけれどもね。

【2へつづく】